∥005-34 おいでよ犬養家所有大浴場(モフモフ付き)
#前回のあらすじ:犬養首相マジ金持ち
[マル視点]
かぽーん。
何処からともなく、謎のSEが聞こえた―――ような、気がした。
勿論、気のせいである。
しかし、そんな幻聴が聞こえるのも無理はない。
そんな光景が今、ぼくの前に広がっていた。
タイル張りの床の上へと、素足のまま踏み出す。
両手を伸ばし、湿気を多量に含んだ空気を胸いっぱいに吸い込むと、僅かな硫黄の匂いが鼻腔をくすぐった。
そう―――
今ぼくは、天然温泉をせいたくに使った、大浴場に来ていた。
「これが・・・金持ちにしか見れない光景・・・!!」
ごくり。
無意識に生唾を飲み込む。
湯殿の正面には、差し渡し5mはあろうかという総檜の湯舟が鎮座している。
並々と注がれた湯の表面は僅かに波立ち、幾筋もの湯気を白くたなびかせている。
その隣には、薬湯らしき翠色がかった色の湯が張られ、更に奥にはジャグジー、足湯など、それぞれに特色のある小ぶりな湯舟が続いているようだ。
一方、反対側はガラス張りの大窓によって仕切られ、その向こうには、天然石で造られた露天風呂が広がっているらしい。
―――しかし、現在はあいにくの悪天候だ。
ガラス窓には今も、吹き付ける風と共に大きな雨粒が叩きつけられている。
こんな状況では流石に、屋外での入浴は無理だろう。
星空を見上げながらの露天風呂はさぞかし気持ちが良さそうだったろうに、本当に残念だ。
荒れ模様の外を眺めつつ、ぼくがこっそり落胆していると、突然、がちゃりと音を立てて露天風呂に通ずるドアが開かれた。
ぎょっとしてそちらを見れば、全身ずぶ濡れになりながらほかほかと白く湯気を立ち昇らせた、丸刈りの巨漢がぬっ、と戸口から姿を現したではないか。
「いっ!?・・・さ、西郷どん?一体何を・・・」
「おお!マルどんじゃらせんか、おいは一足先にひとっ風呂浴びとったばい。いやぁ、やっぱいここの湯は最高ばい!」
「・・・外、大雨ですよ?」
「どちらにせー濡るっなら同じことよ。がははっははは!!」
唐突に姿を現したこの巨漢、影に覆われた町からの脱出でも大活躍した【神候補】の一人、西郷易盛その人である。
―――この別荘に着いた時、車から下りる所までは同行していたこの少年。
何時の間にやら姿を消していたかと思えば、どうやら一足先に温泉を堪能していたようだ。
・・・大雨が降る中で。
どちらにせよ濡れるなら同じ、と豪快に笑う巨漢に、ぼくは呆れ混じりの苦笑で応じる。
その時、西郷の足元から茶色の毛玉がぴょこんと飛び出し、タイル床の上に降り立つとぶるりと全身を震わせた。
見覚えのあるその姿に、ぼくは思わず声を上げる。
「ツン!お前もここに来てたのかー。おーよしよしよし・・・」
「へっへっへ・・・わふっ!」
毛玉の正体―――
それは西郷の【神使】、柴犬のツンであった。
主人と一緒に湯に入っていたのか、しっとりと水気を含んだ茶色の毛並みは、ほんのりと暖かい。
その前に屈みこんで耳の後ろをこしょこしょやると、愛くるしい小動物は潤んだ瞳を気持ちよさそうに細めるのだった。
「おい等は一心同体じゃけえのう、何時でも、風呂の中だろうと一緒ばい!」
「・・・家のおフロならともかく、余所のお湯を借りる時は一言、断っておいた方が良さそうだけどね?そう言えばここ、ペットOKなのかな」
「西郷君に関しては、以前、自由に飼犬同伴で入浴してもらって構わないと伝えてあるとも。―――失礼。先に方々へ連絡を済ませていて、遅くなった」
「犬養さん!」
ぼくが人懐こい毛玉をモフっている所に現れたのは、大浴場の主こと、犬養青年その人だった。
細身ながらに鍛え抜かれた、見事な上半身を晒したまま、ゆったりとした歩調で大浴場の中へと歩いてくる。
その腰には、ダークグレーの海水パンツに似た、湯浴み着が身に付けられていた。
―――先程ぼくも入口で説明を受けたが、この浴場は湯浴み着着用が原則らしい。
ここでは、脱衣所で着衣を脱いでからまずシャワーで体の汚れを落とし、大浴場の中では湯浴み着を着るのだとか。
その代わり、浴場内部は男女共用になっているのだという。
あまり馴染みのないシステムだったが、郷に入っては郷に従え、とも言う訳で。
かく言うぼく自身、今は彼と同じく湯浴み着着用の状態だ。
・・・何故か、西郷どんは純白のふんどしを巻いているのだが。
ツッコミを入れようかどうか、内心悩んでいたところに、入口の方からぺたぺたと響く賑やかな足音に気付く。
そちらを振り向くと、長い後ろ髪をしっぽのように揺らしながら歩いてくる、見覚えのある姿が目に入った。
「先輩おまたせー。・・・うわぁ!すっごい広い!!」
「―――あーちゃん!」
ぼくの姿に気づいたのか、彼女は片手を元気よく振りながら小走りに近づき―――
しかしその途中、大浴場の予想外のスケールに眼をまん丸にして、驚きの声を上げ立ち止まった。
言わずと知れたぼくの後輩こと、羽生梓その人だ。
今は見慣れたセーラー服ではなく、セパレートタイプの水着と似た形状の湯浴み着に身を包んでいる。
薄桃色の湯浴み着には、胸のところにワンポイントで小さなリボンがあしらわれており、可憐な彼女の容姿にとてもよく似合っている。
トップとボトムスの隙間からちらりと覗くおへそが、少々目に毒だ。
長身でスレンダーな彼女が着ると、シンプルな湯浴み着でもまるでファッション誌のモデルのような華があった。
そんな後輩の姿に密かに見惚れていると、西郷の足元に座るツンの存在に気付いたのか、彼女はぱっと瞳を輝かせてしゃがみ込んだ。
「あー!わんこだ!ねぇねぇねぇ、触ってもいい?いい?」
「がっははは、好きにすっがよか!」
「ありがとー!おーよしよしよし・・・」
「ぷっ・・・」
すかさず飼い主に許可を得ると、猫のように目を細めながら思う存分毛玉をモフり始める彼女。
普段から猫好きを公言している彼女だが、実の所犬を含めた愛玩動物全般イケる口だ。
その様子が丁度、さっきの自分自身の姿とダブり、ぼくはついつい噴き出してしまう。
そんな光景をにこやかに眺めていた犬養だが、きりりと表情を引き締めると、ぱん、と胸の前で大きく手を叩く。
周囲の視線が集まる中、青年はおごそかに口を開くのだった。
「―――さて!お集まりの諸君、ご歓談中申し訳ないが、そろそろ本題に入らせて貰いたい。我々日本の【神候補】が置かれている現状と、これからの事だ」
「あ、はい。・・・えーっと、失礼ながらお二人は、ぼくらの窮状をヘレンちゃんから聞かされて、助けてくれた、って事でいい・・・んですよね?」
「おおむね、その認識で間違いない」
犬養青年に対し、恐る恐る確認を取ると、彼は鷹揚に頷きながらそれを肯定してみせた。
やはり、彼等はヘレンちゃんが派遣した助っ人で間違いないようだ。
同じ大日本帝国在住ということもあり、彼等二人が救助役として抜擢されたという事だろう。
この別荘を見るに、犬養青年については、財力面でのサポート能力を買われた部分もあるかもしれない。
しかし、問題はそれだけではないと、青年は表情を引き締めつつ再び口を開くのであった。
「ただ―――事態はもう少し複雑でね。我々はあの地、『片洲』を舞台とした陰謀劇に巻き込まれつつあるのだ。それを認識した上で動かねば、予想だにしない所で落とし穴に嵌ることになりかねないのだよ」
「あの町を舞台にした、陰謀―――!?」
「?」
続けて、彼が口にした言葉にぼくは思わず息をのむ。
その隣で聞き耳を立てる梓の方は、どうにもいまいちピンと来ていないようだ。
―――山間に位置する、長閑な風景と不釣り合いな『ゴミ処理施設』。
その奥に安置されていた、大量の放射性廃棄物。
【深きもの】との混血を表す特徴を持つ、片洲町の住人。
それと同じ形質を持つ、あの施設の作業員達。
点と点がおぼろげに形作る事件の全体像が、今、青年の言葉によってはっきりと像を結びつつあった―――
今週はここまで。




