∥005-73 集団戦・第二幕
#前回のあらすじ:巨乳と貧乳、君はどっち派?
[玄華視点]
「結構やるじゃぁない、あのコ達。ベイビーちゃんも見てみなさい、イイ表情してるわぁ。油断も慢心もない、あれが戦うオトコの顔よぉ」
海のど真ん中を真っすぐに突っ切る『橋』を通り、鎧姿の集団が今、こちらへと接近しつつある。
それをアタクシは、ベイビーちゃんの肩の上からじっと眺めていたわぁ。
地上側から照らす大出力のライトのお陰か、周囲は真夜中だっていうのに視界は申し分無いようね。
100m以上離れたこの位置からでも、接近してくるコ達一人一人の表情まで、見ようと思えば見える程よぉ。
アタクシが指し示した先に、ベイビーちゃんはその巨大な眼を向ける。
愛しい息子は少しの間、じっと光の橋を見つめると、やがてどこか悲しそうにかぶりを振ってみせたわぁ。
『―――デスガ母上、郷の戦士達ガ・・・』
「大丈夫よ」
先程の戦闘では、ミドロの戦士達に数名の犠牲者が出ていたわ。
それを口にしようとした息子に、アタクシは視線でそれを制止する。
不安はよぉくわかるわ、でも大丈夫。
「アタクシを信じなさぁい。そうすれば―――悪い結果にはならないわ、決して」
『母上―――イエ、ワカリマシタ』
「いい子ね」
ベイビーちゃんは喉元まで出かかっていた言葉を飲み込むと、ゆっくりと頷いてくれる。
とってもいい子。
―――図らずとも、一族の象徴となったアタクシの息子。
その苦悩と重責を瞳の奥に押し込んで、彼はアタクシの言葉を信じてくれたわ。
今はまだ事情を話せないけれど―――これが済んで一段落着いたら、たっぷり労ってあげないとねぇ。
諸々の事情の説明も含めて―――ね。
アタクシは密かにそう誓うと、再び眼下に続く光の橋へと視線を戻したわ。
「さて、と。それじゃあやられっ放しは良くないし・・・。ここらで一手、仕返ししてあげないとねぇ?」
『デハ、如何ニシテ反撃シマショウカ・・・?』
「そうねぇ」
アタクシ達親子そろって小首を傾げ、次なる一手を思案する。
そうすること数秒。
すぐに思考を打ち切ると、アタクシはぱちんと両手を合わせ、口元にイタズラめいた笑みを浮かべたの。
「・・・イイ事思いついちゃったわぁ」
『ソレハ、一体―――?』
「よく言うでしょう?他人の嫌がる事はすすんでやりましょう―――って」
ヌルフフフフ。
そうしてアタクシは一人、哄笑を上げる。
ベイビーちゃんはどこかやれやれ、といった様子で肩をすくめ、光の橋へと視線を戻したのよ―――
・ ◇ □ ◆ ・
[Oscar視点]
「敵の反応、急速接近!距離50…40…あと少しで視認できる筈です!」
「こっちからも見えたぜ、凄い数だ!」
「奴さん、今度は本気みたいだな・・・。ヒュウ!ゾクゾクしてきやがった!!」
一方、フィアナ騎士団移動陣地。
警戒しつつも前進を続けていたおれ達は、ついに訪れた敵襲の報せを聞いていた。
観測手が告げる内容に耳を傾ける団員達の間に、緊張が走る。
―――白く伸びる光の道の両側、タールのように暗くたゆたう海面の、更に奥。
仄暗き海底より、無数の影がこちらに接近しつつあった。
団員の一人が口にした通り、敵はこれまでの散発的な襲撃がおままごとに思える程の物量。
それが一丸となって、海面スレスレの位置を滑るように進んでいた。
音も無く忍び寄るその様子は、海底より放たれた魚雷群の如く。
誰かがごくりと、唾を飲みこむ。
緊張に張り詰めた空気は再び、先程の襲撃を思わせるものとなりつつあった。
しかし―――不安を訴える者は誰一人として居ない。
団員の誰もが己の鍛錬と、そして何より隊長達の実力を信じていた。
此度、敵との激突はこれまでの比ではないものが予想される。
全ての盾手達は力を振り絞り、敵の初撃を防ぐ為防御壁の構築を始めていた。
発動準備の整った不可視の防壁が、如何なる攻撃も跳ね返さんと燐光を帯び、己の出番を待ちわびている。
その時はもう、すぐそこまで来ていた。
「接敵します!3…2…1…。総員!対ショック防御!!」
「「「「フィアナ騎士団―――万歳ッッ!!!」」」
瞬間。
盾手隊全員による本気の障壁が展開され、陣地の前面・側面を十重二十重に光の膜が覆う。
ほとんど物理的な圧力を伴った鉄壁の構えは、敵の突進を受け止めるべく、バチバチとスパークを纏わせ―――
しかし、何も起こらなかった。
「―――えっ?」
「一体・・・?」
「て・・・。敵が全て、素通りしていきます!続く第二陣、第三陣も!一体どうして―――あ、アアッ!?」
激突を予感した団員達は、しかし訪れた拍子抜けな結果に、揃ってぽかんと呆けた表情を浮かべていた。
―――『道』の下に広がる海面、その下に幾度となく、黒い影が素早くよぎってゆく。
それを横目で見やり、次いで戸惑いのままに互いの顔を見つめ合う団員達。
しかし、一人の観測手が上げた声により、弛緩しつつあった空気は一挙に様変わりした。
「誰か―――奴等を止めろォ!連中の狙いは後方!地上側の陣地だ!!」
「「「―――ッッ!!?」」」
後方―――
光の橋が伸びるその根元を指差し、観測手はあらん限りの声を上げた。
その意味を理解した瞬間、団員達の表情が揃って強張る。
やられた―――!!
先程までの【深きもの】どもとの交戦、その段階から既に仕込みは始まっていた。
敵からの攻撃を受け止め、すかさず反撃を加える。
その流れが次も続くと―――
そう刷り込ませ、激突を匂わせたままあえて、敵陣スレスレを通り過ぎたのだ。
まんまと乗せられた我々は、今すぐ決断しなければならない。
このまま前進するか、それとも―――反転して敵を追撃するか、だ。
「・・・弓手隊、魔導士隊!通り過ぎる敵へ可能な限り、攻撃を加えろ!盾手1番から3番までと、親衛隊はその護衛。残りは―――おれに付いてこい!!」
「「り、了解!!」」
前進と、後退。
どちらを選ぶにせよ、敵の足止めは必要だ。
弓手隊、魔導士隊が両側の海へ向かい攻撃を始めたことを確認すると、おれはきびすを返し号令を発した。
大量の海水が連続して水蒸気爆発を起こし、轟音を夜空に響かせ始める。
それをBGMに、おれを先頭とした一団はこれまで辿った道を引き返し始めた。
おれが選んだのは―――敵の追撃。
一旦、戦線を下げる事にはなるが、今は後方が壊滅するのを防がねばならない。
後方陣地に控える、他のクランの兵達を信じぬ訳ではないが―――
あそこには今、彼女が居るのだ。
「待っていてくれ、必ず助け―――へぶっっ!!?」
「「「・・・副長っ!?」」」
ルビーの瞳の君を、助ける。
公私混同と言われようと、おれは行かねばならない。
密かな決意を胸に秘め、おれは威勢よく駆け出し―――
そして、何もない筈の空間にぶつかった。
寒天質の壁にでもぶつかったかのような、不可解な感触。
ぼよん、と擬音が聞こえそうな衝撃に、頭から突っ込む。
そしてそのまま、トランポリンのように弾き返されると、おれは光の道の上に尻もちを付いた。
混乱したまま見上げると、眼前には夜の闇に紛れるようにして、半透明の『壁』が聳え立っていた。
「何だこりゃ・・・壁、か?」
「触るとひんやりする・・・。まさか、海水で出来てるのか、これ!?」
他の団員達が『壁』へと近寄り、しげしげと眺め始める。
忽然と姿を表した水壁は、光の道を塞ぐようにして頭上高くにまで立ちはだかっていた。
それをぺたぺたと触りつつ、見分を始める団員達。
「一体誰がこんな事を―――ハッ!?」
その呟きに、その場の全員が同時に絶句した。
一体誰が誰がこんな事をしたのか。
そんなこと、考えるまでも無かったのだ。
「畜生―――退路を塞がれた!!」
「ど、どうしますか!?」
「聞くまでもない。ここは押し通るのみ!雷光の―――剣モガゴボゴボッ!!?」
「ふ、副長ォ―――ゴボゴボゴボ!!?」
すかさず愛剣を引き抜くと、おれは異能を発動させる。
幅広の刀身が七色の光を纏い、周囲の空間がうっすらと歪み始めた。
道を塞ぐ障害あらば―――斬って捨てる!
おれは頭上に振りかぶった剣を力の限り振り下ろそうとし―――
しかし次の瞬間、唐突にその形を崩し、雪崩をうって押し寄せてきた水壁を頭から被った。
同じく、その周囲に控えていた団員達もまた波に押し流され、将棋倒しに転倒してゆく。
相当の質量が押し固められていたのか、『壁』の崩壊と同時に発生した高波は光の橋の上を舐めるようにして広がり、騎士団の大半を一気に飲み込んだ。
あちこちから悲鳴が上がり、混乱が周囲を満たす。
「逃げろ!!」
「待て、押すな!?」
「うわっ、落ちっ―――モゴゴボボボ!!?」
彼等の大半は、転倒による軽傷と、海水をいくらか飲むくらいで済んだ。
しかし一部の―――『橋』の外縁近くに居た、不運な者達はそれだけでは済まなかった。
足元を突然の波にさらわれ、あえなく転倒する団員達。
波の勢いにごろごろと『橋』の上を転がった、その先。
唐突な浮遊感の後、周囲に広がっていたのは―――真っ暗な海。
少なくない人数が水面下へと落下し、彼等は窒息と混乱に苦しみながらも空気を求め、必死に水をかき分け始める。
―――そこへ音も無く忍び寄る、幾つもの影。
海底よりの刺客は、もがき苦しむ団員達をあっという間に光の粒子へと変え、勢いのままに『道』の上へと飛び出すのであった―――
今週はここまで。




