∥005-74 集団戦・第三幕
#前回のあらすじ:退路の確保はマジ大切
[Elizabeth視点]
フィアナ騎士団が絶体絶命の危機に陥る、一方。
ここ、空の上にはその様子を、じっと見つめる者達が居た。
「・・・ねえ、ショウコ」
「は―――はい!なんでございましょう?」
「あれ、見えてますわよね?」
「えっと・・・はい。ピンチみたいでございます―――ね?」
「・・・ですわよね!」
さらさらと動かしていた筆を止め、友人の言葉に一人の少女がほっそりとした顔を上げる。
黒い瞳に、艶のあるロングの黒髪。
名前の通り日本人的な顔立ちの少女は、眼下に見える光の橋にそっと視線を落とすと、どこか自信無さげにそう答えた。
それが期待通りの答えだったのか、ナイトドレス姿の少女は豊かな胸を反らすと、満足げに大きく頷く。
そして白魚のような指先を伸ばし、びしっ、と眼下にて戦闘中のフィアナ騎士団を指差すのだった。
「でしたら!この!Elizabeth=F=Millerが!颯爽と助けに―――」
「む、無理でございます!」
「・・・・・(コクコク)」
「―――ん、もう!何でですの!?」
流れるようなブロンドの髪をかき上げ、白色人種の令嬢は助太刀を宣言する―――が。
仲間達から返ってきたのは、ハッキリとした否定の言葉であった。
あわあわと慌てながらも、黒髪の少女は必死に両手と首を振ってジェスチャーする。
その背後では、もう一人の少女が無言のまま、こくこくと頷いていた。
三番目に姿を表したこの少女、その小さな体躯をすっぽりと、全身の大部分が隠れるローブに包んでいる。
その縁から覗く幼げな顔は、夜目にもはっきりとコーヒー色に色づいていた。
この3名、マル少年が初めて【彼方よりのもの】と遭遇したあの日、あのバスにもその姿を表している。
黒髪の少女が清水抄子、金髪の少女がElizabeth=F=Miller、最後の浅黒い肌の少女がMaryam=M=Jibrīlという。
ともに、クラン『Wild tails』の幹部であり、マルと同じく【神候補】の一人であった。
額に青筋を立て、ブロンドの令嬢は抄子に詰め寄る。
「貴女、さっきもそう仰ったじゃない!そうこうしている内にあのおバカさん達、すっかりピンチですわ!?もっとこう、スピーディーに行動できませんの!?」
「そ、そう言われましてもぉ・・・。こうして墨鴉を描いて、空を移動できる手段を用意できるまでは無理でございますよぅ」
「・・・案外、快適」
対する黒髪の少女は、困り顔でそれに応じつつもさらさらと、見事な手際で一羽、鴉の墨絵を空中に描き上げる。
ただの平面でしか無かった鴉は、少女の絵筆が離れたと同時に、ぴくりと身じろぎしつぶらな瞳を開く。
かと思えば、濡れ羽色の翼をひらめかせ、夜空にばさり、と踊り出していた。
彼女が持つ【神格兵装】―――『五色筆』は、描いたものに命を吹き込む力を持つ。
そして、創り出したものに命令を聞かせ、自在に操ることが出来るのだ。
たった今やって見せたように、既に幾羽もの墨鴉達が3人の周囲に生み出され、夜空を旋回しつつ主の命を待っていた。
そのうち数羽は、小柄なMaryamのローブを脚で掴み、宙に吊り上げている。
とある理由により、空中で取り残されてしまった彼女達は思案の上、筆の力で『ここ』から脱出することに決めたのだった。
それはそれとして―――あまり待たされると、短気なお嬢様が痺れを切らしてしまう。
リズがいつ爆発するか、内心ハラハラしつつも黒髪の少女は、筆を執る右手は決して休ませなかった。
そして、当の御令嬢はそうした諸々を理解した上で、なおも逸る気持ちを押さえられずにいるのだった。
「・・・ああ!もう!まどろっこしいですわ!!なんちゃって騎士団が活躍してると言うのに!わたくし達はお空で待ちぼうけだなんて―――理不尽!です!わー!!!」
「どうどう・・・まだ、慌てる時間じゃない」
白い肌を紅潮させると、ブロンドの令嬢が黒い地面の上で地団駄を踏んで悔しがる。
マイペースな小柄な友人は鴉にお願いしてその近くへ下りると、ぽんぽんとその肩を叩くのだった。
―――夜空にお嬢様の怒声が吸い込まれた後。
大声を上げて少し落ち着いたのか、ナイトドレスの少女はふう、と息を吐き出す。
そして己の足下にあるものをじっと見つめると、ぽんと手を叩き満面の笑みを浮かべるのだった。
「―――そうよ!時間はこんな風にいたずらに費やすより、行動によって消費されるべきですわ!時は金なり、ですのよ!」
「・・・でも、移動手段ない、よ?」
「あるじゃないですの、ここに!そういう訳ですから―――聞いていらして?貴方、今すぐわたくしをあそこに運ぶのですわ!」
『グルルル・・・?』
ダン、と足下の地面を踏みしめると、『それ』に向け令嬢は命じる。
少女の足下に広がる地面―――否。
あまりにも巨大で全容が見えていなかったものが、ゆっくりと身じろぎをし始めた。
大きい。
遥かな下方、海の只中に佇む巨人と比較しても、決してひけをとらぬ巨体が鎌首をもたげ―――眼を開いた。
無数の黒雲を纏い、うねる巨体の表面にはてらてらと月の光を纏い、鱗が黒々とした艶を放っている。
先刻、『泥艮』を施設より連れ去った異形―――黒龍。
それが現在、リズの足下に存在する『もの』の正体であった。
―――何を隠そう、この龍。
抄子の『五色筆』によって生み出された存在である。
あらん限りの【神力】を込め、描きあげられた一枚の墨絵。
それが仮初の命を授かり、こうして実体を伴って顕現したがこの黒龍だった。
・・・それが元で【神力】が尽きかけ、慌てて黒龍を休眠状態に入らせた訳なのだが。
そうした諸々の経緯をスッパリ忘れ去っていたのか、自信満々に令嬢は号令を発する。
「それでは、行きますわよ!騎兵隊のお出ましですわーーー!!」
『グゥ・・・オォオオオオオ!!!』
「ヲホホホ!快速快調!このまま一気に敵陣まで殴り込みますわよー!!」
ノリノリでアクセルよろしく龍の頭を踏みしめながら、リズは空のドライブに出発する。
吠え声を轟かせ、うねる巨体に黒雲をたなびかせると、巨龍はぐんぐんと加速し始めた。
周囲の景色が流れ、お嬢様一行はあっという間に『橋』の間近にまでたどり着く。
加速度と向かい風に真紅のナイトドレスは荒々しくはためき、夜空に美しい金髪が舞い踊った。
絶好調のお嬢様とは対照的に、黒髪の少女は黒龍の背にしがみつきながらも器用に、顔色を白黒させている。
彼女の顔色が悪い理由は、乱暴なドライブだけではない。
そこには黒龍の巨体に吸い上げられる、途方もない【神力】も大いに関与していた。
―――この黒龍、燃費が最悪なのである。
「ま、待ってくださいまし!?あぁあ、せっかく節約してましたのに・・・。【神力】が・・・抜け・・・きゅう」
とうとう可愛らしい悲鳴を残し、意識の手綱を手放す抄子。
白目をむいて気絶した友人の身体が、かくんと糸が切れたように落ちる―――ところを、小柄な少女が危なげなく抱きとめる。
友人の暴走を一早く察していた彼女は、墨鴉から降りて抄子の側に付き添っていたのだ。
「ショウコ?しっかり・・・」
「うぅっ・・・リズのばか・・・」
小柄な少女はぐるぐると眼を回す友人を覗き込むと、いまいち焦っているのかわからない調子で、ほっそりとした肩を揺さぶる。
黒髪の少女は、顔を青くしながらうなされるように、小さくうわ言を呟くのだった。
一方。
創造主が気絶した影響は、黒龍の身に早くも表面化し始めていた。
「オーッホッホッホ!オーッホッホッホッホッホ・・・あ、あら?何だかスピードが落ちてきたような―――」
『グォオ・・・モウ、ムリ・・・』
「・・・な、なんだか身体が滲んで・・・?消えかけてますわ!?この龍!!」
「いけない―――落ちる」
描きたての水彩画に水滴を垂らしたかのように、黒龍の巨体がぼやけて曖昧になってゆく。
異変に気付いたリズが身構えるよりも早く、巨龍の身体は空中に溶けるようにして、あっという間に消え失せてしまった。
―――そして、空中に放り出される3人の少女。
ぽつり、とローブ姿の少女が残した呟きを最後に、彼女達は真っ逆さまに上空から落下し始めた。
はるかな眼下に広がるのは、黒々とたゆたう深夜の海。
それが見る見る間に迫りくる様子を、少女達は為す術も無く見つめていた。
「あ~~~れ~~~ですわ!?」
「Nefertiti―――!」
スカートを手で押さえながらも、あらん限りの悲鳴を上げるリズ。
正しく絶体絶命―――!
しかしこの状況に、一際小柄な少女が唯一、動きを見せていた。
己が【神使】の名前を小さく叫ぶと、にゃあ、と可愛らしい鳴き声がそれに応じる。
ローブの裾が一瞬盛り上がると、そこからぴょこんと二つの立て耳と、闇夜に輝くまあるい瞳が現れた。
Maryamの【神使】―――それは、厚みの無い影絵のような肉体を持つ、一匹の黒猫である。
エジプト第18王朝の女王と同じ名を持つ【神使】は空中に飛び出すと、何もない空中を踏みしめて軽やかに駆け出した。
その足跡はたちどころに拡大され、石灰岩の石畳となって空中に固定されてゆく。
小柄な少女は黒髪の友人の身体を抱き寄せると、虚空に現れた石畳目掛けて勢いよく飛び込んだ。
硬度を最小限に調整された石床は、少女二人分の荷重にあっけなく砕け、しかしその下に新たな石畳が姿を表し続ける。
幾度となく石畳のクッションを踏み破り、ようやく加速度を殺しきると、二人は固く乾いた床の上に着地するのだった。
「―――ッとと、危ない・・・」
「・・・」
辛うじて落下を免れた小柄な少女は、ずしりと急に両腕にかかってくる体重に、今度は危く友人を取り落としそうになる。
覚醒者として強化された腕力で何とかそれを支え、少女は友人の身体を冷たい石灰岩の上にそっと横たえた。
ふう、と小さく嘆息すると、Maryamは無言のまま視線を落とす。
これだけの騒動にも関わらず、黒髪の友人は未だ気絶したままだ。
―――急激な【神力】不足は時として、覚醒者の身に昏睡状態を引き起こす。
それは、失われた力を取り戻す為のものであり、今しばらくはこの状態のまま回復することはないだろう。
「ともかく、無事でよかったわ」
『なうー・・・』
「・・・あなたも、お疲れさま」
すうすうと規則正しい寝息を立てる友人を見つめると、小柄な少女はすっと視線を上げる。
その先には、虚空に浮かぶ石灰の回廊を足場に、じっとこちらを見つめる影絵の小猫の姿があった。
一仕事終えた相棒にねぎらいの言葉を掛けると、ローブ姿の少女はもう一人の友人の姿を探す。
この騒動のきっかけとなった、そそっかしい御令嬢は二人の下方―――海面の間近にまで迫っていた。
―――このままでは、数秒と経たずその体は海面に叩きつけられるであろう。
思わず腰を浮かせかけた少女は、しかし視界の端に見えた白銀の輝きに気付き、再び動きを止める。
それは、闇夜を引き裂くようにして、一直線にリズの元へと向かっていた。
流星のように見えるそれを認めると、少女は全身の緊張を解く。
―――リズの事は、『彼女』に任せておけば大丈夫だろう。
そう結論づけると、Maryamはぺたんと石畳の上に腰を下ろした。
そして、側に寄ってきた黒猫の厚みの無い頭をそっと撫でると、束の間の休息を堪能し始めるのだった―――
今週はここまで。




