∥005-47 片洲深都
#前回のあらすじ:いざ行かん、海底洞窟へ!
[マル視点]
一片の光とて射さぬ、真の闇の中。
ほのかな紺碧の光に包まれた球体が、ゆっくりと進んでゆく。
球体の中でまんじりともせず前方を見据えるのは、丸海人、羽生梓、犬養剛史、西郷易盛の4名。
犬養青年が手にしたマグライトの放つ光が闇を引き裂き、複雑な凹凸を見せる岩壁を白く照らし出している。
―――ぼくたちは今、トンネル状に続く海底洞窟を探索中だった。
複雑に枝分かれしながら延びる洞穴は暗く、先程からどこまでも同じような光景が続いている。
そのせいか、時間の感覚がおかしくなってしまいそうだ。
幸い、奥からわずかに感じる水流を頼りに、今のところ迷わずにここまで進むことができていた。
「それにしても広いねー。こんな広い穴、どうやって掘ったんだろ・・・?」
「羽生さん、この洞穴は人の手で造られたものではありませんよ。波の浸食や地下水の流れ、そういった力が何千年、何万年という年月を掛けて作り上げたものです」
「はえー、これが・・・?」
じっと黙っているのに飽きたのか、周囲をきょろきょろと見回しながら梓がぽつりとつぶやく。
そこへすかさず、穏やかに訂正を入れる犬養青年。
ぼくらが現在居るのは海食洞―――波の浸食により造られた、自然の造形物だ。
それをすっかり忘れた様子の梓だったが、彼の説明をふんふんと感心した様子で聞いていたかと思えば、感嘆の声を上げて行く手を目を細め、じっと睨む。
顔の上に手でひさしを作り、しばしの間、闇の奥と睨めっこを続けること数秒。
やはりというべきか、早々に諦めた彼女はぷはあ、と息を吐きだすのだった。
何時もながら、ジッとしていられない性分のようだ。
「ん~~~・・・ダメだ!見えないや。先輩先輩、この奥、すっごい深いみたいだよー?」
「確かに、ここまで大規模な洞窟だとは思ってなかったよね・・・。犬養さんが懐中電灯持っててくれてホント、助かりました」
「何、このくらいは当然の備えです。マル君の方こそ、君の力がなければ酸素ボンベを背負ってここまで潜らなければなりませんでした。本当に君が居てくれてよかった」
「や、そこまで畏まられる程の事では・・・」
「がはははは!感謝は素直に受け取っちょけばい!(バシバシ)」
「ぶはぁ!?」
頭を掻きつつ謙遜するぼくの背中を、キャッチャーミットのような掌で西郷どんがバシバシと叩く。
思わず肺の中の空気を噴き出してつんのめるぼくの背中に、周囲からくすくすと小さな笑い声が降ってきた。
犬養青年は若干申し訳なさそうに、我が後輩はこっちを指さしながらバカ笑いしている。
おのれ。
―――そうこうしているうちに、隧道の幅が若干狭まってくる。
それと共に、奥から感じる水の流れが、よりはっきりとしたものへと変化を始めたようだ。
それを感じ取り、訝し気な表情を浮かべるぼくに、背後からすっと指が伸び、岩壁の一点を指し示す。
犬養青年は円形に照らし出される先をじっと睨みながら、厳かにつぶやきを漏らすのだった。
「気づいていますか?この辺りの壁には、人の手が入った形跡があります」
「何だって―――!?」
ぼくは思わずぎょっとすると、慌ててライトが照らす岩壁へと視線を走らせる。
言われてみれば、確かにそのあたりの壁面は凹凸が綺麗に均され、崩落しそうな箇所を削り、補強を施されているように見えた。
もう、一度背後を振り返ると、犬養青年が無言のままひとつ頷く。
マグライトを操り、周囲をぐるりとひと巡り、光のビームが撫でる。
蛍光色の光が照らし出したのは、同様に整えられ、補強された隧道の岩壁。
―――いつの間にか天然の海食洞は、通路として整備された、海中トンネルへと変貌していた。
その光景に、一同が思わず息をのむ。
「やっぱり、ここは・・・!」
「『深泥族』の真なる拠点、いわば裏の片洲へと、我々は足を踏み入れたようですね・・・」
「わっわっしてきたばい!」
「早く先に進もうよー!」
ぼくが漏らしたつぶやきに、真剣な調子で犬養青年が応じる。
一方、シリアスな空気なぞお構いなしといった調子で、梓と西郷どんの二名はすっかりウキウキしていた。
二人とも、この先に待ち受ける光景に思いを馳せているようだ。
思わず顔を見合わせ、困ったように笑うぼくと犬養青年。
「・・・進みましょうか」
「あまり緊張してばかりじゃいざという時、落ち着いて対処できないかも知れませんし、ね」
互いにひとつ頷くと、再び前方へとマグライトの光を向ける犬養青年。
ぼくは進むべき方向を再び見据えると、ゆっくりと移動を開始するのだった―――
今週はここまで。




