∥001-20 パートナーを選ぶのですよ
#前回のあらすじ:大ピンチ!その時マルは・・・
[マル視点]
「いいですかー?よーく聞いてくださいねー?まず、お兄さんにはこれから神様になる為の第一歩として、【神使】と契約して貰いまーす」
「はい!先生質問です!【神使】・・・って、何ですか?」
何処から出したのか不明なホワイトボードを前に、女教師ルックの褐色少女が鞭をふりふり説明する。
それに対し、ぼくは身を乗り出して元気よく右手を振り上げた。
一面が白一色に絞められた、謎の空間。
ここはヘレンちゃんのテリトリーにして、マインドとタイムの部屋的な場所だ。
その中心にて、ぼくはサマードレス姿の少女と一対一で向き合っていた。
時系列としては、ぼくの肉体が死に瀕してから、この空間へとサルベージされた直後のこと。
自身が置かれた状況について未だ理解が追い付かぬままに、ぼくはヘレンによるレクチャーを受けていた。
その内容とは―――『神様になる方法』。
「【神使】とは―――。一言で表すのなら、お兄さんの本質です」
「本質・・・?」
「ですです。神様とは霊的なるもの。つまりお兄さんが暮らす物質界と重なって存在するもう一つの世界、『本質』の領域に属するモノです。そこを目指すにあたって、必ず道案内を果たす存在が必要になります。道に迷ったり、見当違いの方向へ進んじゃったりしたら大変ですからねー?」
「・・・なるほど?」
先程の質問に対し返ってきた答え。
それをゆっくりと反芻しつつ、ぼくは腕組みしたままくきりと首を傾げた。
なるほど、わからん。
「・・・まー、何はともあれ!考えるより生むが易しってコトで・・・早速、お兄さんの【神使】にご登場願いましょー!そぉい!!」
「ちょっまっ・・・。ほぎゃー!!?」
うんうん、と頷くぼく。
しかして、先程の話を半分も理解できていないのが正直な所だった。
それを見抜いていたのか、ヘレンは有無を言わさず展開を先に進めるべく、宙を滑るように移動しぼくの前へと来る。
そして可愛らしい掛け声と共に、片手をぼくの胸に向かって突き出した。
少女の小さな手は服や肌といった障害物を無視するかのように、半ばまですっぽりぼくの胸部へ吸い込まれてしまった。
ぞわわ、と得体の知れぬ感覚が身体の奥から沸き上がり、わけもわからず悲鳴を上げるぼく。
対する褐色少女は、ぼくの様子なぞ気にも止めぬ様子で、ごそごそと手先で何やら探り続けている。
「ふーん、へー、ほー?お兄さんの中って、こーんなカンジなんですねー」
「あっちょっ、やめてやめて!それ何だかすっごいこそばゆいの!!」
「大丈夫デース、直ちに害はありません。心配無用の問答無用―――ほい!とったどー!!」
「ア"ッ―――!?」
少女に胸(の内部)をまさぐられるという、ちょっと傍目に説明しづらい状況が続く事しばし。
流石に恥ずかしくなって上げた抗議の声をよそに、ヘレンは尻子玉よろしく『それ』を胸の奥底からすぽーん!と勢いよく引き抜いた。
再び情けない悲鳴が上がる。
空に向かってまっすぐ掲げられた少女の掌には、光り輝く珠のようなものが収まっていた。
それはひとりでに宙へ浮き上がると、高度を落としてぼくの目の前へ移動し―――止まった。
『・・・・・・』
「こ、これは・・・?」
こぽり。
透明の、僅かに碧みがかった液体。
それがゆっくりとたゆたいながら、球状にまとまり声も無く眼前に漂っている。
じっと見つめる前で、水球は僅かに気泡を生じさせながら、なおもゆらゆらと漂っていた。
―――不思議と、その外観には既視感を覚える。
無言のまま、水球と睨めっこを始めたぼくにヘレンはぽつりと語り掛けた。
「お兄さんの本質は、こういうカタチなんですねー。・・・『不定』、・・・『潤い』、・・・『癒し』?そういったエッセンスが、この【神使】からは感じられます」
「これが・・・ぼくの本質?」
「ほんの一部ですけど、ね。神様とは、己の眷属―――『化身』を持つモノです。それは動物であったり、あるいはヒトであったり、物や生命なき現象であったりします」
古今を問わず、神仏の類は現世にその影響を現す際、先ぶれとして人や動物の姿を取る。
お稲荷様として知られるウカノミタマの使いが狐であるように、【神候補】となった少年もまた、己の眷属を得たのであった。
少女の呟きにつられるように、ぼくは宙に浮かぶ水塊をじっと観察する。
「神を目指す道行を歩む、貴方がたへのささやかな贈り物として。目的地である『本質の世界』から、皆さんのもう一つの姿をこの場へと喚び出しました。このコは必ず、お兄さんにとっての導き手となってくれる筈です」
「神様の化身・・・【神使】?」
「ですです」
なるほど。
自分自身の写し身であり、本質でもある存在というならば、先程から感じる既視感にも納得が行くものだ。
得体の知れぬ塊の正体に、ある程度納得が行ったところで、ぼくは再び褐色少女のレクチャーへと耳を傾けた。
「・・・まあ、大抵は縁があったりだとか、性格を表すような動物が出てくるモノですが。不定形かつ非生物とはまた、随分とレアですねー?自慢してもいいですよコレ」
「・・・いやいやそんなまたー」
「それだけの事はありますよー?・・・まあ、レアだからといって、強い弱いとかは全く無関係なんですけどねー」
「そっかー」
ヘレンの放った容赦のない一言に、ぼくは思わずがっくりと項垂れてしまう。
ゲームじゃあるまいし、レアだからといって強いとは限らないらしい。
ま、そりゃそうか。
「さてさて。気を取り直しまして、レクチャーの続きです。先程の説明で、お兄さんが右のお耳から左のお耳へスルーした『導き手』というのが正しくコレ、【神使】のことです。【神候補】と【神使】は二つで一つ、互いに不可分のパートナー同士なんです。大事にしてくださいね?」
「ふむん。・・・ちなみに、二つも三つも【神使】が居る人というのは?」
「居ません。一人につき一つが大原則です。お兄さんが神様になれるかどうかは【神使】次第、いかに育て、使いこなすかに掛かっているんです」
「マジかぁー・・・」
モンスターをゲットして育てる某ゲームでも、最初の手持ちは3体から選べるというのに。
どうやらぼくに残された選択肢は他に無く、この水球を育成するしかないらしい。
ひどい話もあったもんだが――ー神様を目指すというからには、その道のりも平坦な物ではありえない。
むしろこの程度、呑み込んでしかるべき試練なのだろう。
ガッツポーズで気合を入れなおすと、ぼくはパートナーとなった水球と改めてハイタッチを交わすのだった。
「・・・ところでヘレンちゃん。こいつの名前って、何か決まってるの?」
「ありません!なので―――今、ここで決めちゃってくださいな」
「まだ無いのかあ、ううん・・・。うーん、う~~~~ん・・・?」
気分一新。
未来に向けて頑張るぞー!と拳を振り上げたところで、はた、と新たな問題に突き当たる。
この【神使】、未だ名前が無いのである。
いつまでも『これ』だとか『水球』だと、流石に据わりが悪い。
ヘレンの言もあり、ぼくはうんうん唸りつつ新たなパートナーにピッタリの名前を考え始めた。
「スライム・・・スラ蔵・・・スラ○ン・・・リ○ル。いや―――何だかこの方向性は、危ない気がする。国民的JRPGからは一旦離れよう、うん」
「賢明ですねー」
「それなら、水・・・不定形?・・・形のないもの、変幻自在の―――?あっ」
『・・・?』
眼を瞑り、脳内で連想ゲームのように、次々にイメージを移ろわせてゆく。
やがてそれは、一つの形をとり脳裏にて確固たるイメージを結んだ。
・・・再び目を開くと、ぼくは視界の中央を占める水球をじっと見つめる。
「―――メルクリウス」
『・・・!』
自然と、その名前が口をついて出ていた。
古代ローマにおいて、ヘルメス神と同一視され、時代を経て錬金術の創始者として語られるようになった名。
それを唱えると同時に、宙に浮かぶ水球はぶるりと震え、コバルトブルーの輝きを帯びた。
「変幻自在とはまた、ピッタリな名前を付けましたねー。ひょっとして、中二病よろしくこーゆーシチュエーションに合わせて、予め考えてたりしました?」
「いや、完全に即興。なんか、こうするのが一番いいって思ったから。・・・だよね、メル」
『・・・・!』
少女の言葉を首を振って否定すると、ぼくは水球改め【神使メルクリウス】―――略してメルに向かって微笑みかける。
物言わぬ水塊はこぽり、と小さな気泡を生じさせると、何処か嬉し気に揺らめくのだった―――
・ ◇ □ ◆ ・
―――そして、現在。
「・・・【神使メルクリウス】っ!!」
『・・・・・!!』
銀色の巨人を前に、ぼくは己の分身たる名前を叫ぶ。
それと同時に、眼前の空中にコバルトブルーの光が生じ、見る見るうちに膨らみ一抱え程の水の塊へと変じた。
「マル君!それが貴方の・・・!?」
「そうです!ぼくの唯一無二の相棒は、こういう時に備えて取っておいたんだ!一か八か、出た所勝負だけど―――【バブルシールド】ッ!!!」
『・・・・・・・・!!』
隣から上がる驚きの声に、にやりと口角を上げる。
あの時、謎空間でメルを初めて召喚した後、ぼくは何か一つ『戦うための力』を習得するという課題に取り組む事となった。
それに対しぼくが出した答えは―――守る為の力。
敵を倒すのではなく、生き延びる為。
そして、奪われようとしている命を守る為にこそ、ぼくは力を振るう。
あの時の決意を胸に、学生服の少女の姿を視界の端に捉える。
ヘレンから授けられた『切り札』は、今、この時の為のものだ。
彼女から伝えられた言葉を思い起こす。
必要なのはイメージ―――そして強い目的意識だ。
メルを操り、敵の攻撃を防ぐ。
でも、水の塊であの巨人の一撃を無効化するには―――?
イメージしろ。
水―――球―――泡。
ぼくが想起したのは、身体を包み、保護する泡の防御壁。
脆く弾けて消えてしまう儚き存在を以て、見上げるような巨体の一撃に抗するには?
答えは―――弾き返せばいい。
両手を伝わり、目に見えないエナジーが流れ出てゆくのを感じる。
神の端くれとして授かった力―――【神力】は対象となるモノへ、何らかの概念を付与することを可能とする。
今、この時、泡の壁へ授ける力は―――『不壊』。
決して割れず、弾けず、受けた力をたわんで逃がし、攻撃者へと返す。
破れずの泡のイメージを今、ここで―――完成させろ!!
『!!!???』
「泡の壁が・・・巨人の腕を、弾いた!?」
車体の外、後部座席を狙い振り下ろされた巨椀。
菫色の燐光を纏い、鋼板をも容易く引き裂くそれを巨大化したメルの身体が受け止め―――
そして、一瞬の間をおいて弾き返した!
※2023/11/27 文章改定




