∥005-81 集団戦・第十一幕
#前回のあらすじ:一方その頃、なんちゃって騎士団とお騒がせお嬢様ズは・・・?
[Silvia視点]
「来るぞ・・・盾隊、構え!10時方向と2時方向!!」
「フィアナ騎士団万ざ・・・うおおぉぉ!?」
―――水面下を走る黒い影。
光の桟橋に陣取り、ゆっくりと進軍する鎧姿の集団目掛け、高速で接近する敵意に観測手が鋭く警告を発する。
ぶ厚い鋼鉄の塊を構え、友軍の前で待ち構える盾手達を襲ったのは、異形の戦士ではなく―――高圧縮された水弾の連撃であった。
―――最前線にて。
リズ達『Wild tails』と合流したフィアナ騎士団は、敵本陣を目指し進軍を開始して早々に敵襲を受けていた。
大人が両手を広げた程はあろうかという、高密度の水の塊が漆黒の海面より止めどなく打ち出される。
それを盾を構え受け止める度に、ごんごんと重苦しい音を響かせ障壁が軋みを上げた。
光の桟橋の上に飛沫が幾重にも降り注ぎ、水溜まりとなって団員達の足元へ広がってゆく。
盾手隊の活躍により、現在のところ味方の損害は皆無だが―――油断は禁物だ。
水弾の衝撃に明滅する障壁を見守る一方、団員達は周囲に広がる仄暗い海の底へ神経を集中させ続ける。
これまで、変幻自在の攻め手で彼等を苦しめてきた『深泥族』が、この程度で終わる筈が無いのだ。
やがて―――その予感は団員の一人が上げた、くぐもったうめき声によって証明されることとなった。
「ごあっ・・・ごぼぼぼぼ!?」
「何だ?」「・・・今のは誰の声だ!」「お、俺じゃないぞ・・・?」
「おい・・・おい!しっかりしろ!ジミー!!」
水弾による攻撃はまだ続いている。
男達は周囲を見回し、異形の戦士達が視界に見当たらないことを確認しがてら、先程の声の主を探した。
そしてすぐに、様子のおかしい団員が一人見つかる。
射手隊に属するその少年は、苦悶するようにがくがくと全身を震わせながら、苦し気に鎧の表面を掻きむしっていた。
即座に仲間達が駆け寄り、崩れ落ちそうになる身体を両側から支える。
光の橋の上にゆっくり身体を横たえさせ、鉄兜を外しにかかる団員達。
雫のしたたる兜を持ち上げ、その下から現れたものを目にして―――周囲にどよめきが走った。
「顔を・・・すっぽり水が覆ってやがる!?」
「だ・・・すげ・・・ゴボッ」
「ジミー!・・・ジミー!?・・・くそっ!死んじまった!!」
―――それは、海水であった。
それ自体が意思を持つかのように、透明の水が少年の頭部に纏わりつき、目鼻の部分をすっぽりと包んでしまっている。
窒息の苦さに首を振り乱しつつ、最後にごぼり、と大きな気泡を吐き出して―――少年は息絶えた。
たった今取り外した兜ごと、少年の身体が菫色の光となって砕け散る。
「何だ、こりゃ・・・?一体何が、どうなってやがる・・・!」
「わからん。だが―――我々は、攻撃を受けている!!」
また一人、尊い仲間が犠牲となった。
周囲に重い沈黙が落ちる。
―――水弾による攻撃は、まだ続いている。
敵の姿は未だ視界の届かぬ、暗い海の中だ。
奴等は姿も見せず、しかし確実に、味方の命を奪う術を持っている。
ぞわり、と背筋を冷たいものを感じ、Oscarはそれを振り払うように鋭く声を上げた。
「―――観測手、敵影はあるか!?」
「水弾の発射元に、反応が幾つか・・・。で、ですが付近には・・・ありません!皆無です!!」
「何だと・・・!?」
探知能力に優れた観測手隊が素早く周囲を探るが、『攻撃』の出どころは未だ掴めず。
ぎりり、と歯を噛みしめる音が響く中。
次なる魔の手はゆっくりと、着実に足元から忍び寄りつつあった。
最初に、その異変に気付いた団員の一人が下を見やり、ぎょっと目を見開く。
果たしてそこにあったのは―――不定形生物のように身体の上を這い上がる、不気味な水の塊だった。
「う・・・うぉお!?何だぁこれは!!」
「お、俺の足にも張り付いてやがる!・・・くそっ!離れろこの野郎!!」
「駄目だ・・・。何度振り落としても、這い上がってきやがる!!」
「くっ―――魔導士隊!水弾の出元を狙え!!」
ゆっくりと、しかし着実に這い寄る得体の知れない水塊。
その正体は海中から打ち出され、盾手によって弾かれた水弾が飛沫となり、団員の足元に降り注いだものであった。
―――ミドロの戦士達の攻撃の狙いは、二つ。
フィアナ騎士団をこの場に貼り付ける事。
そして、彼等の陣取る『場』に、次なる攻撃の呼び水を打ち込む事だ。
這い寄る水塊はやがて頭部にまで到達し、最初の犠牲者のように団員すべてを溺死させてしまうであろう。
このまま水弾を防ぎ続けたとしても―――彼等に未来はない。
それに気付いた副団長は素早く号令を発し、即座に雷の束が闇を裂いて海中―――水弾の発射元のあたりへと突き刺さる。
轟音を上げ、空高く水柱が上がる―――が、その中に菫色の光は見えない。
敵も予測済みなのか、一瞬止んだ水弾はすぐに場所を変え、再び騎士団に向けて打ち出され始める。
それを見て、再度『橋』の上から反撃が加えられるが―――結果は同じ。
再び場所を変え、水弾は降り注ぎ続ける。
いたちごっこのような状況に、男達の間に沸き上がり始める焦燥感。
埒が明かない。
もしかすると、このまま―――
そんな、絶望的な予感に男達が身を震わせる中。
一歩離れた場所より、事の次第を見つめる者が居た。
月の光を受け、白々と冷たく輝く銀の鎧。
無骨な板金を全身に纏ったその人物は、しなやかな身体の曲線から女性であることが見て取れた。
白銀の騎士―――Silviaである。
「わたしが行ってくるわ。―――後はお願い」
「任されましてよ!」
「・・・ん」
「シルヴィ様、御武運を・・・!」
宙の上より、戦場をじっと見守っていた彼女はかつん、と石畳を踏み鳴らすと、仲間に向けてぽつりと呟きを漏らす。
それを受けてナイトドレス姿の令嬢は、豊かな胸をどんと叩いて十数年来の親友を送り出した。
若干遅れるようにして、小柄なローブ姿と和装の令嬢の二人が励ましの言葉を贈る。
その様子をちらりと振り返ると、白銀の騎士は空中へと躍り出た。
空中でくるりと一回転すると、一条の矢の如く綺麗なフォームで暗闇の海目掛け、一直線に飛び込んでいく鎧姿。
とぷん、と小さな水柱を上げると、次の瞬間には視界の全てが海中へと塗り替えられていた。
舞い上がる気泡の中、漆黒の海が360度全方位に広がっている。
視界は無いに等しい。
だが―――何処に行けば良いかは知っている。
(フィアナ騎士団は『敵』の居場所を見つけられずにいた。でも敵の攻撃は、正確に団員を捉えていた。つまり―――)
恐らく、敵はすぐ側に潜んでいる。
シルヴィは己の勘に従い、真っ暗な水の中をひた走り始める。
【万踏走破】―――ありとあらゆるものを走り抜ける彼女の神業は、空中であろうと水中であろうと等しく走破しうるのだ。
陸上を走る速度そのままに、白銀の騎士は綺麗なストライドで水中を駆け抜けてゆく。
やがてトップスピードに乗った彼女は、水中を駆ける一筋の流星と化した。
(―――見えた!)
予想通りの位置に、覚醒により強化された視力は水中に潜む敵の姿を捉えていた。
場所は騎士団の真下―――光の桟橋を挟んだ、海面スレスレの位置だ。
恐らくは、何らかの手段で探知を免れているのだろう。
白光のビロードに張り付くようにして、這い寄る水塊を手繰る異形の戦士を視界に収め、白銀の騎士は腰に佩いた片刃の長刀を抜き放った。
カミソリのような、分厚い鋼鉄の塊が月の光を受けてぎらりと鈍く光を放つ。
それを察知したのか、水面下に潜んでいたミドロの戦士達は一斉に方向転換した。
だが―――
(遅い!!)
『ギャアアアアァ―――!!?』
時すでに遅し。
水中にあってもなお最速を誇る白銀が、すれ違いざまに異形の戦士3名を切り刻む。
菫色の粒子となり、暗夜の中に消える遺骸を置き去りにしてシルヴィは海面にまで駆け抜けると、空高く弧を描いて空中へと飛び出した。
それと時を同じくして、海上の騎士団にも変化が生じる。
物言わぬまま這い上がりつつあった不気味な水塊が、突如として一斉にぱしゃりと弾けて落ちたのだ。
首元にまで達した海水の塊を恐怖の表情のまま、必死に叩き落そうとしていた団員達は突然の出来事に目をしばたかせ、足元に広がる水溜まりを見下ろす。
―――助かった?
何もかもが唐突な出来事に、困惑の表情を浮かべたまま顔を見合わせる男達。
そこへ、地響きを上げて天より一筋の流星が舞い降りた。
「うわあっ!?こ、今度は何事だ!?」
「失礼します―――ふぅ。流石に、無酸素での全力疾走は堪えるわ・・・」
「し・・・白銀の騎士・・・!?」
陣地内の空白地帯を狙い、天より降り立ったのは白銀の鎧を身に纏う細身の騎士であった。
突然の来訪者に周囲の団員達が身を固める中、シルヴィはおもむろに兜を脱いでその素顔を晒す。
彼女の全身からは海水が滴り落ち、逆さに持った銀の兜からは蛇口を開いた水道のように、ざあ、と大量の水が零れ落ちていた。
海中でも構わず行動できる【万踏走破】だが、水濡れ自体は防ぐことは出来ないのだった。
そうしてしばし、濡れそぼった身体からある程度邪魔な水分が落ちたことを確かめると、最後にぶるりと頭を振って水気を飛ばす。
ふう、と小さく息を吐き、ひとまずの危機が去ったことに安堵するシルヴィ。
彼女が視線を上げると、はた、とこちらを見つめる複数の視線とぶつかる。
そのうちの一つ、筋骨隆々な肉体を重厚な鎧に包んだ偉丈夫は何故か軽く頬を染めると、さっと視線を逸らしそそくさと視界の外へ逃げていってしまった。
「・・・?」
副団長の行動の意味がわからず、柳眉を寄せて首を傾げる黒髪の少女。
そのきめ細やかな黒髪は湿り気を帯びて肌に張り付き、端から滴り落ちる水滴はその美貌を幻想的に彩っている。
おとがいから喉元にかけて幾筋もの水滴が滑り落ち、鎖骨のくぼみに溜まって月の光を受け、妖しく艶を放っていた。
―――今の彼女の姿は、クソ童貞の集団たるなんちゃって騎士団にはいささか、刺激の強すぎる代物であった。
そんな事情にはさっぱり気付かず、シルヴィはもう一度首を傾げると、気を取り直したように水気を切った兜を被りなおす。
何故か、ああ、と周囲から上がる落胆のため息に疑問を覚えると、白銀の騎士はもう一度首を傾げるのだった―――
今週はここまで。




