∥005-09 お助けキャラは5.5インチ
#前回のあらすじ:お蕎麦に罪はないよね。
[マル視点]
「・・・ふぅ。ごちそうさまでした」
向かいの席で、真調が静かに両手を合わせる。
椀の中の蕎麦は、薄い琥珀色の汁とネギの欠片を僅かに残し、一本残らず食い尽くされていた。
軽くなったトレイを手に取ると、男は立ち上がり返却口へと向かう。
そしてトレイを置き振り返ったところで、何となく目で追っていたぼくと視線がばっちりかち合った。
ケタケタと黄色い歯を剥きだすと、猿面の中年男が肩を震わせる。
「ボクチンは先に行きますが・・・。ちゃぁんとチミ達も後から来るんですよ?でないと・・・後がコワイですからねぇ!キヒヒヒヒ!!」
「・・・ん!(ズルズルズルー)」
「はいはい・・・(ズゾー)」
蕎麦をすすりつつ、しっしっと蠅でも追い払うようなジェスチャーで中年男を視界から追いやる。
―――そんなフリをしつつ、ぼくはしばしの間、くたびれた背中を目で追いかけた。
人のまばらな陳列棚を通り過ぎ、自動ドアの外に背広姿が消える。
そこまで確認すると、ぼくは残る麺を一気に啜り上げた。
「ふう。・・・よし、行ったな」
ごちそうさま、の唱和も早々に。
トレイの上に箸を置いたぼくは、ポケットをまさぐるとスマホを取り出した。
ブルーのプラスチックカバーを開くと、5.5インチの液晶ディスプレイが店内の照明を受け、黒く光沢を放つ。
それを目ざとく見つけると、リスのように口いっぱい頬張った蕎麦をごくんと呑み込み、隣からあーちゃんが茶々を入れてきた。
「あ、いけないんだー。お食事中にそうゆうのってお行儀悪いんだよ?」
「もう食べ終わったんだから細かい事言わないの―――じゃなくて。ヘレンちゃん、今大丈夫?」
『はいはいー・・・?』
「え?・・・え??こっちなのにヘレンちゃんの声がする。・・・なんでー?」
それに抗弁しつつ心の中から呼びかけると、聞き覚えのある声が脳内に直接響いた。
あーちゃんにもそれは聞こえたらしく、まんまるく目を見開くと、きょろきょろと周囲を見回し声の主を探し始める。
一方ぼくは、眼前の液晶画面へと意識を集中させていた。
『―――今、側に居るのはあーちゃんだけです。話しても大丈夫ですか?』
『どぞどぞー』
省電力モードから未復帰のままの、真っ黒なディスプレイ。
映るものなど自分の顔くらいのハズのそこには―――前かがみにこちらを覗き込む、褐色少女の姿がはっきりと映り込んでいた。
【夢世界】の中に存在する、覚醒者達の集う学び舎―――【イデア学園】。
現実世界から窺い知る手段など無い筈のそこから今、ヘレンの力によって直接、映像が届けられていた。
警察署内にて、現世で初めてヘレンちゃんと話したあの時。
彼女とのコンタクトは鏡越しだった。
その後、こちらの世界から彼女へ連絡を取る方法を考えた際、姿が映れば良いのなら―――
と、思いついたのがこの方法だ。
最初の方法だと一々トイレを探すのが手間だし、何よりあーちゃんと同席できない。
(流石に女子便所は入れないし、彼女を男子便所へ呼ぶ勇気もない)
手鏡か何かを用意する手も考えたのだが―――
一人で手鏡を覗き込み、ブツブツ言っていたらもはや完全にアブナイ人だ。
だがこの方法ならば、周囲からも自然に見えるし、多少話しかけたところで違和感も少ないだろう。
万一、背後から誰かに覗き込まれたとしても、保存した動画か何かだと誤魔化すこともできる筈だ。
ぼくはもう一度、周囲を見回し近くに人が居ないことを確かめると、心の中からヘレンちゃんへ呼びかける。
一方あーちゃんは天井、窓の外、テーブルの下、ときょろきょろと建物内へ視線をさ迷わせ、未だに声の主を探しているようだった。
『ちゃんと約束通りにしてくれたみたいですね?感心感心っと。・・・あ、そちらの梓さんもこんにちはー。みんなのアイドルヘレンちゃんですよー?』
「・・・あー!こんなとこに居―――モゴモゴ」
ひっくり返したトレイの裏と睨めっこしていた梓は、ようやくディスプレイの中に見つけたヘレンちゃんを前に、大きく目を見開く。
手のひらサイズで液晶の中から手を振る姿を指差すと、彼女は素っ頓狂な叫びを上げ―――
・・・そうになった所を慌てて口を塞いだ。
とたんに周囲から集まる視線に向かい、ぺこぺこと頭を下げる。
危ない危ない。
「ちょ、声が大きいって!・・・あ、すいません。静かにしてますので・・・ハイ」
『予想通りとはいえ、あなた達二人が揃うと見事にグダグダですね~』
脳裏に呆れたような声が響く中。
ぼくはようやく注目が外れたところで、ほっと安堵の息をつく。
そして再び液晶パネルの中に視線を向けると、心の中より語り掛けるのだった。
『うちの子がすいません・・・。ともあれ、ごらんの通りこちらはあーちゃんと合流できました。警察署で言ってたのって、この子のことで合ってます、よね?』
『ですです。彼女の方もお兄さんの事探してたみたいですし、ちゃんと見つけられたみたいで安心しました。梓さんにおりんちゃん、お二人ともお疲れ様でしたー。ちょっとした大冒険でしたね?』
ディスプレイの中から届くねぎらいの言葉に、横から覗き込んでいた梓が実感たっぷりにうんうんと頷く。
と同時に、ポケットの中で何かがもぞりと動く気配を感じた。
静かな軽食コーナーに、ちりんと小さく鈴の音が響く。
ニコニコとその様子を眺めていたヘレンだったが、きりりと表情を引き締めると再び口を開いた。
『―――さて、そろそろ本題に入りましょうか』
『あ、はい。それじゃ、今の状況から説明を・・・』
『いえ。これまでのお二人の様子はこっそり覗き見してましたので、おおまかな経緯を含め全て把握済みです。梓さんのカワイイ寝顔までバッチリですよー?』
「え?え?アレ見られてたんだ・・・。も~恥ずかしいな~~~」
『あーちゃん、それ口に出さなくても大丈夫だから・・・』
・・・どうやらヘレンちゃんには一から十までまるっとお見通しだったらしい。
説明の手間が省けたことにほっと一息つくぼく。
その隣では梓が、後部座席で眠りこけていたシーンを見られていた事実に、くねくねと身をよじらせ恥じらっている。
それに対しジト目でツッコミを入れると、ぼくは再び前へと向き直った。
『それならもう分かってると思うけど・・・。正直、あのオッサン共にやられっぱなしです。ヘレンちゃん・・・何とかならないかな?せめて、この子だけでも―――』
『みなまでお言いなさらず!』
ディスプレイの中から、任せてください!と、サマードレス姿の少女が薄い胸を張る。
孤立無援のこの状況、今となっては頼れるのは彼女の力だけだ。
ようやく現れた力強い援軍に、ぼくはスマホを強く握りしめると、脳裏に響く声にいっそう意識を集中させた。
『私、ヘレンちゃんには【神候補】の皆様をサポートする使命がありますから。お兄さんの事だってバッチリお助けしちゃいますよー!』
『ヘレンちゃん・・・!!』
『さしあたって―――強力な助っ人。そして相手を出し抜くための、秘策。この二つをこれからお伝えします。いいですか―――?』
一本、二本と指を立て、画面の中から褐色少女が不敵に微笑む。
続く説明を真剣な表情で聞き入っていたぼくらはやがて、そろって驚愕の表情を浮かべるのであった―――
今週はここまで。




