∥005-78 集団戦・第八幕
#前回のあらすじ:なんか龍馬っぽいのがきた
[マル視点]
【伏龍の盤】の周囲にヘレンちゃんが配した半透明の板が浮かび、各地の戦況をリアルタイムに伝えてくれる。
居並ぶ面々が現在、固唾を呑んで見守っているのは―――左翼側。
【イデア学園】の有志が集い結成された、混成船団の戦況を伝えるものだ。
つい先程、船に乗り込んだ『深泥族』側戦力と【学園】側との間で、白兵戦が開始されたばかりだ。
戦況は―――5分5分、といったところか。
攻め込まれてはいるが、かといって易々と守りを食い破られる程、【神候補】達も弱くはない。
あらかじめ【装備型】を中心に、近接戦闘に慣れた者達が船団へ乗り込み、今のような状況への備えとしていたのだ。
―――ここ、いろは丸もそうした戦場の一つであった。
甲板の上では異形の戦士達と、船を護衛する【神候補】が睨み合っている。
身体の端から海水を滴らせ、矢のように飛びかかって来る異形の戦士。
その一人を危なげなく回避すると、男はすらりと腰に佩いた長刀を抜き放った。
―――闇夜に一筋の銀光がひらめく。
鋭い悲鳴が上がり、片足を失った『深泥族』の男は甲板の上にどう、と倒れ伏した。
そこへすかさず返す刀を突き出し、首筋に刃を深々と突き立てる。
びくん、と最後に痙攣をひとつ残し、異形の戦士は菫色の粒子となって消えた。
後に残された長刀にひとつ血ぶりをくれ、男は油断なく周囲を見渡す。
彼の頭には―――思い切り場違いな、間抜けな表情の猫の被り物が乗っかっていた。
【揺籃寮】の住人である猫侍―――寅吉である。
船上のそこかしこでは同じようにして、異形の戦士と【学園】側勢力との小競り合いが発生していた。
刀剣類で、槍で、あるいは弓や銃のような遠距離武器で。
迫りくる戦士達を何とか押し返し、あるいは猛攻に耐え切れず鋭い爪に刺し貫かれ、悲鳴を上げながら光の粒子となって散る。
これまでに少なくない敵を撃退していた【神候補】達だが、次から次へと追加される増援に一人、また一人と、敗退する者が増えつつあった。
―――何処かへ、助太刀に入るべきか。
寅吉は猫面の下で、僅かな時間思案する。
「いやあ、見事なお手前じゃのう!今の居合、伯耆流じゃろ?」
「・・・!」
そこへ唐突に、片手に拳銃をひっ下げ、もう片方の腕を着物の胸元に突っ込んだ姿勢のまま、一人の男が話しかけてきた。
猫面の下から胡乱な視線を向けると、男の背後には額を撃ち抜かれた異形の戦士が一人、倒れ伏したまま菫色の光となって消えてゆく。
素早く船内へと眼を移すと、襲撃者の撃退も一旦落ち着き、戦いは小休止となりつつあった。
そこまでを見て取ると、寅吉は男の質問には答えず、ぼそりと一言呟いた。
「・・・そういうお前は、腰のものは使わんのか」
「腰?・・・あぁ!こがなんより、銃で撃った方が手っ取り早いぜよ」
「―――ふん」
一瞬、何を言われたのかわからず眼をぱちくりさせる男。
しかしすぐに気付くと、腰に佩いた一振りの刀をぽんと叩き、次いで右手に持ったリボルバーを軽く振ると、にっかと朗らかな笑みを見せた。
それに対し、どこか不機嫌そうに嘆息すると、寅吉はくるりときびすを返す。
そのまま反対側の舷側へと歩いて行く猫侍を眺める男に、そっと近づいた船員が声を潜めて話しかけた。
「―――龍馬さん、知り合いですか?」
「いや、知らん。けんど、あちらはわしを知っちゅーようや」
「それは、つまり・・・」
「同じ幕末からの客人。『召喚組』―――ちゅう訳じゃろう」
―――【学園】に属する【神候補】には、大きく分けて2つのタイプが存在する。
【彼方よりのもの】の襲撃により一度命を落とし、ヘレンの介入によって一命を取りとめた『スカウト組』。
そして、ヘレンが直接交渉し、現代へと喚び寄せた過去の人物―――『召喚組』。
いろは丸の主であり、クラン『海援隊』のマスターでもあるこの男、坂本龍馬。
彼もまた、ヘレンの誘いを受け、現代にて第二の生を受けた一人であった。
かつての人生で彼が為した偉業の数々も、生前なんらかのきっかけで覚醒し、その身に宿した異能が原動力だった―――かも知れない。
そして、彼の瞳に映る後ろ姿。
素顔を隠し、恐らくは名を隠し、【学園】の片隅にて自堕落に生きる一人の男。
彼もまた、激動の幕末を生きた『誰か』だというが―――その正体は如何に?
「・・・ま、何にせよ。この場を生き延びんと話にならんちゅう訳じゃな!」
「総員、戦闘準備!次が来るぞ―――!!」
よく日に焼けた顔に不敵な笑みを浮かべ、龍馬はリボルバーを構える。
その瞳は飛沫を振りまきながら甲板へ降り立つ、『深泥族』達の姿を捉えていた。
膠着状態のまま、左翼側の戦況は続いてゆく―――
今週はここまで。




