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お釜大戦  作者: @FRON
第五章 ダゴン・マル・アズサ 北海の大決闘!!
176/342

∥005-54 またお前か!

#前回のあらすじ:またお前か!



[ゲンゲ視点]



1980年度、北陸。

混迷の中にある日本、その只中に、奇妙な闖入者達が何処からともなく()()()()()と紛れ込んでいた。


そこは、どこにでもある港町の、真新しい民宿だった。

しかし、そこに働く女中たちには共通して、奇妙な『()()』が見て取れた。


それは―――主に頭部の骨格に、集中して現れていた。

前に()()()()()額、それとは対照的に、顔の両側へと後退した眼窩はぎょろりと大きく、いわゆる極端な()()()となっている。


そして割烹着の下に隠されてはいるが、彼女達の手足関節にも『()()』は現れていた。

膝と足首の関節は変形し、歩行の際はぎこちなく、()()()()()()と飛び跳ねるような歩き方をする者が多い。


一方。

ごつごつと長く、節くれだった指には注意して見れば、そこにはうっすらと水かきのような膜が存在していた。


彼等は皆、海中に棲まうまつろわぬ民―――

深泥(ミドロ)族』である。


人知れず町中に紛れ込んでいた、深海よりの闖入者達。

その男は、()()()()と薄っぺらい笑みを貼り付けたまま、彼等の前にちょこんと佇んでいた。


営業中の宿へふらりと立ち寄ったかと思えば、おもむろに支配人を呼びつける。

そんな男の行動に、女中たちは怪訝そうな表情を浮かべると、無遠慮な視線で珍妙な来客の姿を撫でた。


―――男だ。

歳は50がらみ、背丈は低く、手足も細く、貧弱な()()をしている。


よれよれのグレーの背広に、何時からアイロンを掛けていないかわからない、皺だらけのネクタイ。

肌色の目立つ寂しい頭部には、白髪交じりのちぢれ毛が申し訳程度に生えている。


そこを()()()()と掻きつつ、男は黄ばんだ名刺をつい、と差し出した。

それを見下ろしつつ、女中たちは口を揃えて呟く。



既知概念(きちがいねん)凌駕実体(りょうがじったい)究明(きゅうめい)対策室(たいさくしつ)―――?」


「長いでしょぉ?呼びにくいでしょうしぃ・・・。親愛を込めて()()()()、若しくは()()()()!・・・と、お呼びくださぁい。一部の方が、陰でそう呼んでらっしゃるみたいに、ねぇ。・・・キヒヒヒヒ!」


「はぁ・・・」



何が楽しいのか、()()()()と肩を震わせる小柄な男に、女中たちは互いに顔を見合わせた。

アタクシはそこへ()()、と一歩進み出ると、男の指から名刺を取り上げ、その表面に視線を走らせる。


そしてふんと小さく息を吐くと、じろりとそいつの顔を睨みつけるのだった。



「・・・それで?お役人サマがこんな昼間っから、一体なんの御用かしらん?」


「単刀直入に申し上げますがぁ・・・。貴方がた―――()()()()()()()()()ねぇ?」


「!」


「キヒヒヒヒ!・・・いやなに、ここいらからですねぇ、報告があったんですよぉ。見知らぬ連中、それも人外らしきモノがうろついている・・・って、ねぇ。それで()()()()がこうして、確かめに来た訳です」


「・・・」



不意に放り投げられた、言葉の()()


それをきっかけにして周囲の温度が、若干下がったような感覚に襲われる。

凍り付いたように動きを止めた女中達が、ゆっくりと奇妙な風体の男へと視線を向けた。


しばしの間、両者の間に張り詰めた空気が流れる。


無言のまま、剣呑な空気を発する従業員達を前に、奇妙な小男と、ナマズを戯画化したような女中がにらみ合っていた。

薄っぺらい笑顔を貼り付けた男は、この状況下においてなお、冷や汗一つすらかいていない。


一触即発のムードの中。

ガラス玉のような眼でじっと男を注視したまま、アタクシは再び口を開いた。



「・・・それで。お役人サマは一体、アタクシ達を()()()()気なのかしらん?」


()()()()()()()よぉ?尤も、アナタ方がなぁんにもしない限りは、ですけどねぇ・・・。逆にお嬢さん方は一体、ここでナニをなさるおつもりなんですかぁ?」


「アタクシ達は―――」



牽制のつもりで発した問いかけは、男によって()()()と受け流されてしまった。

小男のとぼけた表情からは、その内心を測ることはできない。


アタクシは逆に、男から投げ返された質問を前に、身動きが取れなくなってしまった。


―――どうする?

いっそのこと、洗いざらい話して協力を願ってみるか?


しかし、目の前の男は果たして、信ずるに足る相手だろうか。

今のアタクシは、郷の未来を背負って立っている身だ。


迂闊な行動で、一族全体を危険に晒すことは避けねばならない。

だが―――危険と言うのであれば、一族は既に、存亡の瀬戸際に立たされている。


ならば、後は覚悟の問題だろう。



「・・・イザという時は、アタクシが始末を付ければいいわぁ」



そう、口の中で小さく呟く。


覚悟は決まった。

アタクシは真っすぐに小男を見据えると、ここに至るまでの経緯を説明すべく、再び口を開くのだった―――




  ・  ◇  □  ◆  ・




[マル視点]



「・・・そこでよく、思い切れましたね?」


「アタクシとしても手詰まりだったし、状況を動かす為には虎穴に飛び込むくらいの事はしないと駄目だと思ったのよぉ。結果としては、大成功だったんだけれどねぇん」



―――場面は再び、現代。

片洲(カタス)の地下深くに存在する、大空洞の底。


かつてこの土地で起きた出来事が、当時の生き証人の手によって一つづつ、(つまび)らかにされてゆく。

語り手である深泥族の男―――玄華(ゲンゲ)はどこか遠くを見るようにして、在りし日々へと思いを馳せていた。


彼等はかつて、故郷を襲った()()を解決する手段を求め地上へと向かい、そこで奇妙な風体の男と出会ったという。

ぼく自身も面識のある、あの男―――真調(ましら)だ。


彼等はその時、奴に対しあえて全ての事情を話し、助力を求めることを決断したのだという。


とても度胸の要ることだ。

少なくともぼくには多分、真似できない。


―――男の述懐は続く。



「あの頃は、ベトナム戦争の終結から間もない時代。戦地から返ってきた兵士の中には、生死の境を日常的に行き来する戦場の中で、()()が外れちゃった子も居たみたいなのねぇ。言ったでしょう?帰還兵が酷い事件を起こすことがあった・・・って。そういう中には、単に狂気に駆られただけじゃなくて、文字通り『()()』しちゃったケースもあったのよぉ」


「それって、ぼくたちと同じ・・・!」


「えぇ。覚醒者による、凶悪犯罪。それを取り締まるのがあの、真調とかいう小男の役目だったみたいねぇ。アタクシ達の前に現れたのは、そういう手合いかどうかを見極める為だったという訳よぉ」


「・・・我等【イデア学園】に属する【神候補】も、死を回避する通過儀礼(イニシエーション)を以て神への位階を登り始めます。帰還兵達もまた、過酷な戦場で死の危険と多大なストレスに晒され続けることで、人としての枠を超越してしまったのでしょうね・・・」


「なるほどー・・・?」



ぼくが耳にしたのと同じように、彼もまたあの男から、既知対(キチタイ)とかいう組織の役割を聞かされていたようだ。

これが事実なら、真調はもう何十年も前から、今と同じような任務に就いていたという事になる。


その事に奇妙な感慨を感じ、無言のままこっくりと頷くぼく。

その隣では、わかったようなわかっていないような表情で、ぼくの後輩がぼへっと呟きを零していた。



「そこから先は、トントン拍子に進んだわぁ。真調とかいう男の伝手で、『()』の元凶はすぐに突き止められたの。後は、体内に残留した放射性物質を排出する薬を処方して貰って、あれだけアタクシ達を苦しめた病魔は、あっという間に去って行ったのよぉ。でも・・・」


「でも?」


「そこで一つ、問題が発生したのよぉ」


「そ、それは一体・・・?」



『深泥族』を襲った不幸が、ひとまずの解決をみた所までを聞き届け、そっと胸を撫でおろすぼく。

しかし、玄華が続けて口にした不穏な一言に、ぼくは思わず()()()、と唾を飲みこむ。


そして次の言葉を待つぼくに向けて、彼は太い指で輪っかを作って見せるのだった。



()()よぉん」


「・・・お金ぇ!?」



一瞬、何のことかわからずきょとんとした表情で、その指先を眺めるぼく。

ややあって、ようやくその意味を理解した後に、素っ頓狂な声を上げるのだった―――


今週はここまで。

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