∥005-85 集団戦・第十五幕
#前回のあらすじ:その頃お騒がせ令嬢ズは?
[Oscar視点]
「おれが血路を切り開く!盾手隊、散会―――ッ!!」
「「「了解ッッッ!!」」」
「雷光の―――剣閃ッ!」
視野の一切が白くけぶる中、鋭い指示と同時に盾を構えた団員達が一斉に左右へと飛び退く。
その奥から現れた鎧姿の偉丈夫は、上段に構えた宝剣を裂帛の気合と共に、思い切り振り下ろした。
―――世界が、左右に割断される。
その光景を目にしたものは、恐らくそう例えたであろう。
異能の力により拡大された斬撃は、その軌跡に沿って視界を閉ざす濃霧を一撃で切り飛ばしていた。
一寸先すら見通せぬ白い闇が晴れ、束の間、瞬く星々が頭上に姿を表す。
―――そして、霧のヴェールが覆い隠していた存在もまた、白いもやの端にちらりと見え隠れしていた。
それを見て、副長の鋭い声が飛ぶ。
「射手隊、あそこだ!見逃してくれるなよ・・・!!」
「言われるまでも!」
『グェ・・・ギャアア!!!』
指示が飛ぶより速く、異形の影に向けて放たれた矢は正確に『敵』の姿を捉え、刺し貫いていた。
飛び散る菫色の光が束の間、視界に入り―――しかし、すぐに霧によって覆いつくされた。
たった今、目まぐるしく移り変わった戦況とは打って変わり、周囲を濃密な静寂が満たす。
手足に粘り付くように濃密に立ち込める、純白の霧。
視界を奪うばかりでなく、異能によって生じたそれは観測手のサーチ能力をも妨害し、霧の中を見通せなくしていた。
先刻、突如として発生し、周囲を取り囲んだ濃霧。
恐らくだが、敵―――『深泥族』の策である可能性が濃厚だ。
視覚が役に立たないこの状況下にも関わらず、敵ばかりがこちらの動きを正確に把握し、襲撃を仕掛けてくることからもそれは明白であった。
「くっ・・・これではキリが無いではないか!」
「霧だけに、ってか?まったく、敵さんも厭らしい手を使ってくれるぜ・・・」
『・・・其処カ』
「「―――!?」」
副長のぼやきに、たった今敵を仕留めたばかりの射手隊の長が、くだらないダジャレで応じる。
そんな他愛のないやりとりに一瞬、気が緩みかけたその時。
―――『それ』は音も無く、空より降ってきた。
『毎度毎度、同胞ヲ狙ワレルノモ面倒ナノデナ。一掃サセテモラウ』
「て、敵襲・・・ぎゃあああ!??」
「み、ミドロの、巨兵―――!!」
空間を満たす濃霧が、音を吸収したのか。
無音のまま騎士団の只中へと着地した巨大な異形は、渦巻く潮のように鉤爪を閃かせ、瞬く間に6名の射手を菫色の光へと変えていた。
つい先程も勇士Oscar、『Wild tails』の主の二人を相手取り、圧倒して見せたかの巨兵である。
瞬時に隊列を組み換え、盾を構えた団員達が襲撃者を十重二十重に取り囲む。
―――が、次の瞬間には回転鋸のように形状を変えた流水の鎧に切り刻まれ、彼等は障壁ごと両断されていた。
「ぐわあああああ!!?」
「ふ、フィアナ騎士団の盾が、紙切れのように・・・」
「まともに相手取るな!ここは―――おれが出る!!」
「おお・・・!」「副長自ら・・・!!」
仲間の姿が菫色の粒子となって散る様子に、ぎりりと歯を食いしばると、愛用の宝剣を手に鎧姿の偉丈夫が進み出た。
怪物を取り囲む盾手達がざわめく中、副長と異形の巨兵は無言のまま睨み合う。
そして次の瞬間、裂帛の気合を込めた必殺の一撃が、巨兵の眉間へと振り下ろされた。
「雷光の―――」
『甘イナ』
「なにっ。・・・指で止めた、だと!?」
斬撃を拡大し、視界の届くすべてを切り飛ばす筈の一閃。
しかしそれは、流水の鎧を纏わせた異形の指先によって受け止められていた。
その刃先が虹色の輝きを宿していないことを確かめ、嘆息するようにミドロの古兵は続ける。
『―――先刻ノ秘剣デアレバ、我ハ今頃生キテハオルマイ。背後ノ味方ヲ案ジ、技ヲ出シ控エタ故ノ、コノ結果ダ』
「ぬうっ・・・!!」
「ふ、副長・・・、俺達のせいで!?」
―――裂帛の気合を込めた筈の一撃は、その実、ただの斬撃であった。
通過点にあるモノを余さず割断するその性質上、怪物の背後に居る味方も無事では済まされない。
故に、Oscarはこの局面において必殺剣を放つことをためらったのである。
それを見抜かれた結果が、今の状況であった。
『―――非情ニナル事モ、時トシテ将ニハ求メラレル。ソレガ貴様ノ敗因トイウ事ヨ。・・・サラバダ』
「くっ―――!!」
「【Crimson Whip】―――!!」
『!!』
ナイフのように鋭い鉤爪が、鎧姿の偉丈夫に向けて突き出される。
致死の一撃が到達するまでの束の間、思わず呻きを上げたOscarの耳に―――聞き覚えのある少女の声が飛び込んできた。
赤熱化した鞭の一撃を避け、流れるような動きで巨兵はその場から退く。
そこへ割って入るように姿を現したのは、メリハリの利いた肢体を真紅のナイトドレスで包んだ令嬢だった。
「・・・普通、こういうのは役目が逆じゃないのかしら?」
「すまん、助かった・・・!」
『―――フ、仕損ジタカ。戯レガ過ギタナ』
間一髪の状況で、助けに入ったのはお騒がせ令嬢軍団のリーダーこと、Elizabethであった。
絶好のタイミングで入れた横やりであったにも関わらず、難なく躱された事実に彼女は内心歯がみする。
しかし、そんな心中はおくびにも出さず、金髪の令嬢はびしりと異形の巨兵へ黒鞭を突き付けた。
「私が来たからにはもう大丈夫ですわ!先程は引き分けでしたけれど、今度こそトドメを差してあげましてよ!!」
『クク、威勢ノ良イ事ダナ。トコロデ話ハ変ワルガ―――壁ガ薄クナッタト思ワンカ?』
「・・・なんだと?」
空威張り半分、勢い半分の啖呵を笑い捨てると、巨兵は唐突に妙な事を言い出した。
怪訝な表情を浮かべるOscarの耳に、今度は地響きのような轟音が飛び込んでくる。
次の瞬間―――外周を警戒していた筈の盾手達より、悲鳴のような叫びが上がった。
「く・・・おッ!!」
「ふ・・・副長ぉーッ!敵襲ッ!同時攻撃です・・・ッ!!」
「なんだと!!?」
それに気付けたのは、まさしく幸運であったのだろう。
濃霧のせいで目視できず、巨大な津波があっという間に、盾手達の目前に迫っていた。
それも360度、フィアナ騎士団の全周囲から同時に、である。
即応した盾手が障壁を展開するのと、膨大な質量の海水がぶつかるのもまた、ほぼ同時の出来事であった。
明滅する半透明の防御フィールドを圧し潰さんと、全方位から見上げるような水壁が迫りくる。
その光景に青ざめる鎧姿の偉丈夫に向けて、異形の巨兵は凄まじい笑顔を向けた。
『―――デハ、続ケヨウカ。今度ハ一兵残ラズ、屍ヲ晒スマデダ』
「き、貴様・・・ッ!」
「貴方、正気ですの!?」
『異ナ事ヲ。元ヨリ兵士ナゾ、正気ノママデハ勤マラヌノガ世ノ常ヨ』
思わず二人が上げた声に、ニタリと怖気の走る表情で応える怪物。
その背後では、刻一刻と重圧を増す水壁を、必死の表情で盾手達が支え続けている。
このまま行けば、数刻と経たずに障壁は破れ、辺り一面は荒れ狂う乱流に呑まれるであろう。
目に見えぬタイムリミットの迫る中、二人は規格外の怪物を前に決死の戦いを迫られていた。
事態は正に絶体絶命、青いリングの中では逃走不可能のデスマッチが始まろうとしている。
それに待ったを掛けたのは、リングの外―――陸地側より上がった声であった。
『―――ヒトの子らよ、面を上げよ!!』
「今の声は・・・!?」
「見ろ!霧が晴れて行くぞ!!」
「あれは―――!?」
突如、響き渡る威厳の込められた一声。
突然の事に戸惑う団員達は、水壁に囲まれた上空が何時の間にか、ミルク色の濃霧から星の瞬く夜空へと、様変わりしていた事に気付く。
そして、探査阻害の霧が晴れたことにより、陣地へと近づきつつある力ある存在に、観測手の一人が小さく叫んでいた。
『流れを堰き止めるものの名において命ずる。たゆたう流れよ、その歩みを止め、あるべき姿へと戻るがよい―――!!』
「水壁が・・・!?」
再び、厳かなる声が響く。
次に団員達が目にしたのは、ほどけるように崩れ、落ちてゆく水壁と―――
その向こうから近づいてくる、何とも例えようのない物体であった。
それは、男女二つの顔を有した、巨大な蛇体のビジョンであった。
それは、蜃気楼のように頭上高くにゆらめき、その足元に見えるちっぽけな人影の上に覆いかぶさっていた。
アフリカ大陸、中西部の伝承にその名を遺す水神―――流れを堰き止めるもの。
男神と女神、あるいはその同一存在であるそれは、大河の渕に潜み、時として命を奪い、また助けるという。
シャーマニズムが未だ色濃く残る土地に生きる伝承は、今、一人の優れたシャーマンによってその身に降ろされ、その力を行使していた。
呆気に取られた様子の盾手達の一人が、指差し叫ぶ。
「ご、ご、ご・・・ゴリラだぁーーーーっ!!?」
今週はここまで。




