∥005-50 異色の対談
#前回のあらすじ:バックアタックだ!!
[マル視点]
「争いに来た訳ではありません―――だったかしらん?ギョフフフフ。じゃあ一体、何の為にこんな処にまで来たのかしらねぇ、アナタ達は」
「そ、それは・・・っ」
スーツ姿の怪人物が低く笑う。
ナマズめいたユーモラスな様相の彼だが、左右に『深泥族』を引きつれた今の姿は迫力十分だ。
その圧に、思わずたじろいだぼくが一歩後ずさると、たくましい掌が背中を優しく受け止めてくれた。
視線を上げると、そこには真っすぐなまなざしでぼくを見下ろす、短髪の青年の姿があった。
「犬養さん・・・」
視線だけでぼくの呼びかけに応じると、犬養青年はひとつ頷いた後に前へと向き直る。
そして良く通る声で、高らかに宣言するのだった。
「―――何故か、と問うのであればこう答えましょう。悲劇を未然に防ぐ!その架け橋となる為である、と!」
「ふぅん?」
闇に閉ざされた空洞に朗々と響き渡るその声に、今度は周囲を取り囲む『深泥族』の間に動揺が走る。
小さく上がるざわめきに、くつくつと楽し気になだらかな肩を震わせると、ナマズ顔の男は再び口を開くのだった。
「正面から堂々と乗り込んできた割には、随分と大人しい事言うのねぇ?アタクシてっきり、古旦那が寄越した刺客かと思ったわよん」
「・・・古旦那。」
犬養青年と玄華、二人は互いに一歩進み出て、真正面から向かい合う。
青年は目の前の人物が零した一言に、小さく「政府が、では無いのか・・・」と呟いた。
しかし、そのまま何事もなかったかのように会話を再会する。
「重ねて申し上げますが、我々に交戦の意思はありません。ですが火急の用故、可能な限り早く貴方がたと情報を共有したいのです。この地に―――危機が迫りつつあります」
「危機、ですって?」
「詳しく説明します。事の発端は―――」
真剣な表情を浮かべ、身振り手振りを交え説明を始める犬養青年。
それを、いまいち表情の読めない様子のまま、男は黙ったまま聞いている。
その様子を、後ろからハラハラしつつ見守る僕たち。
両者の話し合いは、こうして始まりを見せたのだった―――
・ ◆ ■ ◇ ・
「―――事情はわかったわぁ」
30分余りに及ぶ会談の末。
ゆっくりと頷いたスーツ姿の男の様子に、犬養青年がほっとした表情を浮かべる。
山間の施設が排出する廃棄物が、海底に位置する『深泥族』の都を汚染していると思われる事。
何者かによる襲撃を受けた件の施設は、国が所有する『表向き存在しない』施設である事。
そして―――国は事態の隠蔽の為、『深泥族』の殲滅を企んでいるであろう事。
―――その全てを。
溢れんばかりの情感と、ありったけの熱意を込め、語りつくす。
最後に、小さく息を吐きだした青年は、額の端に汗をきらめかせつつ、会心の手応えを感じていた。
ぼくらを取り囲む『深泥族』達も、一段と大きな声でざわめきを上げている。
それは戸惑いからか、それとも、その内容に衝撃を受けたからか。
後ろで、それをただ聞いていたぼくでさえも、熱に当てられたように身体が熱い。
日ノ本の将来を担う者としての、その片鱗。
それをまざまざと見せつけられ、ぼくは改めて、目の前の青年の凄さを今更ながらに実感していた。
一方。
対談の相手であるスーツ姿の男は、先程言葉を発したきり―――
不気味な沈黙を保っていた。
「感謝します。それでは、我々と共に避難を―――」
「折角の申し出だけれど、それはお断りするわぁ」
にこやかに微笑み、『深泥族』を逃がすための話し合いを始めようとする青年。
しかし、それに対する答えは否定の一言であった。
静かにかぶりを振る男に、周囲から驚愕の視線が集う。
「えっ・・・?」
「どうして!?」
好感触を得ていただけあってか、犬養青年が浮かべる表情には当惑の色が強い。
対するコート姿の男は、じっと何かを思い起こすように俯いたままだ。
何故、犬養青年の提案は断られたのか?
何故、男は滅びが迫る状況を前にして、差し伸べられた手を振り払ったのか?
その答え合わせをするかのように、彼はぽつりぽつりと語り始めた。
「―――こうして態々地の底に出向いてまで、事情を説明してくれたのは感謝してるわぁ。お陰で色々と、腑に落ちたもの。だけれど、ね。それとこれとは別なのよぉ。アタクシ達が止まれない理由は・・・違うの」
『同胞・・・』『我ラ・・・共ニアルベキ』
「・・・そうね、本当にそう」
「ナマズのおっちゃん・・・」
訥々と続ける男に、周囲から上がるざわめきが応える。
相変わらずの無表情ながら、そこに隠し切れない悲しみのようなものを感じ取り、少女がぽつりとつぶやきを漏らした。
「・・・折角だから、聞いて貰えるかしら。海の底から迷い出て、アタクシ達『ミドロ』が何故、こんな処に居るのか―――」
これより彼が語るのは、陽の当たる場所では語られぬ影の歴史。
海底の民が歩んだ苦難の年月が、今、明らかになる―――
今週はここまで。




