∥005-12 謎の施設へ
#前回のあらすじ:「先輩先輩、さっきの番組何だったんだろ?」「知りません!」
[マル視点]
ゆるく傾斜の掛かった坂道を、黒のセダン車がゆっくりと登ってゆく。
ガードレールの向こうは右手に向かい急な斜面となっており、20m程下った先には蛇のように細くうねる谷川が、陽光を受けて水面を白く艶だたせている。
反対側の道端に見えるのは木材小屋だろうか、簡素なトタン屋根の下には丸太らしき影が、ぎっしりと詰まっているのが遠目に見て取れる。
その背後に立ち並ぶ杉林は、空の半ばまで視界を遮り、アスファルトの上へと黒く影を落としていた。
―――民宿の一室にて、悪辣な罠からほうほうの体で逃げ出した後。
ぼくらは荷物を置き終わり降りてきた生田目達と共に、再び車中の人となっていた。
向かう先は、真調の言っていたゴミ処理場だ。
草生したあぜ道と、まだ丈の低い稲の並ぶ水田を背景に、黒のセダン車は進んでゆく。
農作業の帰りだろうか、行く手の道の端には二人の男が、並んでを歩いている様子が目に入った。
土汚れの目立つ橙色の簡素なシャツに、使い古され色あせただぼだぼのズボン。
麦わら帽子の両側からは白いタオルが垂れ下がっており、それに遮られこの位置からだと彼等の表情まではうかがえない。
ぼくは車が二人を追い抜くタイミングで、ちらりとサイドミラー越しにその顔を盗み見ようとする。
二人とも揃って、見事なまでの平目顔だった。
白目の少ない、開き気味の瞳孔がぎょろりとこちらを向いたような気がして、ぼくは思わずサイドミラーから視線を外す。
宿のオバちゃんもそうだったが、もしかするとこの町にはそういう血筋が固まっているのかも知れない。
人の流れが固定化したまま長い年月を経た結果、村落まるごと親戚になってしまうようなパターンだ。
ひと区画全部丸ごと鈴木さん家・・・みたいな。
そんな、農村部あるある話に妄想を膨らませていると。
行く手によくわからないものが見えてきたので、ぼくは窓際に寄って目を凝らす。
それは、空に向かってまっすぐに立ち並ぶ灰色の影―――のように見えた。
それが何本も連なり、森の木々の間からにょっきりと生えている。
言葉にしてみるとわけのわからない光景だが、それもこれも全体の一部しか視界に入っていないからだろう。
もう少し距離が近づけば、きっとその全貌が明らかになる筈だ。
密かにそれを楽しみにしつつ、車中よりじっくり観察を続ける。
40km/時の低速で進む車に揺られ、待つ事20分あまり。
ようやく謎の物体の全体像が露になり、ぼくは思わず立ち上がりかけた。
―――影のように見えていたそれは、天高くそそり立つ灰褐色の煙突群だった。
高い。
道を挟んで向かい側の杉林と比較しても、相当な大きさだ。
それが、鉄筋コンクリート製の四角い建物にへばり付くようにして、何本も空高く立ちはだかっている。
現在、走行中の地点からは随分離れている筈なのに、建物の威圧的なフォルムはここからでもはっきりと見てとれた。
尖塔のごとく聳え立つ煙突の頂上からは今も、もくもくと紫煙が立ち上り空の彼方へと吸い込まれている。
平日の日中ということもあり、施設はどうやら稼働中のようだ。
その姿にぼくは以前、社会見学で訪れた海沿いの火力発電所を思い出していた。
煙突の高さについてはいくらか劣るようだが、建物の規模自体は行く手のそれ決して劣りはしない。
脳裏に、道中聞いた真調の言葉が蘇る。
『川沿いをいくらか遡った所に、小さなゴミ処理場があるんですが―――』
何が小さな、だ。
全然でっかいじゃないか。
こんな―――と言うと失礼だが、長閑なところにあるとは思えないような大規模施設だ。
不意にちりちりと、首筋の毛が逆立つような感覚を覚える。
(・・・イヤな予感がする)
こういう時は大抵、ロクな事にならない。
猛烈に沸き上がる悪寒に、否応なくぼくの不安は掻き立てられるのだった―――
短いですが今週はここまで。




