∥005-57 決裂、そして―――
#前回のあらすじ:オカマさんは元女
[マル視点]
「・・・長くなっちゃったけれど、アタクシの話はこれでお終いよぉん。ここまで付き合せちゃって、悪かったわねぇ」
「いやいや・・・。こちらこそ、辛いことまで話してもらって、申し訳ありませんでした」
・・・過去数十年にも渡る、『深泥族』達の過去。
それを語り終えたナマズ顔の人物―――
玄華は、帽子を取ってつるりとした頭部を晒すと、ぺこりと深く頭を下げた。
それを両手を振って制止すると、ぼくもまた彼(彼女)に合わせてお辞儀をする。
「・・・貴重なお話しを聞かせて頂けたお陰で、私の決意は更に強まりました。玄華さん。そして、この場に集った『深泥族』の皆さん。改めてお願いします。私に―――貴方がたの手伝いを、させて貰えませんか?」
「手伝う?・・・人間の、アナタが?」
「ええ。・・・申し遅れましたが、私は犬養。未来の日ノ本を背負って立つ、そう心に定めた、一介の志士です。此度の一件は全て、私の同族がしでかした過ちに端を発しています。皆様も御存じの、かの施設。そこから生み出される利権、そして―――それに群がる有象無象のハイエナ共。同じ人間として、彼等の所業は看過できかねます。・・・日本男児として!一人の人間として!是非とも私に、貴方がたの助力を―――!」
「不要よぉ」
「―――はっ?」
胸に手を当て、熱っぽい調子で真摯な眼差しで語る犬養青年。
内に秘めた想いを込め、『深泥族』達への協力を申し出る彼の姿は、まるで一枚の絵画のようだ。
どこか崇高な気持ちでその光景を見つめていたぼくは、スーツ姿の人物より予想外の反応が飛び出したところで、思わず間の抜けた声を上げてしまった。
そして―――
たった今、申し出を断られた彼もまた、信じられないものを見るような表情を浮かべていた。
ぼくも気持ちは同じだ。
一体、なぜ?
たった今聞いた言葉の意味が飲み込めず、混乱の極致にいるぼく。
一方、先に呆然自失の状態から立ち直った青年が、ためらいがちに口を開く。
「っ・・・。理由を、お聞きしても?」
「一言で言うなら、遅すぎたのよぉ。ワタクシ達は端から、一族の皆で故郷へ帰ることしか望んでないの。でも―――それも、今夜でおしまい。姿を消した同胞はもうすぐ、全て集まるわぁ。今更アナタ達に出来る事なんて、何もないのよぉ」
「そんな!?じゃあ何で、ぼく達に事情を話したりしたんですか・・・?」」
「どうしてかしらねぇ。強いて言うなら・・・。覚えておいて貰いたかったから、かしら」
そう言うと、彼(彼女)はふっと口元を歪めた。
相変わらず、表情のわからないナマズ顔だが―――
ぼくにはそれが何処か、やるせない、泣き笑いの顔のように見えたのだ。
見えない痛みを堪えるようにかぶりを振り、犬養青年は再び口を開く。
「理解できません。放射能に汚染され、死病のはびこる地と化した故郷に何故、そうまでして固執するのですか・・・!?」
「故郷だから、よ。生まれ育った地が、何時の日か帰るべき場所があるからこそ、ワタクシ達ミドロは団結できるの。―――野呂」
『オォ―――ッ!母ヨ!!』
「!?」
轟、と地響きのように、隠し入り江より雄叫びが立ち昇った。
それに呼応するかのようにして、それまで事態を静観していた『深泥族』達がやにわに騒がしくなる。
じわり、とぼく達を取り囲んでいた包囲が動き、狭まるそれに追い立てられるようにして、ぼくらは一方向へと追いやられてしまった。
―――洞窟の奥へと。
「母、だと・・・!?」
「ゲンゲさん!まさか、あの巨人は―――」
「可愛い可愛い、アタクシのベイビィちゃんよぉ。放射能に蝕まれ変貌を遂げたのは、一人じゃ無かったという事。―――地上へお帰りなさぁい。未来ある子供達は、こんな処に居ちゃダメ。お姉さんとの約束よぉん?」
『ゲッ!ゲッ』『ギャア!ギャアア!』
彼(彼女)の言葉に、ぼくははっとなって水際へと視線を走らせる。
揺れるライトの光に照らされ、一瞬だけ浮かび上がった魚頭の巨人は、確かに眼前の人物の面影が感じられた。
両者には、同じ血が流れている。
そう言われてみれば、確かに納得せざるを得なかった。
僅かな間、入り江に佇む巨人を見つめていたぼく。
だがすぐに、『深泥族』の群れに後ろから追い立てられ、逃げるようにして洞窟の奥へと押し込まれてしまった。
小山のような泥艮の姿が次第に小さくなる中、石牢から慌てた様子のダミ声が上がる。
「お、おい―――貴様等ァ!おれをこのまま置いて行く気か!?」
「残念だけれど、貴方はもうちょっとお留守番よぉ?下手に放逐して、邪魔でもされたら敵わないし・・・。何より―――今、不用意に外に出すのは、ちょっと不味いような気がするのよねぇ」
「な、なに!?そりゃ一体どういう了見・・・お、おい!待て!行くな!!こら―――」
少しづつ上に傾斜する、岩だらけの道を走る中。
背後から、慌てた様子の男の声が追いかけてくる。
ぼくは立ち止まって背後を振り返ろうとする―――が、すぐ後ろには興奮した様子の『深泥族』達が、ギャアギャアと喚きながら迫りつつあった。
慌てて正面へと振り返り、追いつかれないようスピードを上げる。
さっきの玄華の様子からして、仮に追いつかれたとしても酷い目には遭わない気がするが・・・。
もし万が一、生田目と同じ牢屋にでも入れられたら事だ。
仕方なしに、洞窟の奥へ奥へと走り続けるぼく達。
その後ろ姿を見送ると、スーツ姿の人物はくるりときびすを返し、闇の奥へと姿を消すのであった―――
今週はここまで。




