∥005-66 マイクパフォーマンス
#前回のあらすじ:知ってるドラゴンが!
[孫六視点]
「なぜ誰もおらん!一体どうなっておるのだ!!」
無人の屋内に、怒気をはらんだ銅鑼声が響く。
スチール製のドアを力の限り蹴破り、建物の中から出てきたのは、でっぷりと太った作業服姿の男だった。
今しがた出てきた建屋の中に、保安兵どころか職員一人すら見つからなかったことへぶちぶちと文句を垂れつつ、作業服姿の男―――
孫六はずかずかと乱暴に靴音を立てながら、敷地を突っ切っていく。
正門前エリアでの激戦の後、人身魚頭の怪物―――『泥艮』を見失った孫六。
彼は保安兵達を再編しつつ、反撃を開始すべく敷地内を駆けずり回っていた。
そうしている間も、施設内に散らばる保安兵達からは、絶望的な状況が漏れ聞こえてくる。
状況は、最悪の一言だ。
姿を消した『泥艮』は予想通り、作業員用宿舎付近に出没したらしい。
しかしその後、再び何処かへと姿を消し、現在まで発見できていない。
それだけならまだしも―――施設の内部各所で、『深泥族』の目的情報が頻発しているらしい。
無論、作業員として監禁―――もとい、雇い入れた連中とは別口だ。
恐らく、『郷』から地上へ出てきた奴等だろう。
それは、これまでじっと息を潜めていた筈の連中が、ついに本腰を上げて同胞を取り返しに動き出したという事を意味する。
既に、相当数の侵入者が好き勝手に敷地内を動き回っているようだ。
更に悪いことには、先程から急に、職員の姿が見当たらなくなってしまった。
つい先程まで、慌ただしく動き回っていた彼等の痕跡はそのままに、人間だけが忽然と消え失せているのである。
いくら武器弾薬を揃えたところで、それを運用する人員が居なければ用をなさない。
不利な状況に恐れをなし、逃げ出したのかとも思ったが、それにしては状況がおかしい。
「やはり先程の、妙な感じがした時に・・・?彼奴等め、一体何を仕掛けてきおった―――」
『ルゥ・・・オォオオオオオオオ!!!』
「!?」
歩きながら、先程感じた妙な胸騒ぎのことを口にした、その時。
夜の闇をつんざくような咆哮が響き渡り、孫六は反射的にその場に立ち止まった。
とっさに巡らせた視界の中、空の上に信じられないものを目にして、男は思わず目を見張る。
「あれは・・・あれは、なんだ!?」
夜の闇よりなお深い、漆黒の身体をくねらせて飛ぶ、一匹の龍。
そして蛇体に四肢を締め上げられ、苦悶の唸りを上げる『泥艮』。
あまりに現実味の無い光景が、そこにあった。
呆気に取られ、数舜の間立ち尽くす孫六。
それを尻目に、黒龍は一声、雄叫びを上げると、群雲をたなびかせつつ空高く飛び去ってゆく。
その場には、呆気に取られた男が一人、取り残されていた。
これまでとは毛色の異なる、わけのわからない状況。
明らかに、以前の襲撃とは別次元の事態が進行しつつあった。
「糞。一体何が、どうなっておる・・・。いや―――」
混乱する内心を吐露するようにして、舌打ちまじりに呟く孫六。
しかし、彼はこの状況へ導いた黒幕の存在に、ようやく思い当たる。
ぎり、と奥歯を強く噛みしめ、その名を口にする。
「これも貴様の手の内という訳か・・・。とうとう尻尾を出しよったな―――真調め!!」
闇の立ち込める星空の下。
漆黒の龍が飛び去った方角に向け、忌々しげな叫びが吸い込まれるのであった―――
・ ◇ □ ◆ ・
[???視点]
夜空に輝く、白銀の月の下。
青い月の光に照らされ、白くきらめく海岸線が弧を描くように広がっている。
深い色をたたえた夜の海は、一枚の墨絵のように波一つなく、静かだ。
そこへ―――突如として、上空より巨大な物体が落下した。
湾の只中に墜落した膨大な質量は、どおん、と轟音とともに天高く水柱を吹き上げる。
飛沫となった海水が降り注ぐ中―――『それ』は、ゆっくりと立ち上がった。
小山のような巨体。
岩盤のような鱗と、突起物に覆われた身体。
水棲生物と、人の特徴を同時に備えた、異形の姿。
この地の民間伝承に語られる、巨神―――『泥艮』である。
怪物はゆっくりと首を巡らせると、上空の一点を凝視する。
そこには、星空を背景に浮遊する、漆黒の龍の姿があった。
海上と、上空。
2か所より遠く距離を隔てて、両者の視線がぶつかり合う。
その背景では、片洲の町外れに位置する海岸線に向け、巨人が落下した際、発生した高波が押し寄せていた。
どどお、と地響きのような音を立てて、一斉に波が崩れる。
その時。
海岸線の奥―――小山のような影より、突如としてまばゆい光が放たれた。
『アレハ―――!?』
白く輝く光のビームが、闇夜を引き裂く。
異形の姿を露にされた怪物は、反射的にそちらを振り向き―――海岸線に存在するものの正体を見た。
サーチライトの照り返しが、影の正体を白く浮かび上がらせる、
―――それは、石材に表面の全てを覆われた、壮齢なる近代建築物であった。
立ち並ぶ柱。
等間隔に配された窓。
それらが左右対称に広がり、地上3階建ての、重厚なる質量感を形作っている。
正面に配された中央棟は、小山のような『泥艮』の巨体に引けも劣らぬ存在感だ。
建物の一角に配されたサーチライトからは、今も煌々と蛍光色のビームが放たれ、深夜の海岸を克明に照らし出している。
それは、日本国民であれば誰もが知るであろう、国家を象徴する建築物。
―――国会議事堂。
外見からは、そうとしか呼べない存在が突如として出現し、何の変哲もない海岸線より巨人を見下ろしている。
その前庭、高波の届かぬ位置に停められた一台のライトバンより、拡声器を通した声が響いた。
「―――夜分遅く、失礼いたします。どうか皆様、一時足をお止め頂き、お時間を頂戴頂ければと存じます。今宵、これより始まりまするは、奇々怪々、前代未聞の一大事。地上と、海底、二つの民の運命を分かつ、まさに大決戦にございます―――」
拡声器を通してなお、朗々と響き渡る美声。
若い男性のそれに聞き覚えを感じ、『泥艮』はその巨大なガラス玉のような瞳を、車上の人物へと向けた。
そこには、精悍な顔立ちの短髪の青年―――犬養の姿があった。
今より、半日ほど前。
地の底より、失意のもとに地上へと帰った彼は今、並々ならぬ決意と共に、強い光をその瞳にたたえ、車上にて仁王立ちしている。
その彼の足元にあるのは、スピーカーを外付けされたライトバン―――いわゆる選挙カーであった。
通常、選挙前の町中くらいでしか見かけない代物が、何故、夜の海岸にあるのか。
その背後に聳え立つ、国会議事堂にしか見えない建造物の正体は、一体何か。
数多の謎を置き去りにして、選挙演説めいたスピーチは続く。
「―――『深泥族』の皆々様におかれましては、遠路はるばる海底の都よりお越しくださり、誠にありがとうございます。しかしながら・・・その故郷も今や、病の蔓延る死地に。命からがらたどり着いた地上では、図らずとも虜囚の身となり、いつ終わるとも知れず続く、労苦の日々。その心中―――誠にお察しします。心身ともに傷つけられ、心中にて血涙を流す皆様が、怒り、悲しみ、諸悪の根源たるかの施設を打ち壊さんとするも、やむなしかと思います。ですが―――」
熱の入った演説を一旦止め、すう、と大きく息を吸い込む。
青年は額に浮かぶ玉の汗をきらめかせ、ひときわ抑揚を付けた声を再び、夜空へと響かせるのだった。
「―――悲しいことに!私もまた人間!いかな当方に非があろうとも、それが暴力を以て為されるのであらば・・・止めに入らねばならぬのが、人の世の道理なのです!故に!今、ここに宣言します。今宵、この場を以て、両勢力の決着の場とすると―――!!」
『ムゥッ―――!?』
バン!
乾いたスイッチの入る音と共に、国会議事堂めいた建造物から更に幾筋も、サーチライトの光束が迸る。
―――無人と思われた海岸沿いには、何時の間に集まったのか、無数の人影がひしめいていた。
その誰もが、刀剣類や銃、弓矢といったもので武装し、中には如何なる手段を用いたのか、ひとりでに宙を舞い移動している者も居る。
そして―――『泥艮』は彼等が姿を表したと同時に、異様な気配を感じ取っていた。
『コノ者達、全員ガ―――!』
「我等【イデア学園】。この場に集った全員にて!貴方がたに―――決戦を挑ませて頂きます!!」
拡声器から走るノイズと共に、今、決選の火蓋が落とされる―――!
今週はここまで。




