∥001-15 膠着と肉球と
#前回のあらすじ:犬養内閣発足
[エリザベス視点]
バス上空―――
たなびく群雲のごとく、車体の周囲に幾重にも広がる【石灰岩の回廊】。
その上では、3人の令嬢達による一進一退の攻防が繰り広げられていた。
彼女達の前に立ちはだかるは、銀色の輝きを放つ不定形の巨人―――『フライングヒューマノイド型シング』。
ぶよぶよと形の定まらない巨椀を振り上げ、叩きつける。
たったそれだけのシンプルな動きで、周囲へ破壊的な威力を伴う菫色の光輪が迸り、巻き込まれた回廊が木っ端のごとく吹き飛び崩壊してゆく。
空中回廊があらかた崩れ、空白地帯となった空間。
そこへ颯爽と現れたのは、一匹の黒猫だ。
影絵のように厚みのない小猫がちょこまかと小さな四つ足を動かし、縦横無尽に空の散歩を始める。
重力を無視したかのようなその動きに合わせ、黒猫が通過した後にはにょきにょきと灰白色の轍が生えていた。
そうして1分足らずで、元通りに空中回廊が張り巡らされる。
その上を、舞い踊るような華麗な動きで真紅の令嬢が駆け抜け、苅安色の和装少女が描き出す墨の烏が空を飛び、巨人へ痛打を加える。
全身にたかる攻撃を嫌がるように、膨れ上がった両腕を振り回す巨人の動きに合わせ、再び周囲の回廊が崩壊する―――
そんな、いたちごっこにも似たやりとりを、彼女達は先程から幾度となく繰り返していた。
「もう!いい加減倒れなさいな・・・【Crimson Whip】!」
「合わせます!【墨燕招来】―――っ!!」
リズの叫びに応じ、手中の愛鞭がうなりを上げる。
赤熱化した【髭鞭サイクラノーシュ】が空を引き裂き、巨人の首元を狙い打った。
その直後、顔面に相当する部位へと漆黒の燕が流星のごとく吸い込まれ、【霧の巨人】の巨体が大きくのけぞった。
「LILILILIILILIILILIIIIII!!!!!」
「くっ、また・・・どんだけタフなんですの・・・!?」
攻撃を受け一時的に霧散した巨人の頭部であったが、即座に再生され、苛立ちを募らせるように甲高い咆哮を放つ。
そのまま片腕を大きく振りかぶる巨人、狙う先はバスの車体。
轟音と共に振り下ろされる巨椀―――!
だが、スピードが乗り切る前に集中配置された【猫女神の盾】と衝突し、あさっての方向へと振り下ろされるのだった。
「Good job、さすがマルヤムですわっ!!」
「ん・・・。ようやく合わせられるようになってきた」
『(んなぁ~~)』
「動きは単調でスピードはあっても読みやすい、その点では楽な相手。・・・けど、あのパワーと巨体はシンプルに厄介」
ぽつりぽつりと抑揚のない声で語るローブ姿の少女に、足元から空の散歩から戻った影絵の猫が鳴き声を上げ、応える。
じっ、と浅葱色のフードの陰から、頭上の巨体を観察する。
マルヤムは油断なくその戦力を分析し、脳裏で勝利への筋道を組み立てようとしていた。
(このまま行けば、恐らく押し切れる―――でも、決め手に欠ける)
浅黄色のフードの下で、端正な顔が僅かに歪む。
少しでも想定外の事態があれば、それだけでた易く均衡が崩れうる。
敵に奥の手の一つでもあれば、それだけで戦線が崩れかねない。
それほどに、危ういバランス。
そんな想定に柳眉をひそめつつ、マルヤムは仲間たちの健闘を見守る。
その時―――
「うっし、腕ば鳴るばい!!」
「戦いの時間ネ!」
「「「!?」」」
突如、背後から響いた野太い声に令嬢達は思わず振り返る。
彼女達の視線の先に居たのは、恰幅のよい着流しの少年と、筋骨隆々な褐色肌のムエタイ戦士の二名だった。
バスの中で待機していた筈の彼等の登場に、彼女達は揃って驚きの表情を浮かべる。
「あ・・・貴方達、手出しは無用と言った筈ですわよ!?」
「それば言うたんなあんUFOが出とった時、奴等はもうおらんとやけん無効でごわす!」
「早い者勝ちネ!」
そう言うが早いが、二人の追加戦士達は素早い身のこなしで回廊を駆け抜け、はるか頭上へと躍り出ていた。
それを追うように、柴犬のツンも遜色のない動きで追従する。
二人と一匹の肉弾が、銀の巨人へと肉薄する―――!
「【回天十字手裏犬】---っっっ!!」
「わおーんっ!!」
「ソーク タット!ヤーーーーーッ!!」
二つの影が【霧の巨人】へと突き刺さる。
一の矢は西郷とツン、絆で結ばれた彼等は互いに手を取り、キリモミ状に回転しながら巨人へとタックルを仕掛けた。
回転力を破壊力に変換した一撃に、巨体が大きく『く』の字に折れ曲がる。
反動で下がった頭部の前へ現れたのは、褐色の二の矢。
流れるような動きでヒジを入れ、見る見るうちに巨大な頭部をズタズタに切り裂いてゆく。
最後におまけとばかりに脛を打ち込むと、見上げるような巨体は綺麗に弧を描いて仰向けにフッ飛んだ。
反動を利用し、二人と一匹はバスの天井部分へ颯爽と降り立つ。
驚愕の表情を浮かべるエリザベス達を前に、彼等は高らかに宣言するのであった。
「ぐわはははは!我ら【立犬政友会】・・・義によって助太刀させてもらうばい!!」
「チェンカン!」
「わふっ!」
※2023/10/15 文章改定




