∥005-43 車内にて
#前回のあらすじ:でぃすぱっち!
[マル視点]
「坊ちゃま、それとお友達の皆様。簡単ながら朝食を用意いたしました、お召し上がりください」
別荘の玄関より出発して、十分程経った頃。
車内のシートにて心地よい揺れに身を任せていたところ、運転席から落ち着いた雰囲気の声が上がり、そちらに目を向ける。
見れば、運転席の老執事―――保科さんが用意したのか、運転席と助手席の間に位置するプラスチックのボードに、二つのバスケットが置かれていた。
今も彼はハンドルを手にしたままだというのに、器用なものだ。
一早くそれに気付いた助手席の巨漢―――西郷どんが蓋を開ける。
中には、所せましとサンドイッチが詰め込まれていた。
バスケットの中を覗き込んだ面々から、思わず感嘆の息が漏れる。
「うむ、頂こう」
「ありがとう!うまい!」
「もう食べてる・・・。あ、頂きます」
「いただきまーす。おいしい!」
よく出来た家令を労う犬養青年の言葉を皮切りに、皆が口々にお礼を言いつつサンドイッチを手に取っていく。
大ぶりのバスケットの一つは、瞬く間に空になってしまった。
ぼくもまた、用意してくれた執事さんに一言お礼を言いつつ、大口を開けてサンドイッチにかぶりつく。
薄切りのパンを何層にも重ねたその間には、ローストチキン、ベーコン、チーズ、シャキシャキのレタスに輪切りのトマト、ピクルスと、色とりどりの具が挟まれていた。
それらの味を、マヨネーズをベースとした酸味の利いたソースが一つにまとめている。
物凄く、美味しい。
思わずほっぺが落ちてしまいそうなくらいだ。
ぼくは一口頬張って目を丸くすると、ガツガツと残りを一気に食べきってしまった。
ごくりと呑み込むと、ほう、と恍惚としたため息が漏れる。
「・・・ふぅ、満足満足―――してなくも無い、かな?」
ボリューミーなサンドイッチだったが、一つ食べただけでは正直、まだ少し物足りない。
食べ切れるか微妙な所ではあるが、素晴らしい味もあり、出来ればもう一つくらいは貰いたいのが正直な所だった。
そんな魂胆を抱えながら、ぼくはもう一つのバスケットへちらりと視線を送るが―――
時すでに遅し。
バスケットは両方とも既に空になっていた。
あれだけあったサンドイッチの山は、全て乗客の胃袋へと消えた後だ。
おのれ。
「皆、そのままで聞いて欲しい」
もう一つくらい、あらかじめサンドイッチを確保しておくべきだった―――
そんな懺悔の念に囚われ悶えるぼくを尻目に、良く通る声が車内に響く。
視線を向けた先では、犬養青年が再び口を開くところだった。
乗客たちの視線が、彼の前へ一斉に集う。
「本日向かう目的地―――片洲について。我々には政府による虐殺作戦阻止の為、先んじてかの町に潜む『深泥族』達とコンタクトを取る必要がある。よって、最初の目的は彼等の潜伏場所を探る事となります」
「ねぇねぇ。それって、お家に訪ねていってお話しするんじゃダメなの?」
「―――ふむ」
授業でも受けているかのように、右手を勢いよく上げる梓。
それに犬養青年は少し考えると、かぶりを振って答えた。
「それも一つの手段ではありますが・・・。やはり、確実に説得するのであれば、彼等の中心人物が居る場所へ直接、踏み込むことが望ましいでしょう」
「町の中にある家屋には、リーダーにあたる人は居ないって事ですか・・・?」
「うむ」
彼の言葉に、ぼくは昨日の夕方頃、梓と二人で歩いた町並みを思い起こす。
彼女の談では、点在する家屋の中からじっとぼくらを観察する『何者か』―――恐らくは潜伏している『深泥族』が居たという。
しかし、言われてみれば確かに、夜に目にした程の大人数が隠れるには、いささか建物の数が心許なかった。
犬養青年が再び口を開く。
「あの町は、敷地面積こそれなりですが、いかんせん家屋がまばらで、その数も然程多くは無い。とてもではないが、総数を収容するにはとても足りないでしょう。・・・私は何処か別に、『深泥族』の主となる潜伏先があると見ています」
彼はそう言うと、A4サイズのタブレット端末を取り出し、片洲周辺の地図を画面に呼び出しながら説明を続ける。
地図商には、家屋を示す四角いシンボルが道路沿いに点在してはいるが、確かに言う通り、その数は少ない。
ぼくと梓はそろって眉を八の字にしながら、液晶画面に映し出された地図と睨めっこを始める。
やがて、何かを思いついたように拳をぽんと叩くと、後輩の少女は素っ頓狂な声を上げるのだった。
「ん~~む~~・・・。お魚のヒトが隠れる、場所?―――あ、そうだ!グー〇ーズ!!」
「あーちゃん?何か気付いたの・・・?」
「隠し入り江だよ!海賊の財宝の隠し場所!!映画でやってた!」
「海賊・・・?梓君、それは一体どういう事かね?」
彼女が思わず叫んだのは、恐らく一昔前の楼蘭映画のタイトルだろう。
若干記憶があいまいだが、確か、悪ガキ軍団が倭寇の財宝を巡って地元のギャング団と小競り合いを繰り広げ、その末に洞窟の奥にある隠し財宝を見つけ出す―――そんな内容だった筈だ。
当時としては結構なヒット作で、TVを点ければ頻繁にタイトルテーマが流れていた記憶がある。
とは言え、ぼく自身保育園にも通っていない頃の話なので、流石に内容までは朧げだ。
彼女はそんなぼくより更に一歳歳下なので、多分言っているのは、再放送のロードショーを見た時の事だろう。
そこまで考えを巡らせたところで、ぼくはようやく彼女が言わんとしているところを理解した。
「えっと―――。多分、海底洞窟?海食洞?みたいなものの事を言ってるんだと思います。『深泥族』は水棲種族だし、海と地上の両方から出入りできる、隠れ家みたいな地形ががあるなら、そこが本命の拠点になってるのかも。・・・って言うか、あの場所は元々、それがあったから『深泥族』が棲家に選んだ可能性も・・?」
「・・・なるほど。―――保科!」
「心得ております」
―――海食洞とは、波の浸食により細長い洞穴が形作られた地形のことを指す。
例の映画のクライマックスシーンで、隠し財宝が見つかる場所が、そういった海に面した洞穴の奥だった筈だ。
・・・いや、侵入口は地上側にあって、そこから進んだ洞窟の行き止まりの壁を崩すと、海に出られる仕掛けだったような?
なにはともあれ、要はそういう、地上からは見つけにくいが、海からは出入りが自由な―――そんな場所があるのではないか?という話である。
一方。
ぼくの拙い説明でも理解して貰えたのか、犬養青年はひとつ頷くと、運転席へ声を掛ける。
「・・・地理分野の7番資料をご覧下さい、坊ちゃま」
「ご苦労」
阿吽の呼吸で答えた老執事に頷くと、ボードの引出しからプラスチック製のケースを取り出す犬養青年。
ケースに収められていた小型記憶媒体のうち一つを抜き出すと、青年はタブレット端末のスロットにそれを素早く差し込む。
しばしデータの読み込みを挟んだ後、新たに表示された図に、その場の面々は食い入るようにして見入るのだった。
「これは、一体・・・?」
「国土地理院の調べた、海岸沿いの地形を網羅した資料です。その中でも片洲周辺に関するものは―――あった」
青年が指し示す地図上の一点に、車内からの視線が集う。
そこには、日本海に面した岸壁から細長く伸びた、海底洞窟の存在が示されていた。
「ここが恐らく―――『深泥族』の潜伏場所です」
今週はここまで。




