∥005-71 勝利をキミに!(女とは言ってない)
#前回のあらすじ:橋、かけたよ!
[マル視点]
「こ、こんな感じでどうでしょうか・・・?」
「ん、グッド!」
自信の無さを示すように、尻すぼみに消えるか細い声。
それにサムズアップと共に笑顔で応じると、こちらを恐る恐るといった様子で振り返った白髪の少年は、ほころんだような笑顔を浮かべた。
気のせいか、周囲が薄く光に包まれた、ような気がした。
ぼくの背後で、流れ弾を喰らった一般通過青少年が胸を押さえ、うめき声を上げてよろめく。
「うん、可愛い」
「?」
―――じゃなくて。
無意識に漏れ出ていた本心を両手を振って誤魔化すと、ぼくは小首を傾げる叶君に向かって曖昧な笑みを浮かべる。
その背景には、海の彼方に向かって伸びる純白の掛橋と、それを前に呆気に取らる【イデア学園】の皆さんの姿があった。
この掛橋。
いったいどうやって作り上げたのかと言うと、『深泥族』の皆さんによる大津波攻撃を防いだ障壁を、そのまま変形させたものだ。
時間にして数分前。
【イデア学園】側が陣取る海岸は、未曽有の大津波に晒された。
それを見事防いで見せたのが、叶くんが展開した光のカーテンこと、【静寂の帳】である。
以前、廃墟となった商業施設に出来た【影の国】を探索した際、彼は新しい異能を開眼していた。
【断絶の枷】と名付けられたそれは、指定した目標を特定の座標に縛り付ける、空間系の能力だった。
一旦固定された物体は押せども引けどもビクともせず、自発的に動く事も出来なくなる。
なかなか強力な異能だが、上手く発展させれば更に色々出来そうだと気付いたぼくらは、二人して密かに特訓を開始。
試行錯誤を続けたところ―――出来たのが【静寂の帳】だ。
その効果はざっくり言うと、空間の範囲固定。
ターゲット指定式だった【断絶】から、座標指定式に能力の発動形式を変更。
空間を固定すること自体ではなく、固めた空間を活かす能力へと発展させた訳だ。
一度固定させた空間は解除するまでそのままで、確認した限りでは破壊不可能。
(Arnavさんに手伝って貰った際、巨象の【神使】である蒼玉による全力のぶちかましでもビクともしなかった)
ぼくの【バブルシールド】のような弾力ではなく、固さを活かした障壁として利用できそうだと、二人して話していたのだった。
そして、今。
ぶっつけ本番で投入されてからは、前述のとおりの大活躍だ。
叶君も、その能力も―――本当にすごい。
彼自身は否定するかも知れないけれど。
将来、何か大きなことを成し遂げる人物になりそうな、そんな素晴らしい才能を秘めた少年だと、ぼくは密かに思うのだった。
―――話を戻そう。
無事、大津波攻撃を防いだ後の事。
敵側の攻撃は防いだし、さあ次は反撃だ!となった訳であるが。
じゃあどうやって攻め込もうか?という段になって、皆困ってしまったのだ。
相手は海の中に居て、しかも水陸両用。
移動も攻撃も自由自在だ。
対するこちらは肺呼吸、船を出して乗り込もうにも、ひっくり返されたらそれでお終い。
あまりにも地形が不利という事で、皆が二の足を踏む結果となった訳だ。
そこで、ぼくがなんとなく思いつきで提案してみた、『大波を防ぐのに使った障壁を転用する』という意見が、見事採用。
じゃあやってみようか、という軽いノリで叶君に再びお鉢が回り、眼を白黒させながらなんとかして見せたのが、今。
―――そんなわけで、ぼくらの前には文字通り、海への橋頭保が築かれていた。
しんと静まり返った海の上には、白々と輝く光のヴェールが真っすぐ伸びている。
それを前にごくりとつばを飲み込むと、若き【神候補】達は我先にと詰めかけるのだった。
「と―――とにかく!これで俺達も敵陣へ攻め込めるようになった訳だ」
「・・・先陣はこの、『オルレアン解放戦線』が切らせて貰おう!」
「いや、我々『鉄血機甲師団』が―――」
海上へ進軍しようと、『クラン』を代表する者たちが次々と名乗りを上げる。
光の桟橋の前は、我先にと詰めかけた人々によって黒山の人だかりが出来上がっていた。
あっという間に、一触即発の睨み合いが始まる。
中でも目立つのは、バチバチと火花を散らせて牽制し合う軍服姿の集団と、軍帽を被ったもう一つの集団。
―――そこへ、人波を割いて雷鳴のような大声が飛び込んできた。
「そこまでだ―――!!」
「あ・・・あれは!?」
「『フィアナ騎士団』―――!!」
「・・・この戦、我等『フィアナ騎士団』が先鋒を受け持つ!双方とも、よいな!?」
「ううっ・・・!?」
きわめて密になった桟橋手前の空間に、ひときわ目を引く第三の集団が姿を表す。
重厚な鎧に身を包んだ、男達。
彼等は、ダークブロンドの髪を短く刈り込んだ偉丈夫に率いられ、桟橋をまっすぐに目指し歩みを進めてきた。
その迫力に圧されたのか、互いに睨み合っていた二集団は左右に分かれ、群衆の中へと散り散りに追いやられてしまった。
一方。
ここまで高見の見物を決め込んでいたぼくは、聞き覚えのある名前におや、と思わず身を乗り出していた。
『フィアナ騎士団』―――
何度か任務で連んだことのある、バケツヘルムとバスネットの二人組が確か、そんな『クラン』に属していた筈だ。
彼等も丁度、あんな感じの重そうな鎧を身に着けて、ひぃひぃ走り回っていた記憶がある。
「・・・あの恰好は、『クラン』特有の文化か何かかな?叶くんはどう思う?」
「えぇっ?そ、その・・・ボクには何とも。重くて、ボクじゃ身動き取れなくなりそう、とか・・・?」
「だよねえ」
見慣れない人達が怖いのか、ぼくの後ろに隠れるようにして縮こまった少年に話を振ると、彼は遠慮がちにそう答える。
華奢な体形の彼からすれば確かに、金属鎧は荷が重そうだ。
・・・とは言え、体格のせいでぼくもまた、あまり人の事は言えない。
身長が低いからではない、断じて。
「かく言うぼくも、剣道の防具で精一杯だろうしねえ。人の事は言えないかな?」
「あ、あはは・・・」
体育の授業で、一番小さいサイズの胴を身に着けた時の出来事を思い出し、ぼくはおどけたふうにそう答える。
他愛のないやりとりに苦笑いを浮かべる白髪の少年は、ふと何かに気付いたように、紅い瞳をまあるく見開いた。
その視線に釣られ、ぼくも背後を振り返る。
そこには、先程も見かけた鎧姿の偉丈夫が、鋭い眼差しでじっとこちらを見つめていた。
近い。
何時の間に接近されていたのか、息が掛かりそうな距離から、ブラウンの瞳がぼくを射すくめている。
ひっ、と背後から小さな悲鳴が上がるのを、ぼくは金縛りにあったように直立不動の姿勢で聞いた。
「失礼。『フィアナ騎士団』副長、Oscarという。―――あの光の道は、お前たちが?」
「えっと・・・。提案したのがぼくで、やったのは後ろにいる子、です」
「成程」
低く、威厳に満ちた声がそう尋ねる。
意外に声が若い。
筋骨隆々なスポーツマンふうの外見+鎧姿のお陰でわかりにくいが、他の【神候補】と同じく、彼も十代の若者なんだろう。
緊張に冷や汗を流しつつ答えた内容にひとつ頷くと、筋肉質のイケメンはぼくの背後にすっ、と視線を動かした。
再び、声にならない小さな悲鳴が上がる。
鎧姿の男が叶君の方を見ていたのは、時間にして数秒にも満たなかった。
何故か慌てたようにぼくの背後から視線を戻すと、彼は再び口を開く。
「・・・助かった。我々も如何にして敵陣へ斬りこむか、議論を重ねていた所だったのだ。―――あの光の橋は、我々『フィアナ騎士団』が有効に活用させて貰おう。よいな?」
「あ、はい。それはどうぞご自由に・・・」
「―――しかし!これ以上の手助けは無用。先駆けの栄誉も、MVP報酬も、全て我等が・・・頂く!」
「「「フィアナ騎士団、万歳!!!」」」
「ひうっ!?」
何が目的で声を掛けに来たのか、いまいちわからなかった彼等。
どうやら光の橋を使う事の宣言と、これ以上余計なことをしないよう、ぼくらに釘を刺しに来たらしい。
戦旗を高く掲げ、野太い声で宣誓する角刈りゴリラ男。
それに、背後の鎧集団が一分の乱れも無く応じる。
そして三度、悲鳴を上げて縮こまる叶くん。
涙目になってプルプル震え始めてしまった彼をなだめる一方。
鎧集団はくるりと一斉に方向転換し、進む先にある光の橋を睨む。
―――かと思えば、Oscarと名乗った男がもう一度、首だけでこちらへ振り返り再び口を開いた。
「ときに。―――そこなルビーの瞳の君、名を窺っても・・・?」
「えっ」
「か、叶・・・です、けど・・・?」
ゴリライケメンが唐突に名前を訪ねてきた。
・・・何故か、頬を紅潮させながら。
びくびくと目の端に涙を滲ませながら、それに律義に答える叶君。
感極まったように両目を閉じると、口の中で小さく、たった今聞いた名を繰り返す。
そしてカッと開眼すると、鎧姿の青年は力強く宣言するのだった。
「カナエ―――美しい響きだ。この勝利―――貴女に捧げると!今、ここに誓おう!!!」
「「「フィアナ騎士団!万歳!!!!!」」」
「えっ?えっ??」
「あ~~~~・・・」
・・・何故か、先程までより数倍増しに盛り上がると、一丸となって海の彼方へ駆け出す鎧野郎ども。
それをきょとんとした顔で頭上にハテナマークを浮かべ、見送る叶君。
ぼくはその様子に色々と察し、思わず苦笑いを浮かべた。
―――どうやら彼等、叶君を女だと勘違いしているらしい。
いやまあ、仕方ないとは思う。
線の細い中性的な美少年である彼は、どちらかと言うのなら間違いなく女の子顔だ。
それも超絶美少女。
初対面で性別を間違えたとしても、責められるべき事では無いだろう。
そして、その側に陣取るぼくは、美しい花につく悪い虫だと思われているらしい。
―――先程から、目の前を通り過ぎる鎧集団が揃いも揃って、ぼくの背後を見てデレッとした後に、こちらをギロッと睨んで行く。
勘違いなのに。
ぼくは背後の友人に気付かれないよう、そっと密かにため息をつくのだった―――
今週はここまで。




