∥005-51 語られる真実 上
#前回のあらすじ:オカマさんの昔語り、開始。
[マル視点]
「そっちのお二人には一度名乗ったけれど、アタクシの名前はゲンゲ。ただのゲンゲよ。『玄華孫六』っていうのは―――そうね、地上で暮らす為に名乗っている、便宜上の名、といった所かしらん?」
「そーだったの?」
「そうなのよぉ。勿論それだけじゃなくて、この名を名乗ること自体に、とある目的も存在するのだけれど・・・」
スーツ姿の異相の男は、のっぺりとした頭部にちょこんと載せていた帽子を取り、うやうやしくお辞儀をして見せた。
彼の名乗りにぼくは慌てて目礼で応じると、今しがたの発言に感じた疑問に首を捻る。
「目的って、一体・・・?」
「あくまで、個人的な事情よぉ。ボウヤ、レディの秘密をあまり知ろうとしちゃダメよん?」
「あっ、はい」
ぼくの質問に対し、はぐらかす調子で答える玄華。
空気を読んで引いたぼくにこくりと一つ頷くと、男は再び口を開いた。
「・・・まあ、脱線はこのくらいにしておきましょうか。それで本題なんだけれど、アナタ達。『ミドロ』については、どの程度知っているのかしらん?」
「・・・遥かな昔よりこの地に棲んでいて、幼少期は地上にて、年経てよりは海中に入りて暮らす。そういった種族であると聞いています。そして―――寿命を持たず、極めて強靭な生命力を持つ、とも」
居住まいを正し、改めて質問を放つスーツ姿の男。
それに応じたのは彼の対面に立つ、犬養青年であった。
ゆっくりと頷くと、どこか愉し気に(表情は全く読めないままだが)男は続ける。
「大体合ってるわねぇ。ついでに付け足すのなら、急激な変化を嫌い、閉鎖的で保守的。人間の事は割とどうでもいいと思っている、総じて頭の固い連中―――って所かしらん?」
「ム、ムチャクチャ言ってますね・・・」
「ギョフフフフ、事実よぉん?」
くつくつと肩を震わせると、口の端をニヤリと持ち上げる玄華。
身内ならではの容赦のないその品評に、ぼくたちは頬を掻きつつ苦笑を浮かべて見せる。
しかしすぐに笑いを収めると、再び男は語り始めた。
「・・・そういう訳で、アタクシ達は平穏な生活が大好きなの。来る日も来る日も続く、静かで代り映えのない日々。―――それに変化が現れたのは、こちらで言う40年くらい前のことだったかしらねぇ」
「変化、って?」
「『ミドロ』の郷は海の底。静寂と泥がが満ちる、深き水底の邑よん。そこには潮流によって、色々なモノが流れつくの。皆はそれを持ち帰って、家の建材や様々な道具を作る資材として利用していたわぁ。時が過ぎ、時代が遷り変わるにつれて、流れ着くモノも次第に様変わりしていくの。木片、陶器のかけら、元の形がなんだったかわからないような金属製のガラクタ。そして―――青白い光を放つ円筒」
「―――っ!!」
はっ、と誰かが息を飲む音が聞こえた。
これまで、状況証拠によって導き出した推察に過ぎなかった、海洋投棄された核のゴミが『深泥族』の故郷を汚染したという、疑念。
それに対し、ついに決定的な証言が出てきてしまった。
無意識のうちに強張った声が、ぽつりと漏れる。
「チェレンコフ光・・・」
「―――そうね。地上から流れ着いた品々の中には、使用済み核燃料のような危険なものが混ざっていた。でも当時、誰もそれが毒であると気付かなかったのよぉ。無知って、怖いわよねぇ」
―――チェレンコフ光。
あるいはチェレンコフ放射と呼ばれる現象は、主に、放射性物質が引き起こすものとして知られている。
地上から流れ着いたという廃棄物がそれを放つという事は、それが投棄された放射性廃棄物であることを示す、何よりの証左だ。
暗闇をほんのりと照らす青白い光は、そこに潜む、恐るべき『毒』の存在証明となるのだ。
・・・男の述懐は続く。
「『光る筒』を最初、郷の者達は警戒したのだけれど。好奇心の強い若いコは、それを持ち帰って飾ったりしていたわぁ。でも、少し経つと筒が流れ着く事も無くなっていって、多くのミドロ達は普段通りの日常へと戻っていったの。・・・でも、またある日、同じようなモノが流れ着くようになったのよぉ」
「・・・例の施設が稼働を始めたのが、丁度その頃でしょうか。ゲンゲさん、それまでに『深泥族』の間で、不調を訴えるような方は出なかったのですか?」
「初めの頃は、ね」
ゆっくりとかぶりを振ると、玄華は小さくため息をつく。
―――彼の証言によって点と点が繋がり、ようやく事件の背景がおぼろげに見え始めていた。
やはり、件の施設と『深泥族』がこの地に移動してきたことは関連していたようだ。
しかし、だとすれば、先程彼が口にした「それとこれとは別」とは、一体何を意味するのだろうか?
「でもね。時が流れるうちに、段々と身体の異常を訴える者が郷に増え始めたのよぉ。『ミドロ』は基本的に病に罹らないから、初めは誰も、それが病気だとわからなかったわぁ。目に見えない不安と焦燥が、じわじわと郷に広がり始めていた。病に倒れるミドロは一人、また一人と増えていき―――。・・・たったひとりの家族、アタクシのベイビーちゃんも・・・」
「ナマズのおっちゃん・・・」
閉じることのない瞳で遠くを見つめながら、スーツ姿の男はしばしの間、じっと黙り込む。
どう声をかけてよいかわからず、互いに顔を見合わせるぼく達。
彼が今思い浮かべるのは、犠牲となった我が子の事だろうか?
「・・・また脱線しちゃったわ。トシを取ると無駄話が増えちゃって、嫌ぁね」
「仕方ないですよ。他ならぬ、自分のお子さんの事なんですから・・・」
ためらいがちに掛けた声に小さくかぶりを振ると、男は再びこちらへと向き直る。
その目元には、かすかだが光るものが垣間見えたような気がした。
「優しいコ。でも大丈夫、大丈夫よぉ。アタクシの中でも、ベイビーちゃんの事は一応、割り切ってるもの」
そう言って、くすりと笑って見せる玄華。
今はそれよりも、話を続けましょうか、と言った後。
海底の民の昔語りは、再び開始されるのであった―――
今週はここまで。




