∥005-70 海上に掛かる橋
#前回のあらすじ:みどろぞくの おおつなみ!!
[玄華視点]
一方、その頃。
『ウオオオオーーーッ!!!』
光の帳の向こう側、『深泥族』の勢力下では驚くべき光景が広がっていた。
一族の総力を結集した、大波。
それが、繰り返し繰り返し白く輝く障壁にぶつかり、細かい飛沫となって砕ける。
白く濁った飛沫が降り注ぐ中、ごうごうと響く波音はそのすさまじいエネルギーを物語っていた。
だが、しかし。
幾度となく押し寄せた濁流は一度として、敵の守りを突破することは敵わなかった。
紙切れのように薄く、ちっぽけに見える光のカーテンはしかし、数千tにも及ぶ質量にもビクともしていない。
その様子を、『泥艮』の肩よりナマズのような風体の人物が、じっと見つめている。
やがて、ため息交じりにぼそりと呟くと、彼(彼女)は片手を上げ、『攻撃やめ』のサインを送った。
「―――ダメね。ベイビーちゃん、切り上げさせなさぁい」
『者ドモ、静マレ―――!』
父(母)の言葉に頷くと、地響きのような声を上げる巨人。
渦を巻いていた海面は、その声と共にたちどころに鎮まり、数分のうちに元通りの穏やかな様相を取り戻していた。
波一つ無くなった海面、その巨人の足元のあたりに、ぷかり、と無数の人影が浮かび上がってくる。
先程まで攻めの手を担当していた、『深泥族』の戦士達だった。
それを見つめながら、スーツ姿の怪人は再び、ぽつりと呟きを漏らす。
「・・・ヌルフフフフ。初手で全滅させるつもりだったけれどぉ、意外にやるじゃなぁい?あのコ達。空間そのものを固定させてるのかしらん?興味深いわねぇ・・・」
『空間、ソノモノ・・・?』
「そうよぉ。カッチリ固定されちゃってるから、押しても引いてもビクともしないの。あれを破るなら、空間を歪ませるくらいとんでもない出力を叩きつけるか、固定された空間を中和させないとダメねぇ」
『年端モイカヌ子供達ニ、本当ニソノヨウナ力ガ―――?』
むう、と唸りを上げて首を捻る息子に、どこか楽し気な視線を送るスーツ姿の人物。
そんな二人へ、足元に集った戦士達から声が掛けられた。
『同胞ヨ。コレカラドウスル気ナノダ―――?』
「そうねぇ。・・・攻撃も失敗に終わったし、ちょっとだけ休憩しましょうかしらん?」
『悠長ナ事ヲ・・・!』
ぎょろりとまん丸い眼を向けた先には、海岸に沿って立ちはだかる、光のカーテンがあった。
その様子はどこか儚げで、つい先程、とてつもない濁流を受け止めたとはとても思えない。
壁によって視界は閉ざされており、その向こうで何が起きているか、今は窺い知ることは出来なかった。
辺りはしん、と静まり返っている。
膠着状態と言えるこの状況に、のんびりと休憩を提案する玄華。
そのマイペースな発言に、『深泥族』の戦士から苛立ち混じりの声が上がる。
「―――それにねぇ。慌てなくても、これからどうなるかはきっと、直ぐにわかると思うわよぉ?」
『母上?ソレハ一体・・・』
『アレハ―――!?』
その時、『深泥族』の若者が、光の壁に表れた変化に一早く気づき、慌てて指差した。
その場の全員の視線が、若者が指さす一点へと集う。
瞼の無い瞳の中には、驚くべき光景が映し出されていた。
『光ノ、掛橋―――!?』
すう、と音も無く、海岸線を覆っていた光のカーテンが消えていく。
全長数kmにも及ぶ光壁は、数秒と経たず、跡形も無く消え去ってしまった。
その代わりに、海岸の中程より、海面すれすれの高さを沿うようにして、白く輝く光の帯が伸び始める。
それは、あっという間に『深泥族』が陣取る手前の海上にまで達すると、それきりぴたりと動きを止めた。
「ほら、ね?」
『・・・!!』
眼前に展開される信じられないような光景に、あんぐりと口を開ける『深泥族』達。
呆気に取られる同胞たちの中、ただ一人、玄華だけがどこか楽し気に事の推移を見守っていた。
そうしている間も、状況は刻一刻と動いていく。
光の掛橋の、付け根部分―――
地上側に、続々と無数の人間が集まり始める。
やがてそれは隊列をなし、白く輝く道を踏みしめ、進軍を開始した。
その誰もが重厚な鎧兜に身を包み、手には鈍く輝く金属製の楯が掲げられている。
中世騎士道物語から抜け出てきたかのような、どこか現実味の無い光景。
それが、【イデア学園】の繰り出す次なる戦力であることは、もはや明白であった。
「ヌルフフフ。それじゃ、お手並み拝見と行こうかしらん―――?」
緊張が走る『深泥族』陣地。
その中で、巨人の肩よりスーツ姿の怪人が上げる、奇妙な笑い声が木霊するのであった―――
今週はここまで。




