∥005-36 ぽかぽか作戦会議・中
#前回のあらすじ:作戦会議、開始!
[マル視点]
犬養家所有の別荘、その別棟にて。
大浴場の一角に造られた足湯にそれぞれ素足を浸しながら、ぼくら4名+1匹は互いに向かい合っていた。
その場に居並ぶ面々の視線が集う先は、この会談の主催者である犬養青年だ。
艶のある黒髪を短く刈り上げた頭髪に、強い意志を感じさせるくっきりとした目元。
目鼻筋はすっと筆で描いたように通っており、年頃の乙女であれば思わず振り替えってしまいそうなイケメンである。
惜しげも無く外気に晒された上半身はほどよく鍛え上げられており、その姿勢は背骨に鉄骨でも入っているのかと思うほどに、ぴしりと整っている。
以前、通学バス襲撃事件で知り合った時にも思ったが、彼は実に目を引く容姿をしている。
これで、リゾートホテルと見まごうほどの別荘を複数持つという、大金持ちの家の生まれだというのだから、正直出来すぎだ。
平凡な中流家庭の生まれとして、羨ましく思う気持ちも無くもない。
しかし今、彼の持つ財力の恩恵に、現在進行形でお世話になっているのが現状である。
ひがみ根性なぞ発揮しているよりは、事態の解決の為と、思い切って頼ってしまった方が良いだろう。
立っているものは親でも使え、って言うしね。
「―――犬養さん達がヘルプに来てくれた、いきさつはわかりました。お陰で助かりました。一時は本当にもうダメだと思ってたから、お二人が駈けつけてくれた時、思わず涙が出るかと思いましたよ」
「(こくこく)」
「なあに、気にすっことは無か!わい等【神候補】同士のよしみばい!!」
「西郷君の言う通り。この程度、当然のことですよ」
改めてお礼を言うと、彼等はそう答え、にこやかに破顔して見せる。
いい人達だ。
隣で無言のまま頷いているあーちゃんと揃って頭を下げると、ぼくは改めて会談を再開する。
ここからは、こちらの状況を説明するターンだ。
「―――それでは、ぼくたち二人が窮地に追い込まれてた理由について。ヘレンちゃんから伝わってる部分もあるとは思いますけれど、情報のすり合わせも兼ねて、改めてイチからお話したいと思います」
「うむ」
「ありがとうございます。それでは―――」
湯舟の向こう岸で、犬養青年が頷いたのを確認する。
ぼくは唇をなめて湿らせると、改めて今朝の一幕から、今に至るまでの状況について、つぶさに説明を始めるのだった。
・ ◇ □ ◆ ・
―――それから、じっくり30分以上。
今日一日を振り返る形で、ぼくとあーちゃんの身に降りかかった、信じられないような出来事の数々を余すことなく語った。
今朝―――登校中に中年男二人組と遭遇。
そのまま連行されて、警察署へ。
署内にて、特高からこってりと絞られること小一時間。
小休止にと向かった先の便所で、まさかのヘレンちゃんとのコンタクトに成功。
猿めいた容姿の男の、驚くべき正体。
覚醒者の管理者を名乗る、現代の獣狩り達。
昼前―――警察署を後にしたぼくと中年二名は、偶然、梓と合流。
ぼくらはそのままなし崩し的に、北陸の地へ。
昼過ぎ―――食事に立ち寄った道の駅にて、ヘレンちゃんと密かに情報交換を実施。
得られたのは、現世で『力』を使う方法と、助っ人について。
午後―――影に覆われた町『片洲』へ到着。
その足で、一行は山間のゴミ処理施設へ。
長閑な風景に似合わぬ巨大施設、その最奥に潜む秘密。
魚類めいた特徴を有する作業員達と、『施設長』なる男。
夕刻―――小さな社の前で出会った、不思議な男。
人身魚頭を象る神像、海底にあるという理想郷。
夜―――豹変する町、道を埋め尽くす【深きもの】。
小山のごとき巨人、異形達が唄う、祖霊を湛える詩。
そこまでを一通り話し終えて、ぼくはふう、と小さく息を吐き出した。
施設の中で目にした『もの』と、岸壁での生田目との死闘については、あえて割愛した。
あーちゃんにとって少々、刺激的な内容を含むからだ。
―――念のため、後で彼女が居ない時に、それとなく伝えておくとしよう。
聞き手である二人の様子をちらりと見やる。
犬養青年は瞑目したまま、今しがた耳にした内容を反芻するように、小さく頷きを繰り返していた。
西郷どんの方は―――よくわからない。
普段と変わりない様子で、にこやかにぼく達二人を眺めているようだ。
やがてぱちりと眼を開くと、犬養青年は深く、噛みしめるようにつぶやくのだった。
「よくぞ話してくれました。本当に―――本当に、大変な目に遭いましたね。君達が今、こうして無事で居てくれて良かった」
「そん状況で生きて帰っとは、わいも大概悪運が強かばい!」
「犬養さん・・・西郷さん・・・!」
「んふふ。良かったねぇ、先輩」
労いの言葉を告げる犬養青年の瞳は、穏やかで優しい光を宿していた。
その隣に座る巨漢の少年は、身を乗り出すとキャッチャーミットのように肉厚な掌で、バンバンとぼくの肩を叩いてくる。
あまりの衝撃に思わずむせそうになるが、その仕草に込められた親愛の情に、不覚にもうるっときてしまった。
そんなぼくの様子を、にこにこと微笑みながら見守るあーちゃんの視線を感じ、ちょっと恥ずかしくなったぼくはぷいと顔を背けるのだった。
「しかし・・・そうか。あの町の内情は知識として知ってはいましたが、そんな事になっているとは・・・」
「・・・それって、【深きもの】達のことですか?」
「―――それを含めて、ですよ」
そこで一旦言葉を切ると、犬養青年はしばし考え込むようにして瞑目する。
やがて眼を開くと、彼は言葉を一つ一つ選ぶようにして、ゆっくりと語り始めた。
―――その内容は、驚くべきものだった。
「・・・マル君。君にはひとつ、謝罪しておかねばならない事があります」
「えっ?」
「私はあの町について、大きな火種となりうる、とある『問題』が起きている事を知っていました。ヘレン嬢から、君達が連れ去られた先を聞いた時。内心『もしや』という予感はあったのですが、まさか本当に巻き込まれてしまうとは・・・。本来ならば、もっと迅速に駆けつけて君達を助ける事も出来たのです。・・・全ては下調べを優先した、私の判断ミスです。本当に、申し訳ない」
「そんな!こうして助けて貰った身として、感謝こそしても恨むような事なんて無いですよ!大丈夫です、貴方は、悪くないです」
「・・・そう言って貰えると助かります」
深々と頭を下げる犬養青年に向かって、ぼくは両手を振って否定の意を示した。
あの町について、あらかじめ知っていることがあったと言えど、彼にそれで何か出来たとは考えにくい。
そのことを伝えると、彼は力なく微笑んだ後に、再び口を開くのだった。
「だが―――君は、山間に位置するあの施設。地図上から抹消されたあの場所の奥で、何か、『あってはならないモノ』を見たのでは無いかね?」
「・・・!!」
「・・・先輩?」
「やはり、ですか」
『あってはならないモノ』。
そのキーワードに、施設の奥で目にした光景が脳裏に浮かぶ。
人気の無い倉庫にびっしりと詰め込まれた容器、表面に記された、放射能マーク。
一瞬でひきつったぼくの表情を見て取るとると、青年は小さくため息をつき、居住まいを正した。
そして声のトーンを落とすと、ひっそりと押し殺すような声で話し始めるのだった。
「マル君。君がそれを眼にした時、梓嬢は側に居ましたか?」
「・・・居ませんでした。ずっと車の中に居たから、ぼくの居ない間に見たりする機会も、無かったと思います」
「それは不幸中の幸いでした。―――しかし、君はこの分だと、うかつに元の生活へ戻る事も出来ないかもしれません」
「えっ?」
「―――それだけの秘密を、君は知ってしまったという事ですよ」
続けて語られたショッキングな内容に、ぼくは思わず小さく叫んでいた。
対する犬養青年は、沈痛な表情でぼくの顔をじっと見つめている。
とても信じられない。
だが、冗談でもこんな事を言う意味はない筈だ。
意識せず、思わず漏れ出た呻きに、青年はじっと視線を合わせながら再び口を開くのだった。
「そんな・・・!」
「相手にどのような意図があったかは不明ですが、恐らくわざとでしょう。もし、君が知り得た情報をマスコミに流した場合。その記事は発行されず、君の元には即座に特高警官が押しかけてくる筈です。何処かでうっかり同じ内容を口にして、それを誰かに聞かれた場合も同じ結果となるでしょう」
「・・・・・・っ!!」
「先輩・・・?」
あの時、猿顔の男が浮かべた、亀裂のような笑みを思い出してしまい、背筋を冷たい汗が滑り落ちた。
ぼくの様子の変化に気付いたあーちゃんが、心配そうに名前を呼ぶ。
それに極力、平静を取り繕った笑顔で応じる。
・・・あの腐れ中年、本当に、何て物を見せてくれたんだ!!
「―――場所を、変えませんか?彼女には聞かれたくありませんので」
「うむ。・・・西郷君!」
「応よ!」
「少し、彼と二人だけで話してきます。その間、梓嬢の事を頼みますよ」
「がははは、任せんさい!」
ひっそりと、小声で伝えた内容にこくりと頷くと、青年は短く声を張り上げる。
それに野太い声が答えるのを確かめると、彼はすっくと立ち上がり、ぼくを真っすぐに見下ろすのだった。
「そういう訳ですので。君も、よろしいですか?」
「わかりました」
「ねぇ。先輩・・・何かあったの?」
青年に続き立ち上がると、そっとぼくの手を、ほっそりとした指が掴んだ。
視線を上げると、不安そうにゆれる大きなの瞳と、視線が交差する。
ぼくのちょっとした様子から、ただ事ではないことを感じ取ったのだろう。
あーちゃんはこういう、無言のメッセージに対する感受性が鋭い。
言葉にせずとも、不安な心を抱える子が居ればそっと寄り添ってくれるような、優しい少女なのだ。
「・・・大丈夫。ちょっと話してくるだけだから、心配しないで」
「・・・うん」
ぼくはそう言い残すと、そっと手を解いて歩みを進める。
一足先に浴場の一角へ移動していた犬養青年が、こちらの様子を目にして小さく頷くと、くるりと背を向けた。
ゆっくりと進み始める逞しい背中。
それを追いかけ、ぼくは歩調を早めながらきゅっと表情を引き締めるのだった―――
今週はここまで。




