∥005-77 集団戦・第六幕
#前回のあらすじ:さすヘレ!
[マル視点―右翼側侵攻部隊]
―――宙に浮かんだ長方形のプレートに、遠方にて戦う仲間達の様子が映し出されている。
そのうちの一つ、右翼側に配された侵攻部隊の様子を映すプレートには、異様な光景が広がっていた。
氷である。
穏やかな春の海が一面に凍り付き、冠雪した山脈のように白く連なっている。
既に寒気も払拭され、穏やかな気候が続く5月の時候としては、明らかに異常な風景だ。
氷結は水面下にまで及び、厚く重なる氷の層が深く深く、海底近くにまでその領土を広げている。
陸を目指していた『深泥族』の戦士達は一早く異変を察知し、危く氷塊にぶつかる寸前のところで停止した。
幾重にも折り重なった氷の壁は、鉄壁の城門の如く彼等の行く手を阻んでいる。
様子を伺う為、海面にまで浮上するミドロ達。
ぷかり、と海面を割って異相の男達が姿を表したところで―――異変は起きた。
『ゲエ―――ッ!!?』
『敵襲・・・!?』
乾いた発砲音が立て続けに響く。
水面から顔を出し、周囲を伺っていたミドロ達のうち数名が、菫色の粒子となって砕け散った。
瞬時に危機を察知し、一斉にとぷん、と波紋を残し戦士達は姿を消す。
銃声の残響が消え、しん、と静寂が周囲に満ちる。
やがて、獲物の気配が消えたことを確認すると、先程の襲撃を敢行した元凶がその姿を表した。
それは、全身を白一色に統一した装備で身を包んだ一団であった。
すっぽりと頭部を覆うフードを目深に被り、背には艶消し加工されたマスケット銃を背負っている。
彼等は油断なく辺りの気配を探ると、氷塊の隙間に隠していた物を掘り起こした。
それは一対のスキー板と、ストックであった。
「・・・次へ行くぞ」
「「「了解!」」」
言葉少なに意思疎通を済ませると、氷上を文字通り滑るように移動し始める純白の集団。
その先陣を切る一人の男が氷上にシュプールを描くと、細かい氷の粒子がぱっと舞い上がり、周囲を白く染め上げていく。
やがて、集団の姿は白く煙る雪の中へと消え、後に残された轍も降り積もる雪片に覆いつくされてしまった。
―――彼等の名は『白き死神』。
フィンランド出身者を中心に構成されたクランである。
豪雪地帯を故郷に持つ彼等は、【イデア学園】においても雪深い祖国を守る為、特異な戦術を自ら作り上げていた。
それはスキーによる雪上移動と、【魂晶弾】を打ち出すマスケットによる狙撃を主体としたものである。
その特色と、雪原仕様の白一色の装備から、いつしか彼等はクラン名として、冬戦争に名を馳せた伝説的なスナイパーの異名で呼ばれるようになっていた。
日々、祖国の地を【彼方よりのもの】の脅威から守る為に戦う彼等。
しかしそれ故に、雪国以外での活躍は難しいと思われた。
―――だがしかし。
一人の【神候補】が目覚めた力により、その前提は覆された。
氷雪を振りまき、滑った場所を氷に染める魔法のスキー板。
現クランマスターであるMannerheimの持つ異能の前では、如何なる場所も彼等の得意とするフィールドへと塗り替えられてしまうのだ。
そして今、穏やかな春の海は一面の氷海へと塗り替えられていた。
そこは彼等―――『白き死神』にとっての狩場に他ならない。
『グエッ!?』『ギャッ!!』
「2体撃破、次だ」
『グオォッ!!?』
「―――次」
西へ東へ。
再び偵察に浮上した『深泥族』の戦士をすかさず狙撃し、居所を探られる前に雪の中へと消える。
海中より僅かな隙間をたどり、氷上へと抜け出した先遣隊をすかさず潰す。
『白き死神』の凍てつく鎌は例外なく、己の領土を侵した者の上へと振り下ろされた。
とうとう侵攻を諦めたのか、『深泥族』による氷海への侵入は次第になりを潜め、ぴたりと収まった。
しばしの間、油断なく敵の反応を探っていたMannerheim達であったが、敵襲が一段落したことを察すると小休止を始める。
「ふう。・・・おー寒っ!しかし今日はまた、一段と冷えるな」
「ま、冷やしてるのは俺達なんだがな。そのお陰でこうして戦えてる訳だが・・・。それもこれも、我等が将軍様々って事だな」
「違いない!ワハハハハ!!」
糧食や水筒を取り出し、小声ながら談笑を始める彼等。
保温ポットからコップに注がれた琥珀色の液体を、ふうふうと吹き冷ましながらちびりちびりと飲んでいく。
凍てつくような外気の中、喉を滑り落ちるホットコーヒーは涙が出る程に美味い。
ほっと白く息を吐き出し、束の間の平穏を噛みしめる。
しかし直ぐに表情を引き締めると、死神たちは現在交戦中の『敵』について言及するのだった。
「・・・連中、これで諦めてくれますかね?」
「さてな。こいつのお陰で他の防衛ラインの様子は耳に入ってくるが―――敵は精強で、粘り強い。十中八九、また来るだろう」
部下が零した一言に、青年は掌中にある菫色に輝く宝石を指先で叩きつつ、そう答える。
出発前に白髪の少年から手渡された【魂晶】は、驚くことに遠方から『声』を伝える力があった。
そのお陰で、この場に居ながらにして陸上側の本拠地や、左翼側の仲間達の戦況を知ることが出来る。
孤立無援での戦いには慣れているが、音声だけでも繋がれることは彼等にとって、意外な程に心地よい経験であった。
心中であの少年へ感謝の言葉を告げると、すぐに表情を引き締めMannerheimは続ける。
「まあ、どちらにせよ俺達のする事には変わりはない。息を潜めて、よく狙い、撃ち抜くだけ―――」
「ケワタガモを仕留めるよりは楽な仕事だ。練習の成果を出せば、問題は無いぜ」
くつくつ、と息を潜めた笑いを交わす。
―――そして死神たちは意識を切り替えると、再び戦場へと戻って行った。
じりじりと集中力を削られながら、じっと身を潜めながら敵を待つ。
静寂の立ち込める氷の上、無限に思える時間が流れた。
そして―――その静寂はやがて、思いがけぬ形で破られることになった。
「この音は・・・?」
「敵襲―――では、ない様だが。何かわかるか?」
「お待ちください。これは・・・?」
ぎしり、みしり、と、氷床から軋み上げるような音が立ち昇る。
異能により固められた氷の海に不釣り合いな、不気味な音であった。
首を傾げた男達は、すぐに索敵に優れた仲間の一人に様子を伺わせる。
じっと耳を潜め、周囲の様子を伺うことしばし。
はっ、と何かに気付いた青年は、敵に居場所を知られることも厭わず鋭く叫ぶのだった。
「―――いけない!皆、逃げてください!!」
「どうした・・・うわっ!!?」
「氷が―――」
ぎしり。
断末魔のように嫌な音を立てた氷床は、次の瞬間には激しく脈打っていた。
小さく悲鳴を上げる死神たちを乗せて、小刻みに鳴動を始める氷の海。
やがて、ばきばきと盛大に破壊音を響かせながら、一面の氷塊はゆっくりと、岸に向かって移動を始めた。
「やられた!連中、俺達の守りを抜くのが難しいと知って盤面をひっくり返しやがった!!」
「姿勢を低くしてどこかに掴まれ!流されるぞ―――!!」
その時―――『深泥族』が取った行動はシンプルだった。
厄介な敵のいるフィールドごと、海全体を押し流す。
右翼側に展開した戦士団全員で力を合わせ、海流を操作したのだ。
結果。
極圏の海を漂う流氷の如く、『白き死神』の陣地はゆっくりと陸地側へと押し出される形となった。
勿論、その上に陣取った彼等にとってたまったものではない。
圧力に負け、折れ曲がり隆起する氷塊。
逆に氷点下の海中へと没する巨大な氷山。
それに巻き込まれまいと、嫌な音を立てる白い大地を右往左往を始める死神たち。
幾人かは隆起に巻き込まれ、突如生じたクレバスの間へと滑落し、凍てつく海の中で菫色の粒子となって散る。
それを見送ると、死神の長は強く奥歯を噛みしめた。
右翼側の戦況は、『深泥族』優勢のまま移り変わってゆく―――
今週はここまで。




