∥005-42 出立
#前回のあらすじ:そういえば同胞助けたって言ってたね。
[マル視点]
影に覆われた町―――片洲にたどり着いた日の、翌朝。
犬養家所有の高級別荘で一晩を過ごしたぼくたちは、玄関前に集合していた。
「お早う、昨晩はよく眠れたかね?」
「はよー!グッスリだったよー。ベッドも枕もフッカフカだった!」
「おふぁよ・・・。」
上品なクリーム色のポロシャツに身を包んだ犬養青年は、早朝の爽やかな空気の中さわやかな笑顔を浮かべている。
朝の挨拶をする彼に向かって、しゅたっと元気に右手を上げる梓の服装は、宿から脱出した時の浴衣風館内着から、学生服の上下に戻っていた。
―――昨夜のことだが、サウナルームから真調が忽然と姿を消した、その後。
更衣室の一角から、ぼくと梓の私物一式が見つかったのだ。
状況から見て、別荘に侵入した真調が持ち込んだものだと思われる。
奴の置き土産の中には財布等、衣服以外の持ち物も含まれていた。
流石に怪しいと思い、使用人の皆さんと手分けしてひととおり調べたのだが、発信機の類は一切仕込まれていなかった。
持ち去られた物も、見たところ無いようだ。
一体、どういうつもりなんだろうか。
真調の意図がいまいちわからない。
心の奥にしこりのような疑問を感じながら、ぼくは小さくあくびを噛み殺した。
「ぼくはちょっと寝付くまで掛かったかな?枕が変わると勝手が違って・・・ふぁあ」
「おいどんはいつも快眠でごわす!のう、ツン!」
『わふっ!』
寝床の具合を報告する面々に、相槌を打つようにして短く鳴く柴犬のツン。
とかく目まぐるしかった昨日であるが、それから一夜明け、今日にまで疲労を引きずっている者は居ないようだ。
ちなみに、就寝後の夢の中―――
すなはち【夢世界】にて、ちょっとした一幕があったのだが、それはまた後の機会に説明するとしよう。
・・・そうこうしているうちに、玄関先へ昨日も見た黒塗りの高級車が、ゆっくりと近づいてくる。
ぼくらの目と鼻の先に停車した高級車から、ロマンスグレーの執事が姿を現すと、主たる青年にむかってうやうやしく一礼して見せた。
犬養青年は、それに無言のまま頷き返す。
そうしてこちらに振り返った彼は、さて諸君、と前置きを口にすると、今日一日の行動予定を語り始めるのだった。
ぼくらは今日。
今一度、影覆う町―――片洲へと乗り込むことになる。
青年の良く通る声が、早朝の涼やかな空気の中響く。
「かの町における我々の行動目的は三つ。
第一に―――片洲町における『深泥族』の潜伏場所を見つけ出すこと。
第二に―――彼等がかの施設を襲撃する、その理由が何かを確かめること。
第三に―――可能であれば彼等を説得し、襲撃を止めさせること。
その他、状況に応じて相談しつつ、臨機応変に対応していく事になるでしょうが・・・。各々、異論はありますかな?」
そこで一旦、言葉を切ると、犬養青年はこちらの顔を一人ずつ見渡す。
昨晩のぼくの言葉をきっかけとして、談話室では全ての情報の洗い直しと、行動目的の再設定が行われていた。
誰と戦い、誰を助けるのか、それを改めて話し合ったのだ。
―――あの町では密かに、政府による『深泥族』に対する虐殺計画が進められているという。
それを止められるとすれば、事前に情報を入手することが出来た、そして中立的な立場にある、ぼく達だけだろう。
昨晩と同じく、決定された方針に否を唱える者は居なかった。
居並ぶ面々から、口々に勢いよく声が上がる。
「無いでごわす!」『ウォンッ!』
「あたしもー!」
「ぼくも同じです。自分にどこまで出来るかわからないけれど・・・。後悔はしたくないから、力の限り頑張ります!」
「・・・ありがとう」
その言葉に感極まったように目を瞑ると、天を仰ぐ犬養青年。
しばしの後、再び開いた彼の瞳には、燃えるような強い光が宿っていた。
「―――最初に、懺悔しなければなりません。・・・私はあの町で、何が起きているかを、以前から知っていました」
「!」
双眸に宿る光が、わずかに揺れる。
―――それは、内心の乱れを表すかのように。
しかしすぐに、揺らぎは瞬く熾火のように、静かで、それでいて力強いそれへと変化した。
「かつて、私は世を正し正道を布く為、註すべき悪を求めました。その過程で知ったのです、かの町を舞台とした―――巨大な利権構造の存在を。犬養家の長子として、政治家の卵として。我が国をより良くする為に、自分に何が出来るのか。それを測る為の試金石でした。ですが―――その規模に、敵の強大さに、私は一度、諦めてしまった」
「犬養さん・・・」
「ですが、もう逃げません」
瞳の奥に、再び火が熾る。
力強い仲間を得た今。
正義の心を宿す青年の、その歩みを止める障害は存在しなかった。
「出陣です。―――目指すは片洲、全ては力なき民の為に!!」
今週はここまで。




