∥005-39 誘導
#前回のあらすじ:推理タイム!
[マル視点]
「・・・被害者と加害者が逆、とは。それは一体どういう事なのかね?」
たくましい上半身を晒しつつ、腕を組み首をかしげる犬養青年。
その奥では、同じくしわくちゃの裸身に、白のタオルを首に掛けただけという恰好で、真調が意味深に微笑んでいた。
奴がどういうつもりでこの場に現れたかは不明だが、今はひとまず、犬養青年への説明の方が先だ。
彼の言葉にゆっくりと頷くと、ぼくは疑問に答えるべく話を再開するのだった。
「あの港町・・・『片洲』で、ぼくらは無数の【深きもの】によって襲われました。こうして辛くも逃げ切ることができた訳ですが・・・。あれからぼくは、何故、彼等があの町に潜んでいたのか。何故、ぼくらが襲われたのかについて、ずっと考えていました」
「ふむ。・・・それで、その疑問に答えは出たのかね?」
「はい」
犬養青年の質問に、ぼくは頷きを返す。
「あなたからさっき、あの町には陰謀が渦巻いてるんだ、って話を聞いた時。一連の出来事には黒幕みたいな奴が居て、そいつが秘密を守る為に、【深きもの】を刺客として差し向けてきたのかと、そう思ってました」
「私も、そう考えていたが・・・違うのかね?」
「はい、違います。彼等は恐らく―――逃げてきたんです」
「何?・・・それは、一体何処から?」
「―――海です」
会話の最後にぼくが告げた言葉に、犬養青年の顔色が変わる。
考え込むようにして、顎の先をなでる彼の背後では、意味ありげに裸身の中年男がニヤニヤと嗤っていた。
じっくりと考え込んだ後、ぽつりと零した青年の言葉に、ぼくはシンプルにその一言で答えた。
「より正確に言うなら―――海の底奥深くから。確認ですが、山間にあったあの施設は、密かに海へと核のゴミを投棄するためのものだった。そうですよね?」
「ああ、それは間違いない」
「だとすれば。それはバレないようにこっそりと、しかも、核のゴミが見つからないような方法で行われていた筈です。・・・恐らくは、深い深い海の底へと、直接。そして―――あの町の伝承で語られる『深泥族』の故郷もまた、遠い海底に存在する」
「まさか―――!」
はっ、と息をのむようにして、彼の表情がひきつる。
どうやら、犬養青年もまた、ぼくと同じ結論に至ったようだ。
答え合わせをするように、ぼくは再び口を開いた。
「あの施設は、謎の襲撃者によって攻撃を受けていました。車の中から見た、飴のようにひしゃげた重い鋼鉄製の門。あれは恐らく、魚頭の巨人・・・『泥艮』によるものでしょう」
あの施設で見た光景を思い起こす。
ブルドーザーでも通過したかのような、将棋倒しになった木々と、めちゃめちゃに破壊された建物の残骸。
あれも、暴風雨の中遭遇したあの巨人がやったのだと考えれば、辻褄が合う。
「ですが、『深泥族』は本来、【深きもの】の中でも地上に興味を持たない、温厚な種族だと聞いています。でも、もし・・・それが外部からの攻撃を受けていたら?海底都市『深泥都邑』を放射能で汚染した加害者が、人間だと知ったら?復讐の矛先は、ぼくたち人間全てに向けられる。―――そうじゃないんですか?真調さん」
「キヒヒヒヒ!さぁて・・・どうでしょうかねぇ?」
【深きもの】は永い寿命に、ほとんど病気に罹る事の無い身体を持つという。
だが、重度の放射能汚染を齎す高レベル放射性廃棄物によって、故郷を汚されたとしたら?
容易に考えられる彼等の行動は、復讐だ。
加害者と被害者があべこべだと言った、その真意がこれだった。
ぼくらは唐突に怪物による襲撃を受けたのではなく、彼等にも然るべき理由があり、やり場のない怒りを向けられた結果があの出来事だった。
あくまで状況証拠からの推察に過ぎないが、それが事実かどうかは―――知っている人物に聞けばいい。
鋭く視線を向けると、猿顔の男は楽しそうに肩を震わせ、こちらをふてぶてしく見つめていた。
突然、水を向けられたにも関わらず、その表情には一辺の焦りも感じられない。
その反応に確信を深めると、ぼくは再び口を開くのだった。
「ずっと、疑問だったんです。真〇中のオカルト公務員を自称する男が、なぜ、あの町に向かったのか?なぜ・・・施設長は、あなたの事を知っていたのか。本当は・・・片洲町に潜む【深きもの】達のことも、彼等と施設長の関係も。・・・海底の都を捨てざるをえなくなった、その原因まで。あなたは全て―――ご存じだったんじゃないですか?」
「・・・うふぅ」
視線が集まる中、猿面の男が低く嗤う。
むせ返るような熱気が立ち込める室内に、軋るような笑い声が再び上がった。
ぱちぱちぱち、と乾いた拍手の音が響く。
「いやぁ―――チミには本当、驚かされてばかりですよ。これなら『次』も期待できそうですねぇ?」
「『次』・・・?一体、それは何の事ですかな?」
「キヒヒヒヒ!そういえばお坊ちゃんの方は、これが初めてでしたねぇ?詳しいコトはそちらの、マル君に聞いてください。ありていに言えば・・・そう。試験、ですよ」
試験。
それは、ぼくが北陸の地へ来るきっかけとなった言葉でもあった。
忘れもしない、警察署の薄暗いトイレの中にて。
鏡の中から覗き込むヘレンちゃんと一緒に、この男はぼくを試すのだと、そう宣言したのだ。
「お前―――まだ、やる気なのか!?」
「ええ、えぇ、勿論ですとも。仰る通り、今や片洲は『深泥族』のひしめく魔窟。彼等が徒党を組んで国有施設を襲撃する現状を、上は大いに憂慮しているのですよぉ。・・・いつ、何時その矛先が、無辜の民へと向けられたらと思うと!恐ろしくて恐ろしくて・・・夜も満足に眠れないという、そんな悲しいオハナシでして。よ、よ、よ」
両手を目元に当てて下手糞な泣き真似をしてみせると、一転、ニタリと邪悪な笑みを浮かべる真調。
その異様な様子にたじろくぼくらを前に、男は低く言葉を続けるのだった。
「それを何とかしろ、と。我々へお上の命が下った次第でして、えぇ。これもしがないお役所勤めの宿命、貧乏くじを引くのはいつも、ボクチンのような清廉潔白な善人ばかりです。世の中、ままならないものですなぁ・・・キヒヒヒヒ!」
「よ、よくもまあヌケヌケと・・・!」
「―――察するに。私ども【イデア学園】にそれを代わりにやらせよう、と。そういうお話しですかな?」
「ええ、えぇ、坊ちゃまの仰る通りですとも。つまり―――」
ぴたりと笑いを収めると、男はぞっとするような眼でこちらを覗き込んでくる。
その口から告げられた次の一言に、ぼくら二人は思わずぎくりと身体を固まらせるのだった。
「皆殺し、です」
今週はここまで。




