∥005-61 雨乞い
#前回のあらすじ:がはは、勝ったな!!
[孫六視点]
『オォオオオオオ―――!!!』
地響きとも思えるような大音響を上げて、小山のような巨体がどう、と地面へ倒れこむ。
苦悶にのたうつ怪物の上腕部には、黒々とした大穴がしっかりと穿たれていた。
それは、虎の子の新兵器が与えた、初めてと言ってよい有効打だった。
孫六は思わずガッツポーズを取ると、勝利の雄たけびを上げる。
「ぐわっははははは!!どうだ!見たか!これが人類の英知という奴ですよぉ!!!」
「あ・・・あのバケモノが・・・!?」
「すごい・・・。これなら―――!!」
初めて目にする、巨人が苦しむ姿に職員の間からざわめきが上がる。
それは次第に、興奮を押し隠した囁きへと変わり、熱病のように周囲へ伝播していった。
あの巨人を。
嵐のように幾度となく襲来し、皆に恐怖を植え付けた理不尽の化身を―――倒せる?
ごくり、と生唾を飲み込む音が、何処からともなく響く。
その場に居合わせ、地に伏した巨体を見つめる者の目から、恐怖の色はすっかり消え失せていた。
それを横目で盗み見ると、ふんと満足げに嘆息し、施設長はパンパンに張った腹を逸らしてふんぞり返る。
そして、巨人に向かい右手人差し指を突き付けると、声高らかに宣言するのだった。
「所詮は蛮族。神と名がついていようとこんなものよ!さぁ!今のうちにトドメを刺してしまうんですよぉ!!」
「む・・・無理です!!」
「―――ぬぁにぃ?」
銅鑼のような大声が、第二射を命じる。
あわや巨人の命も、風前の灯か―――?
・・・と、そう思われたが、しかし。
致命の一撃となるであろう追撃は、一人の職員が上げた声によって中断された。
孫六はぎろり、と鋭い眼光をアンテナのお化けの麓へ向ける。
その先に居たのは、先程も奇怪な兵器の調整を担当した、一人の男性職員だった。
彼は慌てた様子で立ち上がると、機械の側面に据え付けられた計器盤を指差し、震える声を上げる。
「さ、さっきの一発で、ステータスパネルが軒並みエラー吐きまくってるんです!・・・なんか、焦げ臭いし!やっぱりこんな―――突貫工事で仕上げようだなんて、どだい無理な話だったんですよ!!」
「やかましい!つべこべ言うな!!!」
「ヒッ・・・!?」
機械の不調を訴えていた職員の声が、施設長が上げた大声によってかき消される。
―――銅鑼声が山彦となり、スギ林へと吸い込まれた後。
その場にはしん、と静まり返った静寂と、計器盤が発するビープ音だけが取り残されていた。
不機嫌そうに周囲をゆっくりと見渡しながら、施設長は思案を巡らせる。
―――誘導放出マイクロ波収束投射砲は、大枚をはたいて大陸から密輸入した新兵器である。
異星人由来の技術を使っているだとかで、個人所有していることがバレると、少々厄介な代物だ。
電磁波の一種であるマイクロ波を発射し、その焦点を合わせることによって、狙った場所へ莫大な熱量を発生させることができる。
光線兵器のような外観をしているが、マイクロ波はいわゆる非可視光線なので、射出されるものは無色透明で目に見えない。
原理としては、電子レンジで使用されているものとおおむね同じである。
ただし―――同じ原理といえど、こちらはちゃちな箱とは比べ物にならない程の出力を持つ、まごうこと無き殺人兵器だ。
その威力は、つい先程巨人を相手に実証したばかりである。
もう一撃。
奴の動きの鈍ったところを狙い、喰らわせれば―――倒せる。
だが―――
新兵器の投入が、見切り発車に近い形で行われた事もまた、事実だ。
あの職員が言うように、一度の発射で所々にガタが来ている可能性は決して、否めない。
無理に連射すれば壊れるか、下手すれば―――暴発だ。
孫六が噛みしめた奥歯がぎり、と不快な音を立てた。
「ちっ・・・。何をしている、さっさと異常箇所を割り出して、交換するんですよ。―――お前らも!ボサッとしてないでとっとと動け!早くしろ!!」
「は―――はいぃぃ!!」
苦虫を噛みつぶしたような表情で怒鳴ると、堰を切ったようにして、周囲の職員達が一斉に動き始める。
先程声を上げた職員は慌てた様子で計器盤にかじり付き、施設内部からは予備のパーツを台車に乗せた、制服に身を包んだ者達が慌ただしく行き交い始めた。
正門の残骸を前に、事の推移を見守っていた保安兵達もまた、己の役目を果たすべく行動を開始していた。
再び、あの巨人を抑えにかからねばならない事実に気が滅入るが―――雇われの身として、背に腹は代えられない。
背後を振り返ると、ずしりと重く手になじむ小銃を再び構える。
討つべき敵を探し視線を走らせると、アスファルトの上に四つん這いになり、苦しげに息を荒げる怪物の姿が視界に入った。
「よ、弱ってる・・・のか?」
「・・・もしかしたら、案外楽に倒せたりする、かも?」
『グゥ・・・オォォオ・・・』
荒く上下する巨人の右腕は、肩口からほど近い位置がごっそりと削り取られている。
その傷口は、断面が黒々としたものによって覆われていた。
例の新兵器が発した高熱が、火傷を通り越して組織を一気に炭化させてしまったのだ。
出血こそしていないが、全身を貫く激痛は相当なものであろう。
―――怪物は、明らかにダメージを受けていた。
今なら、自分達にも倒せるかもしれない。
そんな楽観的な空気が漂い始めたその時、保安兵の一人が異変に気付き、巨人の姿を指差した。
「待て・・・。何か様子が変だ!」
『オォ・・・オオオオオオオオ―――!!!』
先程から地に伏せたまま、動きを見せずにいた巨人が、突如として天を仰ぎ、凄まじい咆哮を放つ。
びりびりと大気を震わす大音響に、兵達は慌てて耳を塞ぎ顔をしかめた。
「・・・くそ!バケモノめ、一体何のつもり―――」
「おい!見ろ、空が・・・!?」
怒号に呼応するようにして、頭上に黒雲が立ち込め始める。
それは、みるみるうちに厚みを増し、あっという間に星々の輝きを覆い隠してしまった。
やがて―――ぽつり、ぽつりと雨粒が落ち始める。
そして次の瞬間には、滝のような大雨となって大地へ降り注ぎ始めるのだった―――
今週はここまで。




