∥005-68 スピーチ合戦後半!
#前回のあらすじ:実は居たんですよ、ずっと。
[泥艮視点]
天上より、煌々と月の光が降り注ぐ、浜辺。
本来ならば、薄闇色に包まれているであろう一帯は、今、真昼と見まごう程に克明に照らし出されていた。
光源となっているのは、国会議事堂めいた奇妙な建造物に設置された、大型の投光器である。
それが何台も、建物の上から光の束を投げかけ、波打ち際を白く染め上げていた。
その中、投光器の光を背にして無数の人影が立ち並んでいる。
性別、国籍、背格好。
何一つとしてとりとめのない彼等は、しかし年若い少年少女であるという、その一点のみが共通していた。(ごく一部の例外を除き)
【イデア学園】―――
人知れず、異次元より襲来する脅威である【彼方よりのもの】の魔の手より、世界を守る存在。
そんな彼等が今、海一つ隔てて、とある存在と対峙していた。
投光器の光が指し示す先。
海の只中にて、『それ』はじっと佇んでいた。
数百M離れたこの場所からでも、はっきりと見て取れるその巨体。
この土地に伝わるという、まごうこと無き異教の神。
―――『泥艮』。
それが今、彼等の『敵』として、立ち塞がる存在であった。
聞くところによれば、彼の存在はつい先程まで、ここより数km山間に行った場所に存在するとある施設にて、激しい戦いを繰り広げてきたばかりだという。
見れば、その右腕には黒々とした火傷の痕が残されており、激戦の程が伺い知れる。
しかし、上腕部をえぐり取る程の損傷だったその傷跡も、今では殆どが自然治癒しており、表面に焼け焦げた痕が残されるのみだ。
それは『泥艮』が持つ、無尽蔵の生命力を物語る証拠と言えた。
―――そんな存在と、これから彼等は戦わなくてはならない。
ひりつくような緊張感の中。
少年少女達は固唾を飲んで、その瞬間を待ち続けている。
一方、対する巨人の方もまた、当惑の中にあった。
(コノ状況ハ、一体?先程ノ龍ハ―――?)
『彼』もまた、わけもわからず空へと連れ去られ、この場所へ放り出されたばかりである。
今しがた、犬養青年によるスピーチのお陰で、おおまかな状況は理解できた。
―――が、何故そうなったのかまでは依然、理解の及ばぬままだ。
遠目に見えるかの青年、先程まで熱の入ったスピーチをしていた彼に、瞼の無い眼を向ける。
記憶が定かであれば、地底の町―――片洲深都にまで、一族の説得に来た人物の筈だ。
それが何故、手勢らしき者達を引き連れ、我等に宣戦布告しているのか。
わからない―――が、その疑問を解消するだけの時間的猶予は、どうやら無さそうだ。
上空へと、ちらりと視線を向ける。
そこには、月の光を背に、群雲をたなびかせ浮かぶ黒龍の姿があった。
先程から、ああしてじっと息を潜めたまま、一向に動きを見せない。
再び、前方へと視線を戻せば、波打ち際では獲物を片手に、剣呑な様子の謎の集団が待ち構えている。
(ドウシタモノカ―――)
「お困りみたいねぇん?ギョフフフフ」
巨人が密かに困り果てていると、ひょっこりとその肩口に人影が現れ、ひそひそ声で語り掛けてきた。
驚いて視線だけをそこに向けると、見慣れたスーツ姿が滴る水滴も払わぬまま、こちらに向けて片手を上げていた。
『チ―――父上!?何時ノ間ニ、此処ヘ・・・』
「あぁん?」
『!?』
慌てふためく息子の様子に、くつくつと肩を震わせる母(今は父でもある)。
しかし次の瞬間、地の底から沸き上がるような低い声を耳にしてしまい、巨人はその巨体を思わずぶるりと震え上がらせる。
不用意に発した一言が、平素から温厚な筈の玄華の逆鱗に触れたのだった。
ドスの利いた低音が畳みかけるように響く。
「お母ちゃんと呼べっつっとるだろうがゴラァ!このバカ息子!!」
『ハ―――母上!母上!!』
「―――そうそう、それでイイのよぉん。おっきな声出しちゃってゴメンなさぁい?今までちょお~っと、野暮用で外してたけれど。アタクシが来たからにはもう大・丈・夫♪」
泡を食って訂正する小山のような巨人と、その肩で怒りのオーラを立ち昇らせる、小人のような母(父)。
唐突に始まった奇妙な光景に、海を隔てて観衆達はぽかんとその様子を眺めている。
それを尻目に、ようやく機嫌を取り直した玄華はにっこりと微笑むと、人差し指を立てて左右に振って見せた。
「―――アンタ達、そろそろ出てらっしゃぁい?」
『ゲッ!ゲッ!ゲッ―――!!』
その時。
巨人の足元が一瞬、泡立ったかと思えば、ゆらりと沸き上がる白波と共に、無数の人影が水面に浮かび上がってきた。
一つ、二つ、と見る見るうちに数を増してゆくそれは―――ヒトと呼ぶにはあまりに奇怪な姿をしていた。
それはこの地方に特有の奇形が、行き着く先の姿。
水棲生物と、人間を歪に融合させたかのような異形が、波間に無数に見え隠れしている。
その数、実に二百体以上。
事前情報としては聞いていたが、実際に目の当たりにするとやはり、驚きが勝る。
目にするのは初めてとなるその存在に、海岸線に居並ぶ面々から呻くような呟きが漏れた。
「【深きもの】―――」
アメリカ大陸東海岸にて、有史以来初めてその存在が確認され、現在は【敵性人類】として名を知られる存在。
彼等『深泥族』はその中でも穏健派だが、れっきとした【深きもの】の一部族に当たる。
TVの中ぐらいでしか目にしたことの無い存在の出現に、一同の間に小さくざわめきが沸き起こる。
それをちらりと見やると、おもむろに拡声器を取り出した玄華は、キーンと響くハウリングにも構わず、やおらに大声を張り上げるのだった。
「―――おうおうおう!決戦ですってぇ?尻の青いガキ共が雁首揃えて、粋がってんじゃないわよぉ!やろうってんなら・・・やってやろうじゃない!!」
『ハ、母上!?急ニ何ヲ―――」
「・・・可愛い可愛いアタクシのベイビーちゃん。これから先、何があってもアタクシを信じてくれるかしらん?」
『―――!?』
息子にだけ聞こえるように、ぼそりと呟かれたその一言。
驚愕と共に、巨人は肩口へと視線を下ろす。
真っすぐに海岸線の奇妙な建物を見つめる母(父)の横顔は、不敵な笑みを浮かべていた。
巨人はやがて一つ頷くと、天を仰ぎ空気を震わせる。
『応ォ―――ッ!』
「いい子ねぇん。そういう訳だから、あんた達・・・やーっておしまい!!」
『イ"ィ―――!!』
その号令を待ちわびていたかのように、『深泥族』からも鬨の声が上がる。
ざぶん、と一斉に海中へ没すると、巨人の足元に広がる海面が急激に泡立ち始めた。
そして―――
「見ろ、海が・・・!」
『―――我等ガ魂、祖タル大イナル御霊トトモニ!!』
泡立つ海と、『深泥族』。
その二つが渦を巻き、一つの生き物のようにうねり、ごうごうと吠え声を上げ始める。
そして混然一体となった大津波が、岸目掛けて押し寄せるのであった―――!!
今週はここまで。




