∥005-49 地底での再会
#前回のあらすじ:ギョロ目親父見つけたった!
[マル視点]
「『泥艮』・・・!!」
突如、真っ黒な海水溜まりを割って現れたのは、その頭部だけで10mはあろうかという巨人。
『深泥族』の祖霊とされる怪物、『泥艮』だった。
突然の事に混乱しつつも、必死に状況の分析を試みる。
何故ここに『泥艮』が?
ここに来るまで、『深泥族』の気配は全くと言っていいほど感じられなかったのに・・・。
―――いや、よく考えてみれば、それもおかしい。
ここは片洲の地下。
【深きもの】としての変異が進み、水棲生活を送るようになった彼等に取って、本来の住処と呼ぶべき場所の筈だ。
それが全く姿が見えなかったのは、まさか―――
とある可能性に気づき、ぎくりと身体を強張らせたところへ、後輩の焦りを含んだ声が届く。
「先輩!お魚のヒトも出てきた!いっぱい!」
「なんだって・・・!?」
見れば、海面に佇む巨人の足元が波立ち、次々と海中から何者かの影が飛び出して来る。
『泥艮』をサイズダウンしたかような異形―――『深泥族』だ。
上陸した後、岩だらけの岸にぺたぺたと濡れた足跡を残しつつ、次第に数を増やしつつある闖入者達。
その姿を岩の格子越しに指さし、チョビ髭を逆立てながら生田目が叫びを上げた。
「あ・・・あいつだ!あの妙な被り物どもがおれをここに放り込みやがったんだ!!畜生、次から次へと一体、どうなってやがる!!?」
「どうなってるも何も、これは完全に―――」
「待ち伏せされていたでごわすな!」
油断なく周囲に視線を配りつつ、じりじりと後退を続ける犬養青年に、巨漢の少年がにやりと口元を歪め応じる。
続々と数を増やしつつ、じわりじわりとにじり寄って来る『深泥族』達。
牢屋の前は既に、おびただしい数の彼等によって半包囲されていた。
その姿は、千差万別だ。
『泥艮』のように、人間と水棲生物の特徴が完全に混じり合った者。
変化の程度が軽く、顔立ちの変異が多少認められる程度の者から、逆に関節の変異が進み、四足歩行でしか歩けなくなった者まで。
その全てに共通する、閉じることのないガラスのような瞳が、ぼくらの顔を一斉に見つめる。
思わずごくりと唾を飲み込んだぼくの前で、不意に彼らは進軍の手を止めた。
「と、止まった・・・?」
「ふむ」
睨みあいを続けるマル達と『深泥族』達。
意図は不明だが、今すぐ大挙して押し寄せてくる様子は無いようだ。
―――そして、この状況を作り出した巨人は、海水溜りの中に佇んだまま動きを見せない。
奇妙な緊張感が場を支配する中。
静かに頷くと、精悍な顔立ちの青年は一歩前へと進み出た。
周囲からの視線が、一斉に彼の元へと集う。
「・・・住処へ土足で踏み込んだことは謝罪します。ですが我々は、争いに来た訳ではありません。出来うるならば、貴方がたの指導者とお話させて貰えませんでしょうか?」
『指導者・・・?』『長・・・』
「しゃべった・・・!」
滔々と流れるように語る犬養青年に、ぴちゃぴちゃとざわめきを上げる異形の群れ。
互いに目を見合わせ、当惑するような様子を見せる彼等はそれでも動きを見せない。
しかし、そこへ聞き覚えのある声が響く。
「―――郷のお爺ちゃん達はみぃんな、海の底に残ったわよぉん?生まれ故郷からは離れられないって、ほんとアタマが固いんだから。そんな訳で、今はアタクシが若い衆の取り纏め役という事になってるわねぇん」
「その声は―――」
「ナマズのおっちゃん!」
ざわめく『深泥族』を掻き分け、現れたのは一人の男だった。
ダークグレーのダブルのスーツに、同じくダークグレーのフェルト帽子を頭にちょこんと乗せている。
そのウエストは樽のように太く、キングサイズのベルトが辛うじて、一番外側ギリギリの穴でその腹回りを留めていた。
帽子の下から覗く両の眼は、皿のように真ん丸で、その容貌はナマズを戯画化したような、どこかユーモラスなものだった。
それはあの日、斜陽の町外れで出会った奇妙な風体の人物。
玄華孫六を名乗る、あの男であった―――
今週はここまで。




