∥005-80 集団戦・第十幕
#前回のあらすじ:全裸が象に乗ってやってきた!
[Silvia視点]
「・・・どうだった?」
「防衛ライン右翼側は、Mannerheim隊が単独で。左翼側は余剰戦力もかき集めて、なんとか敵を押し返せたみたいね」
「なら一安心、ですわね!」
兜の面甲を上げ、本拠地からの声を伝える【魂晶】を耳に当てる黒髪の少女。
通信を聞き終え、菫色に淡く光る欠片をポケットにしまい込んでところで、その様子を見守っていた小柄な友人が口を開いた。
影絵の黒猫を足元に侍らせ、宙に浮かぶ石灰岩の回廊に佇む少女に笑いかけると、たった今聞き取った戦況を端的に伝える。
無表情のままこくりと彼女が頷くと、その前を歩いていた金髪の令嬢がにっこりと微笑んだ。
―――ここは最前線、海の彼方へと続く光の橋を進んだその先だ。
各陣営の下へ、通信の異能が封じられた【魂晶】を配りがてら、空中に取り残されピンチに陥っていた友人3名と合流したSilvia。
彼女達はその足で、『フィアナ騎士団』の下へたどり着いていた。
単独で突出し、結果として敵の罠に掛かった彼等ではあるが、4人が合流した頃には何とか襲撃者を退けていた。
視線を横に向ければ、小さな晶片を耳に当てた青年を中心にして、板金鎧に身を包んだ男達が円陣を組み、じっと耳を澄ませている。
やがて通信を聞き終えたのか、円陣の中心から青年は顔を上げ、こちらをちらりと見やる。
それを確認すると、黒髪の少女はその場の全員に届くように努めて大声で、再び口を開くのだった。
「―――と、いう訳で。わたしから提案が一つ。このまま全員で、敵の本陣に攻撃を仕掛けましょう」
「なんだと・・・!?」
「・・・フィアナ騎士団も、いっしょに?」
「そうよ。―――【学園】側は現在、後方に攻め込まれてはいるけれど、今直ぐに本拠地が落とされるような状況じゃないわ。幸い、戦力なら十分に揃ってるし・・・。ここは攻め時でしょう」
唐突な白銀の騎士の提案に、ざわりと鎧姿の男達がざわめく。
動揺し浮足立つ団員達の中心で、精悍な顔立ちに苦い表情を浮かべた青年が一瞬、ちらり、と光の橋の根本―――本拠地の方角へと視線を飛ばした。
彼は少しの間、考え込んだ後に絞り出すような声を上げる。
「し―――しかし。ルビーの瞳・・・もとい。本拠地の非戦闘員を守るには、我々がすぐにでも引き返さねば・・・」
「その為の提案でしょ?敵だって本陣が危なければ、戦力を下げざるを得ないでしょうし。それよりも先に総大将を討ち取れれば、私達の勝ちですもの。攻撃は最大の防御、ですわ!」
「た、確かに・・・」「4人だけど援軍も居るし、いけるか・・・!?」
「ぐぬぬ・・・!」
副団長が上げた否定的意見は、ナイトドレスの令嬢によって即座に斬り捨てられていた。
ぐうの音を上げ押し黙る青年の傍ら、団員達は口々に攻めに転じるメリットを呟き始める。
自分でも、消極策が現実的ではないとは理解しているのか、彼からはそれ以上の反論は無かった。
それを肯定と見ると、白銀の騎士は面甲を下ろし正面へと向き直る。
板金のスリットから覗く、視界の中。
夜の海を引き裂くようにして、光の橋が真っすぐ水平線の彼方へ伸びている。
その向こう――ー淀んだ色の水を湛えた海の上。
ぼんやりとけぶるようにして、異教の神のシルエットが悪夢のように佇んでいた。
物言わぬ巨像の如きそれを睨みつけ、少女は呟く。
「ここで、わたし達が暴れれば暴れる程、味方は有利になる筈よ。―――勝ち目はともかく」
「わ、わかった。・・・提案に乗ろう」
「ありがとう」
―――『あれ』と、わたし達はこれから戦わなければならない。
今、ここで攻めるメリットと合理性を理解しつつも、絶望的なまでの彼我の戦力差に背筋がうすら寒くなってくる。
生命体として覚醒し、異能を得た今、海の彼方に待ち受けるモノの秘めた力がどれほどのものか、おぼろげながらに理解できてしまっているのだ。
騎士団の副長が渋々ながら了承したことを確かめると、少女はひとつ深呼吸をして意識を切り替えた。
「そういう訳で、ここからの侵攻ルートは騎士団が掛橋の中央を。リズとMaryamはそのまま、回廊を進みながら臨機応変に行きましょう。―――それでいいかしら?」
「・・・ああ」
「大丈夫でしてよ!」
「・・・ん」
「ショウコは―――そろそろ動けるかしら?」
「な、なんとか・・・うぷ」
「良かった。なら、リズと一緒にお願いね」
―――Silvia達は現在、空中を蛇行する石灰岩の回廊の上を移動している。
『フィアナ騎士団』が陣取る光の橋へ寄り添うようにして伸びるそれは、Maryamの【神使】である影絵の黒猫によって生み出された、異能の産物だ。
傍目には心許なく見えるかも知れないが、部分鎧を随所に纏ったSilviaが着地しても、ビクともしない程の強度を持っている。
平素より、空中に張り巡らせた回廊の上を戦場としている彼女達にとっては、こちらの方がより慣れ親しんだルートだった。
その上をまず、豊かな胸を張ってリズが。
それに付き従うように、小柄なローブ姿のMaryamが、そこから数歩分遅れて、青ざめた表情の抄子が進む。
そうして頼もしいものを眺めるように、彼女達の後ろ姿を見つめていると、光の橋の方角より声が掛かった。
「待て!―――話はわかったが、お前はどうするのだ?」
「どう、って?」
「ルートの事だ。その回廊では、一人か二人が通るので精一杯だろう。何なら我々と一緒に―――」
「大丈夫よ」
視線を向けた先では、鎧姿の偉丈夫がどこか緊張した面持ちでこちらを見つめていた。
それを一瞬、小首を傾げ見つめ返すと、銀の騎士は短くそう返し回廊の外へと一歩、軽やかに踏み出す。
あっ、と男達が声を上げる中、軽やかに暗色の海へと降り立つ少女。
ふわり、と音も無く海面に着地するその姿に、Oscarは彼女が持つ神業を思い出していた。
―――その姿は銀の星。
万物を踏みしめ、いかなる障害も彼女の走りを阻むには能わず。
故に―――万踏走破。
「白銀の脚甲が通る先が、わたしの道よ」
今週はここまで。




