∥005-52 語られる真実 中
#前回のあらすじ:オカマさんと語らおう!
[マル視点]
「地上からそれまで見覚えのなかったモノが流れ着くようになって以来、ゆっくりと『病』は郷の全体に広がっていったわぁ」
周囲の視線が集まる中、異相の男はゆっくりと歩きながら、海底の都でかつて起きた惨劇を語り始めた。
ぼくたちも、『深泥族』達も皆、ひんやりとした洞穴に響くその声にじっと聞き入っている。
その様子をちらりと横目で眺めると、男は再び口を開いた。
「皆が皆、身体に何らかの不調を訴えていたわぁ。皮膚のただれ、悪寒や吐き気、更に症状の酷い者には喉や身体の節々にできものが出来て、あまりの激痛にのたうち回りながら死んでいったの」
「ひどい・・・」
「えぇ。酷いハナシよねぇ、本当に」
思わず零した一言に、男は鷹揚に頷いた。
彼が語った症状は、放射線により身体に現れる悪影響として、広く知られているものの一つだ。
もし、同じ線量に人間が曝されたのであれば、更に顕著で、致命的な症状が出ていたであろう。
極めて頑健な肉体を持つ、『深泥族』だったからこそその程度で済んでいたと言える。
「郷のみんなは始め、毒の類かと疑ってたのよぉ。―――だけれどそのうち、例の『光る筒』を持ち帰った家に、被害が集中してることが分かったの」
「やはり、廃棄された燃料棒が被曝の主原因だったのですね。長期間の被曝による、慢性的な障害・・・。さしもの【深きもの】の血族と言っても、無事では居られなかったのですか・・・」
『深泥族』は永遠の寿命を持つという、【深きもの】の一員だ。
彼等は病と無縁の存在で、それゆえに永き時を生きるのだという。
そんな『深泥族』でも、高濃度の放射線には勝てなかったらしい。
生命の根幹をなす遺伝子を直接破壊されては、どんなに頑健な肉体であっても抗うことなど不可能なのだ。
まさに聞きしに勝る、恐るべき惨状だった。
「その通りよぉ。それに気付いてからは、あの忌々しい筒も纏めて捨てて、さしあたっての危機は去ったように見えたの。・・・でも、ねぇ。一度病に倒れた者は、その後も後遺症に苦しめられ続けたし、おまけに時間が経つにつれて、それまで症状の無かった者にまで異常が出始めたのよぉ」
「い、一体何でそんな事が・・・?」
「被曝による身体の障害には、時間が経ってから現れるものも存在するのですよ」
『深泥族』を襲ったあまりに理不尽な状況に、ぼくは思わず表情をひきつらせ呻くように呟いた。
それに答えたのは、同じように顔をしかめ眉間に皺を寄せた、犬養青年だった。
直接の関係は無いと言えど、同じ国民のしでかした暴挙の爪痕に固く拳を握りしめながら、青年は語る。
「英国の『爆心地』付近一帯から移住した住民や、各国の原発事故による被害報告にも、同様の症例が認められています。いわゆる晩発性障害、というものですね」
「なるほど・・・」
「う、うーん。なるほどー・・・?」
人間社会の間で知られる、放射線被爆の実例を引き合いに出しながら、『深泥族』を蝕む障害について青年による解説は続けられた。
それを傾注するぼくは小さく頷きを返しながら、必死にそれについてゆく。
お世辞にも聡明とは言えない身だけれど、今のところ何とか話に取り残されずに居られるようだ。
・・・隣で人差し指を咥え、くきりと首を倒したまま固まっている後輩は手遅れのようだが。
彼女の頭上に立ち上る白煙からそっと視線を反らしつつ、ぼくは再び玄華の話に意識を集中させた。
「―――『災厄』は地上から齎されたモノだった。だから必然的にアタクシ達は、その解決策を地上に求めたわぁ。郷の若い者達を人里へ送り込んで、『病』を直す為の手がかりを探ろうとしたのよぉ」
「そいがおめやった、ちゅうわけじゃな?」
「そういうこと。・・・忘れもしないあの日、アタクシは単身地上へ降り立ったのよぉ。世界はアナタ達の言うところの昭和55年。長く続いた不況の爪痕が残る、混迷の時代の只中だったわぁ―――」
今週はここまで。




