∥005-72 集団戦・第一幕
#前回のあらすじ:トラップ炸裂
[Oscar視点]
―――天に偽りの星々が煌めく夜。
我が陣営の進む先には、白々と淡い光を放つ美しいビロードのような『道』が真っすぐ、海の彼方に向けて伸びていた。
光の道は横幅20m程だろうか、隊列を組んで進行する分には問題無さそうだ。
そしてその下には、ごうごうと渦巻く海が波しぶきを上げ、黒くとぐろを巻いている。
月の光を反射して白く煌めく波間には、ちらちらと人間大の影が見え隠れしていた。
おれたちの敵―――【深きもの】どもだ。
おれたちは今、【イデア学園】と彼等【敵性人類】との戦端を開く、そのまさに最前線に立たされていた。
尤も―――
話によれば彼等は『ミドロ』という、【深きもの】の中でも穏健派にあたる一派、らしい。
故にこの戦いは、互いの殲滅を目的としたものではなく、ルールを課した上での限定的なものとなる。
しかし、どんな事情があろうと戦は戦。
おれは手を抜くつもりも、敵を前に油断してやるつもりも無い。
そしてそれは―――あちらとて同じこと。
脳裏に焼き付いた、視界を埋め尽くす巨大な津波の光景を思い起こす。
彼等はその気になれば、一挙に味方陣営を壊滅しうるだけの戦力を有している。
その事実は、つい先刻証明されたばかりだ。
そして今、海の様相はあの、巨大波が発生した直前と瓜二つの様相を呈していた。
行軍を続ける団員達の緊張は、今や最大限に高まっている。
最早、いつ漆黒の海面を割って敵が飛び出して来てもおかしくはない。
今か今かと待ち受ける戦友達の耳に、ついに敵襲を報せる第一報が飛び込んできた。
「敵の集団が急浮上中―――3時方向、来るぞ!!」
「盾手3番!構えェーーーッ!!」
「―――フィアナ騎士団、万歳!!!」
双方睨み合いの均衡が崩れたことを報せたのは、観測手隊の上げた鋭い一声だった。
敵の襲撃方向を知らせるその言葉に、おれは反射的に戦場一帯に響き渡るよう、大声を張り上げる。
常からの訓練により、鍛え上げられた団員達はそれに呼応し、即座に右手に広がる黒い水面に向かって盾を掲げた。
次の瞬間。
隊列の右側に展開した盾手隊に向け、圧縮された水塊が着弾した。
大人の両腕幅はあろうかという、水弾。
それが目にも止まらぬ速度で飛来し―――
隊員の目の前で見えない壁に阻まれ、あっけなく空中に四散した。
―――フィアナ騎士団は、今や【イデア学園】で最大規模を誇るクランの一つである。
かつて『英雄』フィン=マックールを慕った若者達が、その足跡を追って現代の英雄たらんと集ったのが、そもそもの始まり。
いつしか彼等は【学園】最強の一角として、その名を知られるにまで成長を果たしていた。
その強みは―――異能による集団戦闘術。
攻撃、防御、偵察に支援、そして回復。
戦いにおける各要素ごとに適した異能を配し、部隊すべてを有機的に連携させる。
それを結成初期より追究し、実戦可能なレベルにまで高め続けたのがフィアナ騎士団であった。
現在の我等は、戦において一個の生物として力を振るい、強大な敵をも打倒することが出来る。
盾手隊が予定通りの仕事をしたことを見届けると、おれは素早く視線を上げた。
おそらく先程の攻撃は陽動、本命はその、後。
前衛を飛び越えての―――急襲。
夜空をバックに黒い影が4つ、矢のような速度で落下してくる様子が視界に入る。
おれは即座に愛剣を鞘から引き抜くと、ありったけの【神力】を込めてその名を叫んだ。
「叫べ!硬き稲妻よ!!雷光の―――剣閃ッ!!!」
『ギッ!?』
二度、横に薙ぐ剣閃が夜空に走る。
異能により拡大された斬撃は、到底届く筈の無い距離から襲撃者達の胴を二つに割断していた。
呻くような叫びを残し、4体全ての『ミドロ』達が菫色の粒子へと肉体を変じ、弾けるように消える。
それを見届けると、おれはなおも油断なく漆黒の海を睨みつける。
ざあ、ざあ、と波音だけを残し、静寂が続く事数秒。
再び、観測手の声が新たなる襲撃者の到来を告げた。
「もう一回来るぞ!今度は8時、5時、二か所同時だ!!」
「盾手4番!5番!構えェーーーッ!!」
「―――フィアナ騎士団、万歳!!!」
防御系の異能を持つ団員達が、左右両方向からの襲撃に備え、防壁を展開する。
先に左後方から飛来した圧縮水弾を防ぎ、続いて少し遅れて、右後方から飛んできた高圧放水を別の防壁が受け止める。
先程と同じ攻撃が、今度は二連続。
しかし、僅かに感じた違和感におれは顔をしかめた。
(二つの攻撃の質が違う―――左はオトリか!)
「ふ・・・副長ォーッ!破られます!!」
はたして、右後方から悲鳴のような報告が上がる。
「援護ぉ―――ッ!即応できる者は、5番隊を手伝え!!」
「ふ、フィアナ騎士団・・・万歳ッ!!」
ウォーターカッターのような、収束された水流。
ごりごりと防壁を削り取る間断の無い攻撃により、危うく防りを破られかけるも、残りの盾手達が指令に応じ、即座に補助に回った。
より強固となった防壁が水流を押し返し、5番隊の盾手達はほっと安堵の息を吐く。
そして攻撃を諦め、集結していた『ミドロ』達は海面近くから反転し、海の底へさっと散会してゆく。
その気配を察し、おれは鋭く声を張り上げた。
「連中のケツを蹴り上げてやれ!射手隊、魔導士隊、5時方向―――海中!!」
「フィアナ騎士団、万歳―――!!!」
『グオォオオオ!!?』
次の瞬間。
漆黒の闇を引き裂いて、炎の矢と雷の束が隊列の中程より放たれる。
指令に先んじて、行く手を阻む前衛は射線から退避済みだ。
雷火の奔流は墨を落としたような海の中へと吸い込まれ、急激に盛り上がった海面は直に巨大な水柱と化した。
滝のように降り注ぐ海水の中、数体の『ミドロ』達が光の粒となって消える様子が垣間見える。
おれは油断なく、付近から敵の気配が消えるまで警戒を続けると、ようやく長く息を吐いた。
両腕を回し、緊張に強張った肩から力を抜きつつ、激闘を切り抜けた団員達にねぎらいの言葉を掛ける。
「どうやら敵の第一波は防げたようだな。皆、よくやってくれた」
「ありがとうございます、副長!」
「この調子で【深きもの】どもに目にもの見せてやりますよ!」
「フ、頼もしいものだな―――」
束の間、訪れた平穏な一時。
団員達は両腕に力こぶを作り、朗らかに笑って見せる。
それに破顔して応じるおれだったが、内心では今回の敵―――『ミドロ』への警戒を高めつつあった。
結果から見れば、こちらの犠牲はゼロ。
対する敵は数体ではあるが、犠牲を出している。
しかし―――先程の戦いは非常に危いものであった。
こちらの防衛体制を見て即座に攻め方を変え、通じないと見ると即座に逃げに入る。
何とか追撃が間に合いはしたが、討ち取れた数も想定したよりずっと少ない。
知性の無い蛮族とばかり思っていた、敵。
だが、この短い時間の間に垣間見えたその脅威度は、いささか想定を上回っていた。
【敵性人類】―――
何故、彼等を含め【深きもの】が怪物ではなく、まがりなりにも人類と呼称されるのか。
その理由を、おれは今更ながらに実感し始めていた。
敵は賢く、そして予想以上に手ごわい。
今回は無傷で切り抜けられたが、次はそうは行かないだろう。
だが―――ここで立ち止まる訳には行かない。
おれには勝って、もう一度遭うべき女性が居るのだから!
「休憩はここまでだ!総員、進軍開始―――!」
「了解!!」
号令と共に、弛緩した空気は瞬時に消え去り、全軍は適度な緊張を保ちつつ行軍を再開する。
行く手に見えるは闇の中、白く輝く光の道。
そしてその彼方にて待ち受ける―――途方もない体躯を持つ、魚頭人身の大巨人。
その威容にごくりと唾を飲みこみつつも、一同は行進を続ける。
光の道の下に広がる海は、なおもざあざあと渦を巻いたままだ。
彼等は虎視眈々と、その奥底より攻撃の機会を伺っているのだろう。
夜天には白銀の月が掛かり、作り物の空には星々が儚くはためいている。
幼い頃に読みふけり、憧れを抱いた物語の一頁のような。
そんなどこか、現実味の無い光景であった。
この道の行く手に待ち受けるのは、果たして破滅か、栄光か。
しかし、今この時、おれの胸を満たすのは、先程目にした白いかんばせであった。
カナエ、と小さく口の中でその名を呟く。
それだけでカッと全身の血が熱く燃え上がり、無限の勇気が身体の奥底から沸き立ってくる。
何のことは無い。
おれはもうすっかり、あのたおやかな花のような少女に、恋してしまっていたのだ。
「おれは―――この戦いが終わった時。この胸にたぎる想いを打ち明けようと思う」
「「「・・・!?」」」
無意識のうちか、そんな呟きが口から零れ落ちていた。
周囲の団員達からざわり、と波紋のようにどよめきが上がる。
彼等が一様に、出発前に見かけた一人の少女(少年)を思い浮かべる、一方。
気心の知れた戦友たちは、おれに負けじとばかりに大声で、独り言をつぶやき始めるのだった。
「あーハイハイ!そんじゃ俺っちも立候補しようかねぇ、副長が派手に爆死した二番手にでも!!」
旗手隊―――『若鹿』のOssian。
「なら、ぼかぁーその次。残り物には福があるって、ね!」
斥候隊―――『心通』のCailte mac Ronain。
「では、儂は高見の見物と行こうか。なあ、『先見』の?」
魔術師隊―――『強き手』のLugaid。
「ククッ。拙者としてはLugaid、貴殿の吠え面を見てみたくもあるが―――」
観測手隊―――『先見』のDiorruing mac Dobar。
彼等は皆、一騎当千の兵であり、フィアナ騎士団の中核をなすメンバーである。
おれを始め、慣例として騎士団の主要なポストに就く団員には、伝承にあやかり『フィアナ騎士団』の英雄と、同じ名を名乗る事が許されていた。
彼等は皆、気心の知れた仲間であり―――
しかしたった今から、一人の女性を巡り火花を散らす、ライバル同士となった。
そんなやりとりを、遠巻きに眺めていた最後の一人。
革の眼帯を付けたニヒルな男が、にやりと口元を吊り上げ、その場に爆弾を投下した。
「そうかいそうかい。まあ、勝手にやっておくんなせぇ。コッチは子供は趣味じゃないんでね。―――あぁ、そうそう。こいつは独り言ですがね、来る途中見かけたんですよ。来てるみたいですぜ―――例の移動販売店」
「「―――何ッ!?」」
『隻眼』のGoll mac Morna。
親衛隊の隊長を務める切れ者にして食わせ者が、団員の間で密かに話題になっていた移動販売店に言及する。
それまで熱っぽく、『ルビーの瞳の君』について語らっていた同士達の約半数は、即座に目の色を変えて喰い付いた。
―――【イデア学園】にて、『任務』の発着場となる施設である、大ホール。
そこに時折姿を現し、その度に周囲の耳目を掻っ攫う移動販売店が、存在するという。
おれは寡聞にして、直接この目で見たことは無いが―――その噂だけは耳にしている。
曰く―――品揃えがよく、値段もお手頃で高品質の物を取り揃えている、良店だという。
曰く―――チャイナドレスに豊満な肢体を包んだ絶世の美女が店主を勤め、一目その姿を見た者はたちどころに心奪われるという。
それが今、光の橋の根本にまで足を延ばし、店を開いている。
その情報に反応を示したのは2名。
魔術師隊長のLugaid、そして観測手隊長のDiorruing mac Dobar。
この二人は、巨乳派であった。
「気が変わったぞ兄弟。本日一番の戦功を打ち立て、あの豊満な双丘に包まれ祝福のキッスを貰うのは儂よ!」
「なんの。今こそ拙者こそが最強であると証明して、パイタッチを許して貰うのだ!!」
「オッパイだの何だの正気を疑うね、あの折れそうな腰が最高なのさ!」
「そうだとも、少女こそが至高!BBAは不要!それがわからんとは・・・」
「「「「貴様―――ッ!!」」」」
あっという間に分裂し、セクト争いを始める戦友たち。
ぎゃあぎゃあと途端に騒がしくなった周囲に軽く頭痛を覚え、おれは思わず天を仰ぐ。
夜空に小さく瞬く星々の彼方に、苦笑する白いかんばせが一瞬、垣間見えたような気がした。
おれだけは心を強く持とう。
何よりおれは―――貧乳派だ。
腰の愛剣を強く握りしめると、おれは再び団員達へ行軍を命ずるのであった―――
今週はここまで。




