∥005-41 ラウンジにて
#前回のあらすじ:壁抜けバグで逃げられた訴訟。
[マル視点]
「なるほど、中でそげん事が・・・」
「大丈夫ー?(ぱたぱた)」
犬養家所有の別荘内部、その一角に位置する談話室にマル達は居た。
中央に置かれたテーブルを挟み、白のバスローブに身を包んだ犬養青年と、ゆったりした浴衣に身を包んだ筋骨隆々の巨漢、西郷が向き合っている。
彼にはつい先程、サウナルームで起こった出来事をひととおり説明し終えたところだ。
一方。
長時間サウナルームに居たせいか、真調が姿を消した直後にぼくはダウンしてしまい、浴場を出た後ここで一休みしていた。
ソファーの上にぐってりと横になったぼくの枕元では、手にうちわを持った梓がパタパタと風を送ってくれている。
二人とも、湯浴み着からゆったりしたバスローブへと着替え、手元には水分補給用のジュースが入ったボトルが配られていた。
ぼくはそれを一口飲み込むと、ゆっくりと身体を起こしてソファーの上に腰かけた。
熱中症が少し残っているのか、景色がぼんやりと霞が掛かっているようだ。
ちょっとだけめまいがする。
「もう、起き上がって大丈夫なのかね?」
「な、なんとか・・・。休ませて貰ったお陰で、話すくらいなら」
心配そうにこちらを見つめる犬養青年に、ぼくは多少ひきつった笑みを返す。
ぐらぐらする頭に活を入れつつ居住まいをただすと、改めてその場に居並ぶ面々を見渡した。
「それよりも。真調・・・あいつの言ってた話、どうするんです?」
「あの町の住人ば皆殺しにせい、ちゅう話か」
「ナンセンスだ、聞くまでもありません」
サウナルームで真調が口にした、片洲に潜む『深泥族』を殲滅するという内容の―――『試験』。
それに従うか否かを問う言葉に対し、その場の全員が否定の意を示した。
ぼくだって同じだ。
極悪人相手ならいざ知らず、特に悪い事もしていないのに、政府にとって都合が悪いだけで殺されていい道理など有る筈がない。
・・・彼等に町中をさんざ追いかけまわされたのは確かだが、それはそれ。
こうして今は五体満足だし、死んでほしいと思う程の事でもない。
何はともあれ、全会一致で真調の提案を聞かない事にしたぼくらは、決意も新たに互いに頷き合うのだった。
「とは言え。そんな頭の悪い事をやっちゃいそうなのが我が国、なんだよなぁ。・・・犬養さん、あなたの目から見て、あいつの言ったような事をお上が命令する可能性って、あるんです?」
「ふむ―――」
犬養青年は端正な顎を指でつまむと、小首を傾げて思案を始めた。
虐殺命令を突っぱねることに決めた訳だが、何事にも裏取りは重要だ。
流れから、すっかり陰謀劇に巻き込まれてしまっているが、ぼくもあーちゃんも一介の学生の身。
今後、どんな行動を起こすにしても、知識も経験も圧倒的に足りていないのだ。
その点、彼は大金持ちの家の子であり、なおかつ政治方面に明るいようだ。
これ幸いと、真調の言った内容について、信憑性を確かめる相手として白羽の矢を立てた訳だった。
「恐らくだが、事実だろう」
「そっかぁ・・・」
予想通り、真調の話を裏付ける犬養青年の答えに、ぼくらは揃って難しい表情になる。
政府の言いなりになって『深泥族』達を虐殺するなどもっての外だが、自分たちがやらなかったとしても、恐らく結果は同じだろう。
このままだと、彼等の命運は絶体絶命ということになる。
「でも、こっちが言うこと聞こうが聞くまいが、どのみちこのままだと大虐殺が起きちゃうって事ですよね?」
「止めなくちゃ!」
「でも―――どうやって?相手は国だよ?」
むん、と気合を入れて阻止を叫んだ梓に、ぼくは疑問の声を上げる。
たとい山のような巨人が居たとしても、相手は政府。
やろうと思えばいくらでも乱暴な手段が取れてしまう。
まとめて爆撃でもされてしまえば、それこそ一巻の終わりだ。
・・・かと言って、このまま手をこまねいているつもりはない。
少なからず事件に関わった身として、非道な行いをこのまま座視している訳にも行かないのだ。
では、具体的にどう行動するのか―――?
そうなると、すぐに思いつかないのが素人の限界だろうか。
ぼくの一言を最後に、その場に沈黙が満ちる。
しかしそれを打ち破るようにして、一人の少女が声を上げるのだった。
「―――あ!はい、はいっ!」
「あーちゃん?何か思いついたの?」
「うん!えっと・・・」
片手を元気よく上げた少女に声を掛けると、彼女は満面の笑みを浮かべる。
そして口元に指を当てて思案顔になると、虐殺を止める為の『案』を口にするのだった。
「あのね、あたし達が昼間見た建物でお魚のヒトが暴れてて、それを政府のエラい人がやっつけろー、って言ってるんだよね?」
「まあ、そんな感じじゃのう」
「なら、あたし達がお魚のヒトを説得して、暴れるのを止めてもらえばいいんだよ!そうすれば、やっつけられる理由も無くなっちゃうでしょ?」
「ふむ―――」
彼女の案に、犬養青年は視線を上に向けてしばし考え込むようなそぶりを見せる。
しかし、すぐに首を振ると再び口を開いた。
「それは、少々難しいかも知れません。『深泥族』達は、故郷を汚染された恨みで行動している筈。それを説得するとなると、相応の時間と、労力を掛けねば和解に至る事は出来ないでしょう」
「そっかー・・・」
「いや・・・ひょっとすると、行けるかも」
「マル君、それは一体・・・?」
にべもなく却下された案に、落胆した様子でぐってりとうなだれる梓。
一方、ぼくはあることに気付き、彼女の提示した案に可能性を見出していた。
ぼくが発した一言に、周囲からの視線が集まる。
「夕方頃の事ですが・・・。ぼくとあーちゃん・・・梓は、『深泥族』とおぼしき人物と言葉を交わしています」
「ナマズのおっちゃんのこと?」
「うん、そうだね。・・・彼はとても理知的な方で、少なくとも、人間全てに対する憎悪にかられているような様子は見られませんでした。その後の、夜間の襲撃のせいですっかり忘れてたけど、真調が言うように人間への憎しみを募らせているという『深泥族』のイメージと、彼の様子との間でどうにも、ちぐはぐな感じがするんです」
「・・・確かに、彼等の目的と行動に不可解な点が残ることは確かです。しかし、偶々その方だけが、温厚な性格だったのかも知れません。判断材料としては少々、弱いと言わざるを得ないでしょう」
「勿論、それだけじゃありません」
ぼくは一旦言葉を切ると、日中にあの施設で見た光景を思い起こす。
敷地内に大勢居た、すっぽりと身体を覆う作業着に身を包んだ人々。
彼等は皆一様に、脚の骨格に奇形でも抱えているかのような、よたよたとした歩き方をしていた。
「そもそも―――やり方がぬるすぎるんです。これまでに聞いた被害と言えば、辺鄙な所にある建物を壊して、人を攫うだけ。人類全てが憎い、と言う割にはやる事が小さいというか、ちぐはぐなんですよ」
「・・・本当の動機は別にある、と?」
「はい。それと、件の施設ですが―――中で働いてる人の大半は、『深泥族』かも知れません」
「何だって―――!?」
ぼくの言葉に、がたりと席を蹴って犬養青年が立ち上がる。
あの時、マスクの隙間から見えた作業員の顔は、片洲町でよく見かけた平目顔だった。
彼等が皆、『深泥族』だとすれば―――いろんな前提がひっくり返る事になる。
「つまり―――彼等は、人間が憎くて襲撃を仕掛けたのではなく。施設内部から同胞―――『深泥族』を連れ出す為に、襲撃したのでは?と、いう事です」
今週はここまで。




