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お釜大戦  作者: @FRON
第五章 ダゴン・マル・アズサ 北海の大決闘!!
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∥005-44 再び、影覆う町へ

#前回のあらすじ:OH,マイキー!



[マル視点]



県道沿いに車を走らせること、数十分。

ぼくらは1日ぶりに、影覆う町―――片洲(カタス)の地へと戻ってきた。


窓ガラス越しに、外を流れる景色に目を向ける。

道路の右手に見える林の緑に混じり、簡素なトタン屋根の倉庫や、こじんまりとした家屋の姿がちらほらと見え隠れしていた。


現在時刻は午前中、朝方の清涼な空気の残る、清々しい晴天である。

しかし、通りには通行人の姿が見当たらない。


昨日見かけたような、平目顔の住人達は一体、何処へ行ってしまったのだろうか・・・?


首を傾げるぼくを乗せたまま、車はすいすいと林の間を進んでゆく。

そうこうするうちに、唐突に車はスピードを落とし、やがて道の真ん中へと停車した。


何事かと前を見れば、同じように停車した車のテールランプが、ずらりと列になって前方に並んでいる。

その更に前方には、目に鮮やかな真紅のパイロンと、その前に立ち交通整理に追われる警備員の姿があった。


どうやら、工事により発生した一時的な片側交互通行が、この車列が出来た原因のようだ。

アイドリング中のエンジン音に耳を傾けつつ、一向に動かない車列を眺めていると、唐突に隣から肩を叩かれ、反射的にそちらを向いた。



「先輩先輩、アレ!」


「あーちゃん?あれは、昨夜の・・・?」



大きな瞳をまっすぐこちらに向けているのは、ぼくの後輩こと、羽生梓(はにゅうあずさ)その人だった。

両目をぱちくりと瞬かせた彼女は、まっすぐに前を指差している。


つられて視線をそちらに向けると、パイロンによって仕切られたラインの奥に、この混雑を造り出した『()()』の姿を見つけ、ぼくは思わずぎょっと目を見張る。

そこは十数Mにわたり、大きく陥没したアスファルトの道路がクレーターを形作っていた。


昨日、嵐の中で目にした、見上げるような魚頭の巨人(ディゴン)の姿を思い起こす。

たったいま目にした惨状は、あの時、巨人が残した爪痕と寸分たがわぬものであった。


あれが夢や幻などではなく、現実にあった出来事なのだと。

今更ながらに戻ってきた実感に、背筋を冷たい汗が伝う。



「マル君。あれは・・・件の『()()』が?」


「ええ、間違いなく。ぼくがこの目で見ました」


「私自身、彼奴を遠目に目撃してはいるが―――。聞きしに勝るとは、まさにこの事ですね」



犬養(いぬかい)青年が呟いたきり、車内を沈黙が満たす。

やがて、警備員の隣に設置されたランプが青色に点ると、車列は再びゆっくりと動き始めた。


右手を通り過ぎてゆく、巨大なクレーターを何とも言えない気持ちで見送る。

ようやく工事区間を抜けると、先程までの混雑がウソだったかのように、道を行き交う車の列はスムーズに流れ始めた。


それに伴い、道路を行き交う車の数はまばらになり始め、やがて道を走るのはぼくらの車のみとなった。


昨日も感じたが、田舎道とは言え、この辺りの車通りはやけに少ないような気がする。

そんなぼくの疑問を察したのか、犬養青年がぽつりと呟きを漏らした。



「以前は、この辺りもそれなりに栄えていたそうですが・・・。内陸側にバイパスが開通してからは、めっきり交通量が減ってしまったようです。現在こちらの道路が使われるのは、専ら、バイパスが混雑している時の迂回路としてだそうですよ」


「なるほど・・・、いわゆる田舎町あるあるですね。うちの地元でも、似たような話を聞いたことがあります」


「う~ん。あたしはこの道、好きだけどなぁ・・・。海も見えるし!」



―――そんな、益体も無い雑談に華を咲かせる中。


黒塗りの高級車は県道を外れ、海側へ向かう細い路地へと入ってゆく。

やがて、見覚えのあるうらぶれた町並みが視界に入ってきた。


影覆う町、片洲だ。

因縁の土地に足を踏み入れ、一同に緊張が走る。


軽自動車でもすれ違いできるかも怪しい、狭い道路の両側には、若干年季の入った小ぶりな家屋が密集して立ち並んでいる。

珍しく、木製の電信柱の間には、黒く電線が伸び、海風に揺られている。


そのどれもが、昨日目にした通りの光景。


だが、町の通りにも、通りがかる家屋の軒先にも―――

今は、人っ子一人見当たらなかった。


異様な静けさの中、車は進み続ける。


途中、昨日立ち寄った雑貨屋が目に入る。

しかし、その入口の前には、錆の浮いたシャッターが下ろされていた。


あの時は何匹か見かけた野良猫も、何かを感じ取ったのか姿を見せない。

ぼくらを除き、完全に無人となったかのような町。


しかし―――視線を感じる。



「誰も、居ないようですが―――」


「あーちゃん。相変わらず、建物の中から見られてる感じ?」


「うん。なんだか昨日の時より、警戒されてるみたいー・・・?」



どこか奇妙な光景に、首を傾げる犬養青年。

一方、お馴染みの直観力を発揮する梓に確認を取ると、肯定が返ってくる。


やはりと言うべきか、姿の見えない住人は、家内に引きこもっているようだ。

この分だと、今朝彼女が口にしたように、一軒一軒訪ねて回る方法では交渉を進める余地は無さそうである。



「まあ、あれだけ暴れたんじゃし、警戒もさるっじゃのう」


『くぅ~ん・・・』



窓ガラスにおでこをくっつけたまま呟く梓に、助手席で腕組みしたままの西郷(せご)どんが答える。

同意するように鳴き声を上げるツンに、少しの間思案した犬養は、ぽつりと呟くのだった。



「進みましょう。やはり予定通り、海底洞窟を探した方が良さそうです」




  ・  ◇  □  ◆  ・




車は更に進む。

町並みを抜け、町はずれの舗装されていない砂利道の上を、ガタガタと車体を細かく揺らしながら走り続ける。


やがて、道の両側にススキの生い茂る、見覚えのある場所へと出た。

手元のタブレット端末に表示された地図と、周囲の地形を照らし合わせると、犬養青年は顔を上げ、車内の面々へ視線を巡らせた。



「・・・到着したようですね。ここから先に進んだ岸壁に、件の洞穴がある筈です」


「ここは―――」



道端に停車した黒の高級車から、ぼくたちはめいめいに降車し、周囲を見渡した。

ひときわ強く吹いた海風に煽られ、ススキの細長い葉がたなびいている。


砂利道の奥には、ひっそりと佇むようにして、()()()()を祀る社が存在していた。

しかしあの時、夕焼けに染まる空の下で見た、()()()()()()()()()()()の姿は今は無い。


無言のまま、ぼくらは小さな社の前に足を進める。

一歩進み出た犬養青年は腰をかがめると、その中に鎮座する黄金色の神像を覗き込んだ。



「これが―――深泥(ミドロ)の祖霊、『泥艮(ディゴン)』」


「なるほど、確かに人の身体に魚の頭じゃのう」



社の前に陣取り、しげしげと神像を眺める犬養と西郷。

そんな二人をよそに、あっちに行ったりこっちに来たり落ち着きなく動き回っていた梓が、社の裏手を指差し声を上げた。



「ねぇねぇ!あそこ、奥に行けるみたいだよ?」


「えっ?」



見れば、社の裏手はススキ野が途切れ、松林となっている。

その奥には、坂道に細い丸太を一列に打ち込んだだけの、簡素な階段が続いていた。


階段の手前から見上げると、ざわめく葉擦れの音に交じり、かすかに潮騒らしきものが耳に届く。



「波の音が・・・?」


「行ってみましょう」



ぼくらは互いに頷き合うと、一列になって階段を昇り始めた。

急勾配の坂をやっとの思いで登りきると、階段が途切れたあたりで、急に視界が開けた。


ぼくと梓が揃って歓声を上げる。



「「わぁ―――!」」


「これは・・・絶景ですね」



松林を抜けた先は、海岸に沿って伸びる小高い岸壁の上に繋がっていた。


弧を描くようにして続く岩壁の直下には、深い青色を湛えた海が広がっている。

寄せては返す波は岸壁に当たって白く濁り、上昇気流に乗ってここまで潮の香りを運んでくる。


嵐の名残を感じさせる強風につられ、空を見上げてみれば、抜けるように青い空に羽を広げた鳶の群れが、ゆっくりと円を描くようにして飛び交っていた。

犬養青年の言葉通り、なんとも壮大な光景だ。


しかし、何時までもそうしている訳にも行かない。

眼下へ視線を下ろし、目を凝らして見渡してみたが、洞穴らしきものは一向に見当たらなかった。



「観光はさておき。お目当ての洞穴は・・・?むむむ」


「見当たらんのう」


「もしかすると、入り口は完全に海中へ没しているのかも知れませんね」



ぼくの一言をきっかけに、皆がそろって眼下で白波を立てる海面を覗き込む。

他の皆もやはり、洞穴の入口を見つけられないようだ。


犬養青年のいう通り、海へ潜らないと見つけられない場所にあるのかも知れない。

だが、海中を領分とする『深泥族』ならいざ知らず、荒海に潜って洞穴を探すなど、常人には土台無理な話である。


だがしかし。

この中には唯一人、それを可能とする人物が居た。



「ここは一つ、清水の舞台から飛び降りるつもりで・・・ぼくが行くとしますか!」


「えっ、ダメだよ先輩、危ないよ?」


「ふむ。・・・行けますか?マル君」



どん、と胸を叩くぼくに、心配そうな声を上げる後輩。

心配はもっともだが、こちらは既に、夜の波止場で似たような事を経験済みだ。


今回はちと距離が高めだが、水球の制御をしくじって空中に放り出された時と比べれば、まあ大したことは無い。

ぼくの言葉に真っすぐこちらを覗き込んだ犬養青年は、ぼくの微笑みに無言のまま頷いて見せた。



「では・・・お任せします」


「任されました!―――【神使】(ファミリア)メルクリウス!!」


『・・・!!』



ぼくの言葉に呼応し、海面が一瞬、()()()()()()()()()()に包まれる。

そして、表層に近い海水へ己の半身が宿ったことを確かめると、ぼくは意を決して岸壁から飛び降りるのだった―――!



今週はここまで。

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