∥005-32 幕間・とある屑拾いの回想
#前回のあらすじ:助けに来たばい!
今より三百年ほど昔。
越前国(現在のF県付近)の小さな漁村に、孫六という一人の若者が居たという。
孫六は天涯孤独で、流行り病により早々に両親を亡くして以来、村の男衆について漁を手伝いながら、細々と食いつないでいた。
しかし、それだけでは貧しい生活からは抜け出せず、孫六は捨て場からくずを拾い集めては補修し、手押し車に乗せて方々を売り歩いていた。
これを周囲の者はたいそう気味悪がり、『屑拾いの孫六』と呼んで物笑いの種にしていたという。
いくら働けど、楽にならない暮らし。
蔑みを含んだ周囲の眼、寄る辺の無い身上から来る寂しさ。
孫六は鬱々とした気持ちを抱えながらも懸命に働き、雪深い北国を懸命に生き抜いていた。
そんなある日。
大潮の夜を境に、孫六の消息はぷっつりと途絶えてしまったという。
曰く―――姿を消す前、波打ち際で見知らぬ女と語らっていた
曰く―――人買いに攫われ、遠方へ売られてしまった
口さがない者は、好き勝手に孫六が消えた原因をそう吹聴したという。
しかし、年月が流れるうちにそれも無くなり、いつしか孫六の名は人々の記憶から忘れ去られてしまった。
果たして、彼は何処へ消えたのか―――
・ ◇ □ ◆ ・
[???視点]
「お邪魔するわよぉん?」
「フン・・・懐かしい顔だ。もう見ることも無いと思っていたがな」
スチール製のドアが開き、ダークグレーのスーツに身を包んだ男が姿を現す。
その体形はほとんど丸太のように太く、それに比較して手足は奇妙に短い。
後ろ手にドアを閉めると、男は頭の上にちょこんと乗せていたフェルト帽を取った。
つるりと禿げあがった、浅黒い肌が姿を現す。
小皿のようにまん丸な両の眼は瞼を欠き、その表面はうっすらと半透明の膜によって覆われていた。
のっぺりとした顔の中心には点々と二つ鼻の孔が空き、その下には横一文字に厚ぼったい唇が伸びている。
それらの要素が集まり、ナマズめいた、どこかユーモラスな印象の容貌となっていた。
マル少年が一日目の夕方、『泥艮様』を祀る祠の前で出会った人物―――玄華 孫六、その人である。
対する人物は、不機嫌そうにふん、と鼻を鳴らし、座っていた椅子に深く体重を預けた。
ぎしり、とスプリングが悲鳴を上げる。
「それはこっちの台詞よぉん?まさかとっくに切れたと思ってた縁がこんな形で繋がるだなんて、ね」
「ヨリでも戻そうって話か?今更だな。・・・話す事など無い、守衛に突き出されん内にとっとと出てきな」
「ところが、そうは行かないのよねぇん?アタクシは今、里を代表してこの場に来ているの。―――返して貰うわよ、全て」
一旦言葉を切ると、玄華は地の底から響くような声で二の句を告げた。
対する男―――施設長はやれやれ、といったふうに太い首を振ると、デスクに備えつけてあった真鍮製のベルを鳴らす。
人気の無い深夜の施設内部に、涼やかな音色が響き渡った。
やがて、廊下より複数の靴音が近づいてくると、荒々しくスチール製のドアを開け放たれる。
そこから飛び込んできたのは、紺のボディアーマーに身を包んだ男達であった。
皆、一様に防弾ゴーグルを身に着けており、統率の取れた動きで夜間の侵入者をあっという間に取り囲んでしまった。
黒光りする銃口が一斉に、ダークグレーのスーツに向けて突き付けられる。
「莫迦め!儂がこの事態を予想していないとでも思ったか!?」
「あら大変。・・・ところでこれ、銃刀法違反じゃないかと思うんだけれど?」
「その通りだがなぁ、目撃者を消してしまえばどの道同じことよ!―――やれ!!」
私兵達に射殺を命じると、施設長は流れ弾を避ける為、肥満体からは想像もつかないような素早い身のこなしで、デスクの陰へと身を潜める。
それをゴーグル越しに確かめると、男達は小銃の照準をスーツ姿の背中に合わせ、ゆっくりと引き金に指を掛けた。
一方。
絶体絶命の状況にも関わらず、玄華はいたって落ち着き払っていた。
事務机の向こうで床に突っ伏している施設長を一瞥すると、小さくため息を吐き出す。
「・・・期待していた訳じゃないけれど。はっきりこう、目の当たりにすると悲しくなるわねぇ。―――ところであなた。まさか、備えをしてるのが、自分だけだとでも?」
「―――何!?」
轟音。
施設長が小さく叫びを上げると同時に、大地震もかくやというような凄まじい揺れが室内を襲う。
蛍光灯の光がちかちかと明滅する中。
揺れの勢いで棚に収められた書類が飛び出し、床の上に散らばった。
あまりの振動に、その場に居る全員がまともに立っていられない状況であった。
横滑りした事務机が勢いよく足にぶち当たり、小銃を取り落とした私兵達は悲鳴を上げながら将棋倒しになってゆく。
断続的に続く揺れの中、天井からパラパラと零れ落ちるホコリにむせながら、施設長は声を張り上げた。
「げほっげほっ・・・くそ!何だ、何が起こっている!?」
「そうそう、いい子ね―――ここよ」
狂乱が支配する室内において、台風の目の中のように一人、玄華だけが冷静なままだった。
何もない壁の方向をじっと見つめたまま、ぽつりと呟く。
それに呼応するようにして、ひときわ大きな振動が部屋を襲う。
金属製の壁がべこん、とひしゃげると、めりめりと音を立てて左右に裂け始めた。
丁度、玄華が見つめる先の所だ。
床の上に倒れこんだまま、次第に広がる亀裂を呆然と施設長は見つめる。
やがて―――
吹き込む風雨と共に、ぬっ、と石柱のように太い指が、暗闇の奥からゆっくりと伸びてきた。
それを待ち構えるように、短い両手を広げたスーツ姿の男は口を開く。
「可愛い可愛いアタクシのベイビーちゃん。ちゃんと言いつけ通りにしてきたかしらん?」
≪ 大 丈 夫 同 胞 逃 ガ シ タ ≫
闇の向こうから、銅鑼のように大きく、低い『声』が響いた。
岩盤のような肌を慈しむように撫で、スーツ姿の男は微笑む。
それはおぞましくも、奇妙に神秘的な、宗教画めいた光景であった。
巌のような指がしなやかに蠢き、掌を上に向けて水を掬うような形を作る。
その上に飛び上がると、スーツ姿の男は巨大な親指をぽんと叩き、闇の中を見上げた。
「うふ、偉いわ。・・・さぁ、今夜は帰りましょ?ここは寒いもの」
「ま―――待てッ!!」
よろよろと立ち上がると、施設長は巨大な掌の上に佇む男を睨む。
闇の中から、小皿のようにまん丸な二つの瞳が見つめ返していた。
「また来るわ」
そう、言い残すと、玄華はくるりときびすを返す。
音も無く巨大な掌が持ち上がると、室内を一陣の風が吹き荒れた。
「うわーーーっ!?」
飛び散るホコリと雨粒に、思わず目を瞑る。
再び目を開けた時には、スーツ姿の男も、巨大な手も、みんな綺麗さっぱり消え失せていた。
後には、左右に大きく裂けた、金属製の壁のみが残されている。
途方もない力によって引きちぎられた断面には、千切れたケーブルが数本、雨粒を滴らせ垂れ下がっている。
吹き込む風に煽られ、雨粒が床に散らばる資料に黒く、点々と染みを広げていた。
ずしん、ずしん。
遠雷のように、地響きが次第に遠ざかってゆく。
「糞ッ―――!!」
怒りで顔を真っ赤に染めた施設長が、闇に覆われた空に向かって毒づく。
吹き荒れる風雨は、その声をあっという間にかき消してしまうのだった―――
今週はここまで。




