∥005-76 集団戦・第五幕
#前回のあらすじ:鎧の中身は黒髪ショート美少女だった!
[マル視点]
―――【イデア学園】、本拠地。
国会議事堂めいた建造物の前には、敵の襲撃を目前にして今、黒山の人だかりが出来つつあった。
ただし―――現在ここに居るのは大半が戦闘に向かないか、性格的に争いを好まず後方支援を選んだ【神候補】達だ。
戦える者は皆、海岸線にて防衛線を張るか、海上移動を可能とする異能持ちと共に既に討って出ている。
彼等は敵の進撃を阻む、肉の防壁であり、最終ラインだ。
それが突破されれば―――もはや【学園】側に後はない。
そんな状況下だからか。
自分達にも何か出来る事が無いか?―――と、思い立った者達が今、この場に集っていた。
そして―――熱く議論を交わす彼等に、触発された者がまた一人。
彼にしては珍しく、『力になりたい』と言い出した叶くんを輪に加え、本拠地前に臨時の作戦本部が立ち上げられたのだった。
そんな彼等が現在、どうしているのかと言うと―――
「・・・『Wild tails』中核メンバー、『フィアナ騎士団』と合流しました!」
「敵の第一陣、じきに侵攻部隊右翼左翼と接触します!」
「わ・・・わかりました!」
サーチライトに照らし出された本拠地前には、叶くんを中心に円陣を組むようにして、数名の【神候補】達が集まっていた。
彼等の視線が集う先、叶くんの前には半透明の盤が浮かび上がっている。
そこへ、菫色の燐光を放つ小ぶりな【魂晶】を手にした少年少女達から、矢継ぎ早に各所の動きについての報告が上がる。
それを受け、白髪の少年が手元の盤面を覗き込むと、その表面に数度、指先を走らせた。
「えっと、えっと。敵が赤で味方が青で・・・こう!」
「叶くん、いけそう?」
「た、多分・・・?」
地面と平行に浮かぶ盤面と睨めっこを続けながら、悪戦苦闘すること数秒。
仕上がりを尋ねるぼくに対し、紅い瞳を不安に揺らしながらも、少年は小さく首を縦に振る。
―――が、すぐに指を引っ込めると、自信なさげに小首を傾げてしまった。
そうして平素からの心配性からか、不安そうに周囲を見回し出す叶くん。
だが―――
次の瞬間には彼が口にした通り、二色の光点が盤面を塗り分けていた。
真っすぐ進んでくる赤い光点と、帯状に広がってそれを迎え撃つ青い光点。
その両者が、盤面の上を滑るようにして、ひとりでに動き回り始めたのだ。
固唾を呑んでその様子を見守っていた周囲から、わっ、と歓声が上がった。
「―――凄いじゃない!キミ、こんな事できたんだ!?」
「戦場の様子が手に取るようにわかる・・・。これさえあれば、本拠地から各地とリアルタイムに連携が取れるぞ!」
「わ、わっ―――!?」
あっという間に周囲から揉みくちゃにされ、眼を白黒させる白髪の少年。
助けを求めるような無言の視線を感じつつも、あえて今は、彼の為した『成果』の観察を優先することにする。
―――半透明の盤面は、叶くんの新たなる能力の産物だ。
名を【伏龍の盤】。
空間の固定以外に、神業の新たな方向性を開発できないかと、ぼくと一緒に試行錯誤した結果の産物である。
彼はどうやら、空間に作用する系統の能力全般に適性があるらしい。
空間の固定以外に何が出来るか試したところ、レーダーのように敵と味方の居場所を察知できることが判明したのが、ことの始まり。
そこからどうやって神業として形にするのか、二人でああだこうだと議論を交わした結果、この形状に落ち着いたのだ。
盤面は、戦場全体の俯瞰図と対応している。
ぼくらで事前に決めた通り、赤い光が敵―――『深泥族』の戦士達で、青い光が【イデア学園】の仲間達を表すアイコンだ。
更に。
もう一つの神業【伝心の絃】により、遠隔地との通話も可能となった。
これは、離れた場所に『声』を届ける効果があり、通話の基点として【魂晶】を利用している。
先程から、少年少女達が手にしていた【魂晶】がそれだ。
ぽつぽつと届く戦況を報せる声の内容と、盤面の表示には、今の所寸分の狂いも生じていない。
「・・・これなら確かに、全体を見ながら効率よく戦力を割り振ったりできそう、かな?」
「何だかSF映画に出てくる指揮室みたいで、ワクワクしてきた!」
「だよねぇ」
ぼくがぽつりと呟いた一言に、先程まで叶くんを撫でくり回していた少女達の一人が眼を輝かせ、そんな事をのたまう。
・・・何となく合わせてみたが、多分、初対面の人だ。
同じぐらいの女の子達と連んでいるあたり、女性限定の有名クラン『Wild tails』のメンバーだろうか。
彼女達は姦しく談笑しつつも、先程から叶くんにちらちらと熱っぽい視線を送っている。
さすがイケメン。
―――しかし、改めて考えると。
【学園】と関わってそれなりに経つが、未だ交流できていないクランの人達は多い。
思案ついでに、臨時指揮所に居並ぶ面々の顔をちらりと盗み見てみる。
前に偶然縁が出来て以来、何度か農作業を手伝いに行っているクラン、『parivaar』のメンバーがそのうちの大半。
クランマスターの褐色全裸野郎こと、Arnavさんは防衛ラインに行っているので今は不在だ。
他には、任務の発着地点である『大聖堂』で数度、見かけた事のある連中が混ざっている位だろうか。
―――さて、脱線はこのぐらいにしておいて。
「う、上手くやれば戦略ゲームみたいに少数で敵を翻弄したり、敵を引き込んで包囲殲滅したりできるかも・・・!?」
「それができたらいいんだけどねぇ。そーいうのはつけ焼き刃で、何とかなるモンじゃないでしょ?」
「うっ。む、無理かなぁ・・・?」
「・・・まぁ、軍師ごっこはともかく。せめて各所の様子が見えれば、もうちょい指揮所っぽくなると思うんだけど―――」
戦略ゲーム好きなのか、盤面で動く光点を食い入るように見つめていた一人が、ぽつりと物騒なことを呟く。
しかし直ぐに、仲間らしき少女に駄目出しを喰らい、うめき声を上げた。
しゅんとなりながらも残念そうに呟く彼に、いささかばつが悪そうに、少女は急造の指揮所への不満を零す。
―――それに、聞き覚えのある声が答えた。
『―――呼びましたか?』
「「「・・・ヘレンちゃん!?」」」
「はい!お呼びの通りのヘレンちゃんです!皆さんイイ子にしてましたかー?・・・してましたよね!そんな皆さんにはハイ!プレゼントです!!」
「こ、これは・・・!?」
【神候補】なら聞き違えようもない、可愛らしい少女の声。
どこからともなく響いたそれを耳にした瞬間、皆は思わず口を揃え、その名前を叫んでいた。
次の瞬間、ぽんと空中に純白のサマードレスが、次いで健康的に日に焼けた肌が現れ、ショートの黒髪がふわりと舞う。
【学園】で、任務の中で、幾度となく目にしたその姿が、ぼくたちの目の前にあった。
ヘレンちゃんだ。
彼女はにっこりと微笑むと、さっと手を一振りする。
その動きに合わせ、ぽんぽんと中空に半透明のボードが現れた。
無数に出現したそれに映し出されているのは、各地で激戦を繰り広げる【神候補】達の様子だ。
最前線で、防衛ラインで、海上で。
『深泥族』の戦士達とぶつかり合うその姿が、半透明の板の上に克明に描き出されていた。
「凄い・・・!」
「すっかり忘れてたけど・・・。俺達には彼女が居たんだった!」
「うふふふふー。・・・驚いちゃいました?感心しましたかー?思う存分褒め湛えちゃっても、いいんですよー?」
「「「流石はヘレンちゃん!!」」」
「ふっふーん♪」
目を丸くして驚く皆を前に、ニヤリといたずらっぽく笑うと、ちらりと意味ありげにこちらを流し見るヘレンちゃん。
見え見えのフリだったが、迷わずぼくらは口を揃え、その名を称えるべく叫んだ。
多少ウザかろうと、神出鬼没でいまいち考えが読めなかろうと、ぼくらには彼女が付いている。
唐突に現れた救いの女神はちょっぴり頬を染めると、自慢げにその薄い胸を反らすのだった―――
今週はここまで。




