∥005-83 集団戦・第十三幕
#前回のあらすじ:商売上手なあの人は何者?
[Elizabeth視点]
白く、幻想的な光の桟橋が闇夜の中心に向かって伸びる。
その行く手に聳え立つのは、見上げるような異形の神の姿。
―――『泥艮』。
桟橋の根本にて、水平線の彼方に見た姿は今や、記憶にあるそれとは比較にならぬ程に巨きく、鮮明だ。
ここまで進軍を続けてきた【学園】の若者達が、その足元にたどり着くまで、もはや幾許も無いであろう。
だが、しかし。
彼女達の前には今、予想だにしない強敵が、最後の障害として立ち塞がっていた。
「くっ、この・・・!!」
「これ程までか!固く、速く、そして―――強い!!」
赤熱した黒鞭がルージュを引くように残光を残し、夜空を引き裂いて二度、三度と打ち下ろされる。
音を置き去りにし、炸裂音を残しながら放たれた必殺の一撃は―――しかし、いとも簡単に受け止められていた。
『敵』は超音速の鞭打を軽々といなすと、合わせるようにして横薙ぎに飛来した、虹色の輝きをひょいと飛んで避ける。
その巨体からは想像も出来ぬ程の身軽さでとん、としなやかに桟橋の上へ着地したそいつを、金髪の令嬢は歯がみしながら鋭く睨みつけた。
その外見は、縦に潰れたような扁平な頭部を持つ水棲生物のそれと、ヒトを奇妙に融合させたような異形。
『深泥族』としては、比較的ありふれた特徴ではあるが―――そのサイズが大違いだった。
ざっと見積もっただけでも、体高3M以上。
種族共通の特徴として、常に前傾気味である彼等の姿勢を鑑みるに、その全長は4Mをゆうに超えているであろう。
赤黒く、ごつごつと節くれだった肌には石筍のような突起が無数に突き出ており、その見た目通りの硬度のせいか、攻守共に隙が見当たらない。
更に、この怪物は現在進行形で周囲から呼び寄せた海水を身に纏い、高密度に圧縮させつつ体表を循環させていた。
つい先日、マルがとっさの思いつきで使った『深海の鎧』と同系統の―――否。
更にその発展形となる異能である。
ずしん、と重々しい足音と共に一歩前に進み出でて、巨体の戦士が挑発するかのように手招きする。
『ドウシタ?陸ノ戦士タチヨ―――ソノ程度カ』
「ッ!見くびらないでくださいまし・・・!!」
「待て!早まるな――――」
巨兵の言動を侮蔑と取ったのか、金髪の令嬢は己の愛鞭にありったけの【神力】を注ぎ、大きく振りかぶった。
鎧の偉丈夫の制止も聞かず、裂帛の気合を込めて振り下ろされた黒鞭。
―――その先端が幾重にも枝分かれし、次の瞬間には赤熱化し、膨大な熱量を発した。
「【Crimson-Flexible-Whip】!はああああ―――ッ!!!」
複雑な軌道を描き、超音速で飛来する灼熱の鞭―――!
触れれば、厚い鋼板であろうとたちまちに焼き切るであろう、必殺の一撃。
たとえ異形の巨戦士であろうと、それをまともに喰らえば絶命は避けられなかったであろう。
だが―――
『若イナ』
「そんなっ!?」
「あれを、無傷でいなしただと―――!??」
それはあくまで、まともに喰らえば、の話である。
流れるような動きで掌を交差させると、巨戦士は飛来する無数の鞭の一点に突き入れた。
触れれば火傷では済まない筈の、赤熱化した黒鞭。
それを間近にしてなお平然としているのは、生来の頑強さゆえか。
―――否。
『彼』は身体を覆う流水の鎧を高速で循環させ、熱を周囲へ散らすことで熱傷を免れていた。
刹那の間、複雑な鞭の動きを見切った巨戦士は動きの基となる一点へ割り込み、それを左右に割り裂いていた。
戦士の巨体をわずかに掠め、左右へとばらばらに流されてゆく赤熱の鞭打。
リズの両目が驚愕に見開かれる。
そして、次の瞬間。
―――その視界一杯に、巨大な鉤爪が迫っていた。
「ひゅうっ―――」
「・・・盾隊―――ッ!!スイッチだ!気張れェェェ!!!」
視覚情報の処理が追い付かず、ただ、硬直したまま息を吸い込むリズ。
正しく、絶体絶命の瞬間。
その時反応していたのは、傍らにて戦う鎧姿の偉丈夫であった。
Oscarは叫ぶと同時に身体を捻り、空いた隙間へと盾を構えた一団が滑り込む。
「フ、フィアナ騎士団万ざ・・・ぐわああああーーーっ!!?」
「ッ・・・!?」
流れるような連携と共に、リズの前に出現した『壁』は―――しかし。
次の瞬間には、鉤爪を備えた右手によって貫かれていた。
指を一列に揃えた、いわゆる『貫き手』がぐるりと半回転する。
びくん、と痙攣と共に飛び散った赤黒い血糊が白い頬に飛び散り、盾手の身体と共に菫色の粒子となって消えてゆく。
目と鼻の先でそれを目にした令嬢は、薄れゆく光の粒子の奥に冷たい光を湛えた、巨大な瞳を見た。
「野郎!よくもマルコを―――!!」
「落ち着け、馬鹿者!!指示も待たず私情で隊列を乱すな!それに・・・見ろ」
「足元に、水の塊が・・・!?」
フィアナ騎士団と、異形の巨兵との、間。
夜の闇に白々と続く光の桟橋の上には、何時の間にか蠢く水塊が無数に姿を現していた。
無音のまま足元より這い上がり、ついには口元にへばり付いて息の根を止める、『深泥族』の悪辣なトラップである。
つい先刻、苦悶の内に息絶えた仲間のくぐもった悲鳴が脳裏に蘇り、突っ込もうとしていた団員達の間に緊張が走った。
『乗ラヌカ。良キ判断、良キ将ダ。強敵トノ逢瀬ハ兵ノ誉―――喜バシキ事ダナ』
「ふん。・・・おい、『Wild tails』の主よ、立てるか」
追撃はないと見るや、とんと軽く飛び去り距離を取る異形の巨兵。
それと同時に形を失い、ぱしゃりと崩れ落ちる水塊を目にして、団員達はほっと安堵の息を吐いた。
その様子を見届けると、先程のやりとり以降、尻もちを付いたままの令嬢の下へ、Oscarは歩み寄る。
差し出された手を前に、きょとんとしたままぱちりとひとつ瞬きするリズ。
「ッ・・・心配は、無用でしてよ!先程はちょっぴり―――肝が冷えました、けれど。・・・まだまだやれますわ!!」
「それは僥倖だ」
しかし、次の瞬間にはっと我に返ると慌てて立ち上がり、スカートに付いた砂ぼこりを払い始める。
ぷい、とそっぽを向いてしまった金髪の令嬢を前に、差し出した片手を後ろに隠しつつ鎧の偉丈夫は苦笑を浮かべた。
先程から色々と、ショッキングな出来事を目の当たりにし続けた彼女だが―――この分なら、どうやら大丈夫そうだ。
それを確かめると、Oscarはすぐに表情を引き締め再度、口を開いた。
「―――だが、状況は依然として最悪だ。ここまで快進撃を続けてきた我々だったが、敵本陣を前にしてとうとう、最大の障害に突き当たってしまったらしい」
「まったく・・・何ですの?あのでっかい魚人は!」
「察するに―――敵にとっての英雄、勇者といった存在であろう」
【学園】にフィアナ騎士団が、その副長たる勇士Oscarが居るように。
更には彼等全ての憧れである、神代の英霊たる『団長』が居るように。
『深泥族』にもまた―――他を凌駕する、驚異的な戦士が存在したのだ。
敵の動向に神経を尖らせつつ、副長の推理は続く。
「奴は恵まれた体格と身体能力、常在戦場の精神性を持ち―――そして恐らくは、何らかの武術を収めている」
「武術、ですって・・・!?」
大型肉食獣に匹敵する体躯と、不死身とも言われる無限の生命力。
それを本能のままに振るうのではなく、研鑽された『技術』をもって操る存在。
そんなものが実在すれば、それは正しく―――神話に名を残す程の英雄、あるいは怪物と呼ばざるを得ないであろう。
目の前の巨兵がそうであると、鎧の偉丈夫は語る。
「・・・だがッ!何が相手であろうと、我々の行く手を阻むのであれば打倒するのみ!!たとい圧倒的な『個』であろうと、『軍』としての我等に敵う者など居ないのだと!今からそれを証明してやろう―――!!」
「「「おおォーーーっ!!フィアナ騎士団に栄光あれ!!!」」」
鬨の声を上げ、副長の周囲に展開する騎士団達。
たちどころに組み上げられたフォーメーションは、強大な力を持つ『個』を『群れ』でもってすり潰す為のものであった。
静かな闘志を秘めた声が、異形の英雄へ向けて放たれる。
「元よりこの戦は【学園】と『深泥族』、群れと群れとのぶつかり合い!今更卑怯とは言うまい・・・!!」
『云ワヌサ』
一方。
涼しい表情で己の敵を眺めると、異形の巨兵はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
『コチラハ最初カラ―――ソノツモリヨ』
今週はここまで。




