∥005-10 車中での一幕
#前回のあらすじ:ヘレン「入っちゃいました!」
[マル視点]
「我々が現在向かっているのはF県北部―――越前海岸に九頭竜川水系の支流が流れ込む、小さな入り江にある漁村です。人口200人程の、閑静ながらも風情のある所でしてねぇ。そこの川沿いをいくらか遡った所に、ゴミ処理場があるんですが―――」
左手に雄大な日本海を見下ろす、海沿いの道路。
そこをひた走る車内にて、猿面の男―――真調が唐突に語り始める。
突然の出来事に、ぼくは思わず訝し気な視線をその後ろ姿へ投げかけた。
白いものが交じった頭髪は頭頂部が特に寂しく、よれよれの着古された背広は肩の所に白く点々とフケがこびり付いている。
その外見を一言で評するならば、『みすぼらしい男』としか言いようがない。
そんなナリに似合わず油断のならぬこの男、うっかり気を抜いたりすれば一体、どんな罠にかけられるかわかったものじゃない。
―――しかしどうやら、今語っているのはこれから先向かう、目的地に関する情報のようだ。
ぼくは真一文字に口を引き結ぶと、男の語る一字一句を聞き逃さぬよう気を引き締める。
そんな様子をバックミラー越しに盗み見ると、真調は目を細め再び口を開いた。
「・・・先日の夜間、何者かにより襲撃されました」
「そりゃまた穏やかじゃないですね。・・・一体、誰に?」
「そこがまた不明でして。―――賊は、門を破ると闇夜に紛れ敷地内に侵入。建造物を破壊し作業員を数名攫うと、そのまま駈けつけた警備員の追跡を振り切って川へ逃げ込んだそうです。その後の警察による必死の捜査もむなしく、襲撃者に関する情報は結局掴めずじまいのようですねぇ」
「人さらいだぁ・・・。ふぇー、すっごい力持ちなんだね?そのヒト」
「あーちゃん・・・。流石に犯人が複数居ただとか、重機みたいなものを持ち込んだんでしょ、そりゃ」
男の口から語られたのは、中々に物騒な事件のあらましであった。
その、現場となったゴミ処理場がどの程度の広さかが不明だが、門を破った上に建物まで壊すとはこれまた、大した暴れっぷりである。
常識的に考えるならば、建築用の重機などを用いた犯行と考えるべきだろう。
それをナチュラルにゴリラめいた犯人像を口にする梓に対し、やれやれといった感じにツッコミを入れるぼく。
そんな後部座席でのやりとりに静かに微笑むと、真調は説明を続ける。
「現場の職員はそりゃもう戦々恐々としてましてねぇ。またぞろ襲撃があるんじゃないか・・・と、不安で夜も眠れぬ日々を過ごしているとか。そんな事態を重く見た国から、我々へ直々にお声が掛かった―――と、いう訳です」
「・・・これは高度に政治的な要素を含む案件だ。本来ならば貴様のような無知蒙昧なガキが関わるなぞありえん筈だが―――センセぇ。本当にこいつら連れてく気ですかい?」
真調の説明を受けて、運転席から生田目のドスの利いた低い声が響く。
サメのような白目がちな眼にぎょろり、とバックミラー越しに睨みつけられ、ぼくは取調室でさんざ浴びせられた罵声を思い出してしまった。
人知れず震え上がるぼくの様子に嗜虐混じりの笑みを浮かべると、続けて生田目は隣の席へと視線を移す。
真調の話にふんふんと頷きつつ、退屈そうに座席の上でぱたぱたと動かしている少女の白い素足に目を留め、脚線に沿ってねっとりと視線を這わせた。
そうしてしばしの間目の保養を楽しんだ後、再び生田目は前方へと意識を戻すのだった。
「キヒヒヒヒ!勿論連れて行きますとも。なにしろ今回は複数の省庁が背後で動いてますからねぇ、君も彼等もボクチンも、もはや個々人の都合で降りる訳には行かないんですよぉ。これもいわゆる宮勤めの宿命、という奴ですかねぇ?」
「・・・お偉方の考えることは時たま理解に苦しみますな!」
「本当、ミッキー君には苦労をお掛けしますねぇ。これが終わったらキレイなお姉ちゃんの居る店で、浴びるように酒でも飲みましょうか。勿論、ボクチンの驕りですよぉ~?」
「ガハハハハ!そいつぁ良いですな、センセイの紹介ならまずハズレはありませんから!」
くい、と片手を傾けるジェスチャーに、生田目は高らかに笑い声を上げアクセルを踏み込む。
ぐんとスピードを増した黒のセダン車は、車通りのまばらな県道をまっすぐ北へ、加速してゆくのであった―――
今週はここまで。
作中のルビに一部誤りがあった事について、深くお詫び申し上げます。いあいあ。




