∥001-14 戦も政もカネ次第!?
#前回のあらすじ:首相視点でお送りしました
[マル視点]
「ふぉおおおお・・・!」
ぼくの目の前で、破損した車体後部の大穴が見る見る間に塞がってゆく。
それを行っているのは、先程、ぼくの胸から飛び出した光が変じた、白く輝く小人たちだ。
外から丸見えで心許なかったこの状況も、あと少しでひとまずの解決を見せそうである。
感嘆の声を上げつつ、その様子を見守るぼく。
その両脇を、風を切って何者かの影が横切っていった。
何事かと目を瞬かせると、影の正体は大柄な短髪の青年と、逞しい褐色の肉体を誇るムエタイ戦士の両名であった。
つむじ風のような速度でバス最後尾へ到達した彼等は、同時に腰を深く落とすと、塞がる間際の壁の穴から外へ飛び出して行く。
びょう、と風切音がバス外へと抜ける、と同時に継ぎ接ぎだらけの防壁が完成し、車体の穴が塞がった。
「彼等もまた、役目を果たしに向かったようですね」
「・・・犬養首相!?」
「首相ではありませんよ。・・・まだ」
突然の出来事の連続に唖然としていると、背後に誰かが立つ気配を感じ、振り返る。
そこに立っていたのは、たった今完成した簡易防壁の作り主、犬養青年その人であった。
彼は壁の出来を確かめるように手を添えると、こちらを振り返り落ち着いた声で語り掛ける。
「―――人は、生まれながらに平等ではありません。であるが故に、人は互いの欠けた部分を補い合い、完全な存在をも超える力を発揮しうるのです。強靭な肉体を持つあの二人は、脅威と直接対峙し、敵の矢面に立つ為、外へと向かいました。・・・私も、負けてはいられませんね」
「欠けた部分を補い合う・・・力」
鋼鉄の車体で隔てられた先、頭上では今、3人の少女達が強大な敵と戦っている。
それに加勢すべく、男性陣のうち2名もまた、つい先程外へと向かった。
現在、車内に居るのはぼくら二人と、身動きの取れないバスの乗客達だけだ。
最初に現れたUFO達ならまだしも、鋼板を容易く破壊するような相手にぼくが一体、何が出来るというのだろうか?
死の運命を変えるんだ!・・・などと、意気込んで飛び出した先がこれでは、先が思いやられるというものだ。
―――無力感を感じる。
すっかり弱気になってしまったぼくは、内面を吐き出すようにしてぽつりと呟きを漏らした。
「・・・そんなの、本当にあるんでしょうか?ぼくに出来る事なんて、何も―――」
「ありますよ」
「えっ??」
「先程、私を信任してくれました。車体の仮修復がより早く終わったのも、そのお陰です。これもマル君が、君が貸してくれた『シム』があったからこそ、出来た事ですよ」
「犬養さん・・・」
力強く響く否定の言葉に、はっと視線を上げる。
思わず漏らした弱音に帰ってきたのは、思いがけず心温まる一言であった。
じん、と目頭が熱くなってつい、俯いてしまう。
そんなぼくに、詰襟姿の青年は穏やかに微笑みながら白い歯を見せた。
「それに、万が一に備えてこうして、自陣で待機するのも十分立派な役割です。口さがない者は何もしていないだろう、と揶揄するかもしれません。ですが、何も起きないとは即ち、被害が最小限に抑えられたという事。本来それは喜ぶべき事なのです」
「・・・ですね!」
「ふふ。―――さあ!我々も負けてはいられません。あの巨人相手では、現在の守りでは少々心許ないですからね。後衛の我々で次の敵の攻撃に備えるとしましょう」
「おお!・・・でもそれって、どうやって?」
「こう、するのです」
そう言うが早いか、青年は虚空に向かってサッと右手を閃かせる。
手の動きに連動するようにして、彼の目の前には宙に浮かぶ半透明のパネルが出現していた。
液晶モニターのように、パネルの表面には『予算申請:議事堂外壁施工 金1,000G也』と表示されている。
青年は、懐中から出した小袋に手を差し込むと、掌に収まるくらいの菫色の結晶体を取り出した。
事の推移を横から見守っていたぼくは、見たことも無い輝きを放つ宝石(?)の出現に、思わず目をぱちくりさせる。
「コレ・・・何ですか?」
「お金です」
「・・・お金!??」
「戦も政治も、昔から殊に経費が掛かる物です。なに、この場に囚われた人々の無事を思えば安い投資ですよ。―――承認」
そう言い放ちながら掌中の宝玉を放ると、それは放物線を描き、半透明のパネルへとぷり、と呑み込まれる。
やにわに菫色の淡い輝きを放ちだしたパネルを認め、青年は【秩序の小槌】を振り上げると、パネルの中央へと叩きつけた。
周囲に甲高い衝突音が疾る。
犬養を中心とした数m四方が、突如出現した光の柱に飲み込まれた。
またたく間に白い光は質量を伴い、大小さまざまな構造体へと収束してゆき―――二人の足下へどさどさと降り注いだ。
それは、白く輝く光のラインで構成された立方体だった。
継ぎ目も凹凸もない、ただ光の輪郭のみを持った物体。
うず高く積みあがったそれを前に、何時の間にか車外から戻った『シム』達が綺麗に横一列に並び、主の命を待ちわびている。
「再度の招集に応じてくださり、誠にありがとうございます。皆さんにお願いしたいのは第二防壁の施工、それも可及的速やかに。度々ご苦労をお掛けしますが、どうかよろしくお願いします」
『―――!!』
声にならぬ叫びと共に、光の小人達が敬礼する。
―――と同時に、彼等は先程に輪をかけて俊敏な動きで駆け出す。
光る立方体を両手に持ち上げ、四方へと散った彼等の動きを目で追っていくと、ドアから出た小人達はめいめいに、光る立方体を路上に積み上げているようだ。
ラインフレームの立方体は道路の上に置かれると同時に、光を失い灰色のコンクリート色へと変化している。
そうして1分も立たぬうちに、窓の外には腰程の高さの壁が出来上がりつつあった。
「すご・・・」
「これも、皆様の協力あってのものです」
こうして見ている間にも、凄まじい速度で第二の防壁は完成へと近づいている。
それを組み立てる小人達はもはや、動きが速すぎて残像しか見えていない。
先程、窓の外に見えた少女達の戦闘力にも舌を巻いたが、彼もまた違う形で卓越した能力者なのだろう。
【神候補】を名乗る彼等は、その名が示す通りに、神がかった力を持つ少年少女達だと言える。
―――では、その末席に新参とはいえ加わったぼくに、その名に恥じぬ力は果たしてあるのだろうか?
何か、出来る事は無いのだろうか?
「―――ある」
ぽつり、と小さく口の中で呟く。
たった一つ、ぼくにはこの場で出来る事がある。
先刻、謎空間でヘレンによって授けられた『秘策』がそれだ。
それは、直接敵と戦い、倒す事の出来る力では、ない。
しかし、守るべきものを守り、この戦いを生き延びる事ができる、そんな力だ。
その為の力を欲し、扱えるようになるまであの場所で特訓してきた。
ヘレンちゃんにも一応、お墨付きを貰っている。
問題は、今、この場でちゃんと使えるかどうかだ。
チャンスは恐らく一度きり。
その『時』、ぼくは決断しなければならない。
そして、それは恐らくもう、すぐ先にまで迫っている。
ぼくは密かに決意を固めると、頭上で繰り広げられる死闘へ視線を移すのだった―――
※2023/10/15 文章改定