∥005-67 狂言回しと式神少女
#前回のあらすじ:選手入場!
[真調視点]
「これは、これは。随分とまあ、沢山いらっしゃいましたねぇ・・・?」
丸く切り取られた視界の中。
緊張した面持ちの少年少女達が、海岸線を前に立ち並んでいる。
その視線の先、黒々とした海の只中には、小山と見まごうばかりの巨人―――『泥艮』が立ちはだかっていた。
軍用暗視装置を最大望遠に合わせ、真調は口元をニヤリと吊り上げる。
現在地は片洲の町外れ、海沿いに点在する、家屋の屋根の上だ。
現場を一望にできる、絶好のポジションを確保した彼は、瓦屋根の上にあぐらをかき、一人安全な場所から喧嘩見物としゃれ込んでいた。
【イデア学園】―――これまで名称だけを確認されており、その実在が確認できていなかった覚醒者集団。
その全貌を明らかにする為、この男はこれまでずっと、片洲の内部に潜伏し続けていたのだった。
そして―――ついに明らかになったその全容は、正に驚愕に値するものだった。
現在位置から目視できるだけでも、50名以上。
これが氷山の一角だとすれば、その数倍の構成員が後ろに控えていることになる。
そして、そのほぼ全てが十代前後の少年少女だ。(一部の例外は居るようだが)
つまり―――思想的に染まっておらず、容易く人を殺傷しうる力を持つ集団が、人知れず何処かに潜伏している、という事だ。
それは、明らかに看過できない事態だった。
覚醒者を密かに管理し、社会の維持に貢献する真調のような人間にとって、未所属の覚醒者とは不発弾のようなものである。
それが数十名、それも何の情報も無い状態で潜伏していたのだ。
明らかに、異常事態である。
幸いにして、その力量の程は、鍛えた常人に毛の生えた程度のものが多いようではある。
だが―――
「・・・っ!!?」
暗視装置の視界の中で、一人の青年が前触れもなく振り返った。
浅黒い、よく日に焼けた肌。
それとは対照的な、白目がちな瞳がこちらを真っすぐ、じっと覗き込んでくる。
―――明らかに、こちらのことを認識している動きであった。
つう、と背筋を冷や汗が伝い落ちる。
それ感じながら、微動だにできずレンズ越しに睨み合う、二名。
やがて興味を失ったのか、青年は視線を外すと再び、海上の怪物へと向き直った。
ふう、と人知れずため息が漏れる。
「―――ふぅ。いやはや、怖いですねぇ・・・キヒヒヒヒ!」
無意識のうちに早まっていた鼓動を落ち着かせながら、観察を再開する。
暗視装置越しに、少年少女へと無遠慮な視線をぶつけていくが―――
幸いにして、青年の他に真調の存在に気付いた者は居ないようだ。
ふうむ、と片手で顎をさすりつつ、男は思案する。
(どれも幼いですねェ・・・。さしずめ玉石混合、といった所ですか。しかし中にはああいう、明らかに毛色が違うのも居る、と)
この世ならざるモノを見抜く『浄眼』を通し、真調は若者達の力量を見定めていた。
これが、『既知概念凌駕実体究明・対策室』という組織において、真調が重宝される理由の一つである。
―――人間を含め、全ての生命体はある日突然、何らかのきっかけで『化ける』可能性を持つ。
いわゆる変化、化生、あるいは―――『覚醒者』。
そう呼ばれるモノは、大なり小なり物理法則を超えた力を有し、時として世を乱し、大いなる混乱を招く。
故に、世界各国の政府はどれも、秘密裏に覚醒者を管理し、その力を有効活用する為の組織を有しているのだ。
長年、世界の裏側を目にしてきた真調は、これまでに数多の覚醒者達と直に接してきた。
その目から見ても、先程の青年は相当の使い手だと言える。
ふと、自らが属する組織―――
『既知対』の中で、かの青年に抗しうる者がどれだけ居るかが気になった。
「織部の爺様のようなベテランならいざ知らず。尻の青いヒヨッ子では少々、荷が重いかも知れませんねぇ。・・・あぁ、そうそう」
今回の『仕事』でもお世話になっている、重鎮中の重鎮の名を上げた後、伝統的呪術師や、宗教家に属する若者達の顔を思い浮かべる。
血気ばかりが先立ち、肝心の実力が追い付いていない彼等では、【イデア学園】の若者達相手でも不覚を取る可能性すらあるだろう。
そこで一つ、真調は背後を振り返ると、どこか楽し気な調子で再び口を開いた。
「―――貴女なら、先程の青年相手でもチャンス位はあるかも知れませんねぇ?」
「・・・?」
振り返った先には、瓦屋根の上にちょこんと腰かけた、小柄な少女の姿があった。
歳は18・9といった所に見える。
うつむき加減の姿勢のせいか、その目元はぼさぼさに乱れた前髪に隠れてしまっている。
どこか印象の薄い、影法師のような少女であった。
シンプルなシャツとジーンズの上下は以前、真調が買い与えたものだ。
そして、そのほっそりとした手には不釣り合いな、無骨な抜き身のナイフが握られていた。
―――その刃先には、軽く拭われはているが、赤黒い血糊の跡が点々とこびり付いている。
先日。
宿泊中の部屋へ踏み入ってきた、『深泥族』達を斬り付け、撃退した際の名残である。
あの時、真調達4名以外には誰も居ないように見えたが、彼女はずっと室内に潜んでいたのだ。
そこまで思い返した時、真調は不可思議なある事実に思い当たり、一人首を傾げた。
「貴女―――何で見えているのですか?」
「・・・・・・」
ぽつり、と零されたその一言に、少女は無言のままぼんやりと首を傾げた。
両者の間に、束の間、静寂が満たされる。
沸き上がる疑問に顔をしかめる真調。
その脳裏に、初めて彼女を目にした過去の光景が去来する―――
・ ◇ □ ◆ ・
―――式神、というものがある。
曰く―――
高名な呪術師の家に尋ねれば、年若い使用人に出迎えられる。
案内された先でその素性を訪ねれば、主人はこう答えるのだという。
「ああ、その者はそれがしの式である」―――と。
驚いて振り返ってみれば、使用人の姿は煙のように消えていて、影も形も無い。
果たしてそれは、幻か、否か。
その正体は陰陽師が操るという、鬼神、もののけの類―――式神。
本来は肉体を持たぬ、術者の意のままとなる存在である―――と。
ものの本にはそう、伝えられている。
無論、その殆どは虚構である。
ただの使用人、ただの鳥獣、ただの虫けらが引き起こす、一見、不可思議な出来事。
それを、さも自らが図ったかのようにうそぶき、人をけむに巻く。
その為の方便であり、迷信に陥りやすい人の性質を物語る存在。
式神とはごく一部の『本物』を除き、霊妙なる力など欠片も無い、有象無象ばかりがその実態であった。
だが―――例外が存在した。
土御門という家がある。
平安時代の陰陽師、安倍晴明に端を発すると言われる、呪術師の名家。
彼等は世の権力に寄り添い、その類稀なる呪力を以て、子々孫々に至るまで活躍を続けてきたという。
その権威が没落したのは後年、維新の熱に世がうかされた幕末のこと。
そして―――明治維新。
陰陽寮は解体され、その余波を受けて数多くの家が没落し、歴史の闇に姿を消した。
その渦中に―――真調は居合わせていた。
政府の再編と並行し、日本各地に散らばっていた覚醒者達を一本化する。
表の歴史から隠されて進むその過程に、この男は大きく関わっていたのである。
数多の霊能者、呪術者の中から『本物』を選び抜き、拾い上げるのが彼の役割だった。
そんな中、真調が立ち寄ったのは土御門家の傍流を名乗る、旧い家だった。
―――曰く、その家には式神が宿るという。
―――曰く、その家では食事が一膳、毎度余分に給され、それは気付いた時には空になっているという。
その正体は―――誰からも認識されないという、奇妙な異能を発現した一人の女であった。
ある日を境に、霞が如き曖昧な存在となった女。
彼女はそれまでと同様に家に属し、それを主は黙認した。
彼女は家と共に生き、暮らし、家の敵となるものを密かに始末してきた。
符に記された標的に放たれ、人知れず命を奪う一本の嚆矢。
それが式神の名で呼ばれ、人としての名を持たぬ少女の人生であった。
そんな彼女を、真調の『浄眼』はおぼろげながらに視認することができたのである。
―――それ以来。
彼女は各地を渡り歩く真調の側に、専属のボディーガードとして寄り添うようになった。
家に憑いた式神は、一個人を守護する懐刀として、第二の生を得る事となったのである。
・ ◇ □ ◆ ・
そして今。
「ふむぅ・・・」
「・・・?」
暗視装置を側に置くと、真調は少女の姿をしたモノの前に屈み込み、まじまじとその顔を眺めていた。
目が二つに鼻口が一つずつ、いたって普通の人間の顔だ。
しかし、これまで視認できなかったものが、今、こうして目の前にある。
真調は妙な感慨と共に、飽きもせず少女の姿の観察を続けた。
―――男が持つ『浄眼』は、唯一、少女の姿を見ることができる。
だが、見えると言っても、ぼんやりとピントのずれた人影が見える程度ではある。
それがどんな姿形をしているか、朧げにしかわからないのだ。
その実態は恐ろしげな山姥の姿か、それとも傾国の美姫か。
色々と想像した事もかつてはあったが、最近はそんな事もすっかり少なくなっていた。
そして今、改めて見れば、いたって普通の少女である。
覚醒と同時に肉体年齢が停止したのか、自分と同程度には年嵩である筈の女は、未だ幼げな外見のままだった。
ほっそりとした体つきは華奢で、いささか陰気である他は特に普通の女の子である。
荒れ放題の前髪の間から、感情の乏しい瞳がじっとこちらを見返してくる。
それを正面から受け止めると、うん、と男はひとつ頷いてみせた。
「・・・こうして見ると結構、カワイイんですねぇ。貴女」
「・・・・・・?」
キヒヒヒヒ、と奇妙な笑い声を上げる男。
ぱちくりと瞬きをすると、式神少女はもう一度、不思議そうに首を傾げるのであった―――
今週はここまで。




