∥005-53 語られる真実 下
#前回のあらすじ:オカマさんと語らおう!
[マル視点]
―――1980年。
ベトナム戦争の終戦より5年。
その影響から脱しきれていない当時の日本に、玄華をはじめとした『深泥族』達が密かに潜り込んでいたのだという。
その目的は、故郷を襲った『災厄』―――放射能汚染による病禍の、解決策を探る事。
果たして、彼等の身にどのような試練が降りかかったのか。
その目的は達せられたのか。
固唾を呑んで見守るぼくらの前で、異相の男はゆっくりと口を開いた。
「―――長く続いた戦いの反動として、当時の日本では各地で厭戦の機運が高まりつつあったわぁ。それまで各方面において絶大な発言力を持っていた、陸・海・空の3軍が世論に押されて力を失い、その代わりに世界平和と民主運動の拡大を掲げて活動する野党勢力が勢いを増していたの」
「ベトナム戦争の残した爪痕が、未だ色濃く残る時代の話ですね。戦費の後処理が政府の財政を圧迫し、その悪影響が市民生活にまで及んでいたと。社会の表も裏も、激しく世代交代を繰り返した混迷の時代だったと、今でも語られていますね」
話の取っ掛かりとして、まず当時の世相から話し始める玄華。
当時だとまだ生まれてすらいない、ぼくと梓のことを意識しての話題選びだろう。
それを受けて、補足となる一言を付け加えた犬養青年にひとつ頷くと、男は再び口を開いた。
「そうね。民衆の間には目に見えて不満が溜まっていたし、戦争の帰還兵には精神の均衡を欠いて、酷い事件を起こすような人も居たのよぉ。まあ、とにかく暗い時代だったのよねぇ」
「知識としては知ってますけど・・・。全然、実感が沸かないです。何か、サブカル関連で色々、後の世に残るような作品が作られたって話は聞いてますけれど・・・?」
「鬱屈とした空気からの解放を求めて、そういう新しいモノが求められた、って意味合いもあったのかしらねぇ?」
アタクシはあんまりそういうの、わからないんだけれどねぇ。
そう付け加えてため息をつく男に、ぼくは苦笑いで応じる。
門外漢なりに話に加わってみたが、どうやら彼にとってはあまり、縁の無い話題だったようだ。
若干脱線してしまった会話に、ぼくが気まずい笑みを浮かべていると、そこへ唐突に片手を上げ、梓が割り込んできた。
「ねぇねぇ。何で日本のお話しなのに、他の国?の戦争のコトが出てくるのー?」
「嫌ぁねえ、あれは最初から、南北ベトナムの背後に居た大新帝国と、大日本帝国の代理戦争だったでしょ?」
「え"っ」
「・・・誰も口には出しませんが、いわゆる公然の事実、というものですね」
まさかの、人族以外の口から語られた歴史の真実に、ぼくは思わずひきつった笑顔を浮かべる。
幼いころから学校で習った内容には、そんな事など一つも触れられていなかった。
嘘だろう。
そう思う間もなく、間髪入れずそれを肯定した犬養青年の一言に、ぼくの常識がガラガラと崩れていく音が聞こえるようだった。
・・・要するに、自国民向けに作られた体のいいウソに、ぼくを含めた大多数がまんまと踊らされてしまった、という事だろう。
愕然とするぼくを尻目に、ぱちん、と水かきのある掌を打ち合わせる男。
軌道修正の後に、話題は再び昔語りへと戻るのだった。
「・・・と、まぁ、ここいらで世相の話は置いときましょ。―――そんな訳で、ミドロの郷を出たアタクシは、仲間達と一緒に地上へと降り立ったわぁ。場所はアナタ達も御存じの、片洲ねぇ。あそこは昔から郷の若い衆が出稼ぎに出たり、まだ水中生活が送れない年若い者が住んでいたから、何かと都合が良かったのよぉ」
「やはり、あの町は古くから、貴方がたとの関りが深い土地だったのですね・・・」
「そういう事よぉ。アタクシにとっても思い出の場所だったから、再び訪れた時は感慨深かったわぁ。・・・あそこに、鄙びた民宿があったでしょ?あれも当時、アタクシの提案で始めたものなの。活動資金の調達と、情報収集の一挙両得を狙った訳ねぇ」
「・・・ゲンゲさんが発案者だったの!?あの宿!」
思い切り覚えのある場所が話題に出て、ぼくは再び素っ頓狂な声を上げてしまった。
ぼくらと不良中年二人組が泊ったあの宿は、最初から『深泥族』の勢力下だったという訳だ。
もしかすると、あの奇怪な男―――真調は最初から全て承知の上で、あの場所へぼく達を連れて行ったのかも知れない。
胸中に去来する複雑な思いに目を白黒させるぼくを尻目に、こくりと頷いた後、玄華はにこりと微笑むのだった。
「えぇそうよぉ。・・・かく言うアタクシも、一時は仲居として接客してた時期もあったのよぉ?お客さんにも好評だったんだから。アナタ達にも見せたかったわねぇ」
「そ、それは何とも・・・」
「さぞかし目を引くお姿でしたでしょう、ね・・・」
「そうかしらぁ?照れるわぁ、ギョフフフフ」
割烹着に身を包んだ、樽型体形の仲居。
その姿を一瞬、リアルに想像してしまい、ふるぶると首を振ってそれを慌てて脳裏からかき消す。
二人してそっと視線を逸らす男二人に気付いてか気付かずか、上機嫌な様子で玄華は笑い声を上げた。
「当時は内陸側のバイパスも無かったから、ここいらも今よりそれなりに往来があったのよぉ。そうして毎日、客の相手をしながらそれとなく話を振って、色々と情報を集めてたの。―――そんなある日だったわぁ、宿にあの男が訪ねてきたのは」
「・・・男?」
「身なりの小さい、妙な雰囲気の人だったわねぇ。いつもおどけたような口調で話してて・・・。名前はそう―――真調、と言ったかしら」
「げっ」
かつての日々を思い出しているのか、遠くを見やるようにして話は続けられる。
そうするうちに彼の口から聞いた名前が飛び出し、ぼくは再び、ひきつった笑顔を浮かべるのだった―――
今週はここまで。




