∥001-21 ひとかけらの希望
#前回のあらすじ:バブルシールド ヲ ソウビシマス
[エリザベス視点]
少しだけ場面を戻し、上空にて。
力を合わせた若き【神候補】達は、強敵である銀色の巨人をあと一歩という所まで追い詰めていた。
初見の時は圧倒的な存在感を放っていた巨体も、今や半分程にまで萎み、体中のそこかしこから血潮のように菫色の霧を噴出させている。
ずんぐりしたフォルムの四肢は全てエリザベス愛用の鞭―――【髭鞭サイクラノーシュ】によって拘束され、現在進行形で高熱により焼き焦がされ続けていた。
更には、鈍色に光る体表には漆黒の体躯を持つ獣たちが張り付き、荒々しく爪や牙で切り裂いている。
仲間の一人、抄子の造り出した墨絵の生命達である。
更に言えば、西郷とツンが先程与えた損傷も未だ残されており、大きな傷跡として怪物の身体に深く刻まれていた。
ありていに言って、満身創痍であった。
「いい加減―――倒れるでごわすっ!【紅蓮棒手裏犬】ーーー!!!」
「わおおーんんっ!!」
駄目押しとばかりに、巨漢の少年が放った棒手裏剣が巨人の胴体へずぶりと突き立つ。
続けてツンが投擲したものと二つ並び、深く皮膚を貫いた手裏剣は火柱を吹き上げ、ギュルギュルと回転しながらその身体奥深くへ潜り込み―――爆ぜた!
『!!???』
轟音。
それと同時に、びくん、と巨人の全身が強く痙攣を起こす。
それまで藻搔くように抵抗を見せていた四肢は、それきりだらりと脱力すると、端のあたりから徐々に崩れ始めた。
やがて―――巨人の全身が、菫色の燐光に包まれる。
「終わった、のでございますか・・・?」
「・・・だと、いいのですけれど」
どこか不安げに呟く苅安色の令嬢。
エリザベスはぽつりとそう返すと、油断なく崩れ行く巨体を見守った。
『フライングヒューマノイド型シング』―――
彼の怪物は、彼女がこれまでに戦ったどの敵と比べても、類を見ない程の強敵であった。
その巨体と攻撃力もさるものなれど、無尽蔵に思える耐久力には思わず舌を巻く程だった。
だが、それもようやく終わりが来たと見える。
豊かな胸をそっと撫でおろすと、真紅の令嬢は小さくため息をついた。
「みんな・・・気をつけて!まだ終わってない!!」
「マルヤム、それは一体どういう事ですの・・・?」
「・・・はっ!?巨人の他に、もう一つ大きな気配がするでございます!」
僅かに空気が弛緩した、その時。
ローブ姿の少女より鋭い一声が飛び、その場の全員がはっと目を見開いた。
慌てて周囲を探る彼女達であったが、時すでに遅し。
気配すら微弱となっていた眼前の怪物とは別に、足元から新たなプレッシャーが膨れ上がる。
視線を下ろした先には―――バスを覆う防壁を崩しにかかる、もう一体の銀色の巨人が居た。
この世を去る瞬間、巨人は残る全エネルギーを使い、新たな『フライングヒューマノイド型シング』をこの場に呼び込んだのだ。
(やられた―――!!)
完全に油断していた。
上空に展開された【石灰岩の回廊】から地上まで、どれだけ急いでも間に合わない。
視界の中、新たな巨人は膨れ上がった腕を振り上げ、今まさにバスを叩き潰そうとしている。
見れば、先程の個体と比べそのサイズは半分にも満たない。
文字通り、最後の悪あがきとして、大幅にパワーダウンした小巨人を呼び込むことしか出来なかったのだろう。
しかし、それでも巨大な片腕だけでゆうに座席数個分のサイズがあった。
あれが振り下ろされれば、絶対にタダでは済まないだろう。
最悪の未来を想像し、エリザベスは我を忘れ悲鳴を上げた。
「キャシー・・・っっ!そんな―――」
『一か八か、出た所勝負だけど―――【バブルシールド】ッ!!!』
『LILI・・・!?』
恐怖のあまり瞑りそうになる両目を必死に見開き、間に合わないと知りながらも地上を目指す。
その先で、ついに巨椀を振り下ろした銀色の怪物は一瞬、その動きを止め―――
何故か、巻き戻しのように後ろへとのけぞった。
一体、何が起きたのか?
理由はわからないが、何れにせよ―――少しだけ、タイムリミットが伸びた事だけは確かだった。
なお、巨人の腕とバスの車体が衝突する寸前、小さくマルの声が響いていた事を彼女は知らない。
「何だか知りませんが・・・この機は逃しませんわ!ノーシュ・・・ッ!!」
『(にゃおん)』
「風よりも速く!Sonic Whip―――!!!」
己の半身へと呼びかけ、手中の愛鞭にありったけの【神力】を注ぎ込む。
次いで繰り出した鞭の一撃は音速の壁を越え、瞬きよりも早く眼下の敵へと到達していた。
超音速の鞭は巨体の左半分をしたたかに打ち据え、バスの後部から怪物を引きはがす事に成功する。
でかい障害物が退いたことで、ようやく様子が見えるようになったバスへと視線を向け―――エリザベスは、思わず首を傾げた。
「碧く輝く、壁・・・?」
バスの周囲をすっぽり覆うレンガ造りの壁、その一部が崩れた中からは、コバルトブルーに輝く水の壁がわずかに覗いていた。
どうやらあれが、先程巨人の一撃を受け止め、エリザベスの攻撃が間に合うだけの隙を作った原因のようだ。
だがしかし、仮にあれが誰かの神業だったとしても、あんな能力を操る者を彼女は知らない。
脳裏を占める疑問に眉を顰めていると、水壁はひとりでにぱちんと弾け、その答えが露になった。
「・・・そう、貴方でしたの」
シャボンの壁の向こう、バスの後部に居たのは、一人の小太りの少年であった。
先程、バス内部にて一度だけ見かけた人物。
丸海人。
あの日本人が危うい所で、バスとその乗客を守ったのだろう。
一瞬、その姿に目を留めると、すぐにそっぽを向くようにして少女は銀の巨人へと視線を移す。
(感謝は、言いませんわよ・・・)
きゅっ、と唇を噛みしめ、口の中でそう呟く。
白状しよう。
エリザベスはとある事情により、マルに対し一方的にライバル心のようなものを抱いていた。
キャシー―――羽生梓の一番の親友には、自分こそが相応しい。
そんな彼女の内心がマルを敵視させ、彼等の協力を断るきっかけとなったのである。
だが、それも一時休戦だ。
―――今だけは、背中を預けてあげましてよ。
胸中に抱いた確執を今は呑み込み、少女は倒すべき敵へと対峙する。
決意を新たに、真紅の令嬢は手中の愛鞭をひときわ強く握りしめるのであった。
※2023/12/04 文章改定




