∥005-19 飯テロはなろう小説の定番
#前回のあらすじ:ナマズっぽい現地人と接触
[マル視点]
「こちらが本日の御夕食となります」
「「おおぉぉ~~~っ!?」」
どん、とばかりにテーブルの中央に置かれたのは、舟を象った特大の容器に乗せられた、溢れんばかりの海の幸だった。
マグロ、カンパチ、タイにヒラメといった高級魚の刺身盛り合わせ。
更にはウニやアワビ、赤貝といった、魚以外の海の幸もふんだんなく盛り付けられ、室内灯を受けて宝石のような艶を放っている。
各々が座る前にはそれぞれ小型の七輪が置かれ、金網の上で炭火が放つ熱気に晒された、大ぶりなサザエがぐつぐつと煮立っていた。
そこから立ち上る、何ともうまそうな匂いに思わずくらりときてしてしまう。
ぐう、と腹の虫が声を上げた。
眼前の光景にヨダレを垂らしつつ見入っていると、横合いからすっと白い手が伸び、金網の上に何かを乗せた。
カニだ。
平目顔の女中が一礼して去った後、金網の上に鎮座する塊を二度見する。
七輪の上にでんと横たわったそれは、ズワイガニの大ぶりな脚を纏めて根元からぶつ切りにした、まさに塊だった。
それが二対。
炭火で炙られ、中に詰まった肉汁がじゅうじゅうと音を上げて殻の縁からしたたり落ちている。
赤熱した木炭の上でカニ汁が蒸発し、それを覗き込むぼくの鼻孔から飛び込み、脳髄をガツンと揺らした。
とんでもない匂いだ、たまらない。
「じゅるっ・・・ウニ、カニ、アワビ・・・ぷりっぷりのつやつやだよぅ・・・うへへへへ」
「あーちゃんが・・・(魚)肉欲に塗れた表情をしている・・・!!」
・・・ふと隣を見ると、浴衣風の館内着に着替えた梓が、ぼくと同じく締まりのない表情で金網の上へ見入っていた。
今にもヨダレを垂らしそうだ―――というか、垂れてる。
後輩の名誉の為に、ささっと素早く口の端をハンカチで拭う。
そして何食わぬ顔でポケットに仕舞うと、ぼくは彼女からそっと視線を逸らすのだった。
―――逸らした先の視界に、窓際のベンチで優雅にお猪口を揺らす真調の姿が入って来た。
チンパンジーと人の合いの子みたいな風体の癖に、やけに貫禄のある仕草でちびりちびりと酒を舐めている。
男はこちらの視線に気づいたのか、鷹揚に手を振るとニヤリと笑って見せた。
「・・・あぁ、ボクチンの事はどうかお気になさらず。先にお上がりなさいな、ここの支払いはこちら持ちですからねぇ~」
「・・・まじ?」
ごくり、と思わず生唾を飲み込み、再びテーブルの上の御馳走を見下ろす。
これが全部、タダ?
とても信じられない。
―――子曰く、タダより高い物は無い。
昔の偉い人もそう言っている。
「それはそれとして・・・タダ飯程美味いものはない!いただきまーす!!」
「まーす!!!」
ぱちん!
完璧な理論武装を整えると、ぼくとあーちゃんは揃って勢いよく両手を合わせる。
そして金網の上に手を伸ばすと、程よくキツネ色の焼き色が付いた脚を一本、てこの原理で根本からヘシ折った。
ゆっくりとスライドさせるにつれ、殻の中から姿を現す真珠色のカニの身。
てらてらと全身にカニ汁を纏ったそれは、程よく火が通っており豊潤な香りを立ち上らせている。
たまらずかぶり付くと、殻の中に残る身を引きずり出して咀嚼する。
うまい!
「熱っつ!あちちちち・・・」
「がはははは!焼けた殻なぞ素手で持つからそうなるんだ。おれを見てみろ・・・蟹とは、こう食うのだ!」
熱い!
満面の笑みでカニ肉を頬張っていたのも束の間、指先に感じた熱さにぼくは思わず脚を取り落としてしまった。
せっかくのカニ汁が浴衣の上に落ち、くすんだ色の染みがじわりと広がってゆく。
ああ!何て勿体ない!!
泣く泣くお手拭きで汁を拭き取るぼく。
そんな姿をせせら嗤うかのように、生田目が小ぶりなキッチン鋏を振り上げた。
そして、手際よく自分のカニをバチンバチンと関節ごとに解体するや、脚の縁から鋏を差し込み一直線に切り開いてしまう。
左右に開いた赤茶色の甲殻の下からは、ピンクと白のコントラストも美しいぷりっぷりのカニの身が。
「キッチン鋏・・・そういうのもあるのか!」
「がはははは!うまい!!」
思わず驚愕の眼差しを向ける先で、カニ酢と清酒で焼きガニを流し込み高笑いを上げる生田目。
こちらも見よう見まねで、キッチン鋏片手に大量のカニと格闘を開始する。
―――晩餐は続く。
カニをやっつけた後は、刺身だ。
生まれて初めて目にする船盛は、聞きしに勝るボリューム感だった。
マグロ、カンパチ、ヒラメにタイ。
食卓でお馴染みの高級魚たちが、大人の両手を広げたほどはありそうな舟形の容器を、ことごとく埋め尽くしている。
圧巻だ。
とてもじゃないが、一人で食いきれる分量とは思えない。
だが・・・ぼくは一人じゃない!
「がつがつがつがつ!お・・・美味しいよぉ~!!」
「あれだけあったカニ脚がものの数分で・・・あーちゃん、恐ろしい子・・・!!」
頼れるフードファイターにして、わが校における弓道部のエース。
そしてぼくの後輩である羽生梓は―――既にカニ脚の攻略を終え、船盛の牙城を切り崩し始めていた。
凄まじい速度でひょいひょいと刺身を取り上げ、口に運び続けている。
マグロの赤身を口いっぱいに頬張り、満面の笑顔を浮かべる彼女は、実に幸せそうだ。
「こちらも負けてられるか!・・・う、美味いぞぉ~!!」
「やれやれ・・・。うかうかしてると全部食べられてしまいそうですねぇ」
後輩にばかり任せてはおけないと、猛烈な勢いで刺身の山を喰らい始めるぼく。
その光景を目を細め、真調は少し離れた所から眺めていた。
そこへ熱燗の入ったとっくりを掲げて、ギョロ目男が手招きする。
「先生!ここの飯は最高ですぞ!!・・・ささ、こちらに座って。ここは一献―――」
「キヒヒヒヒ!肴が上等ですと酒が進みますねぇ!」
生田目の注ぐ酒をぐびりと飲み干し、猿顔の男が破顔した。
それを尻目に学生組二名は脇目も振らず、運ばれてくる料理をひたすらガツガツと喰らい続けてゆく。
宴の夜は更けてゆく―――
今週はここまで。




