∥001-13 首相(あだ名)の思案
#前回のあらすじ:要救助者1名発見!
[犬養視点]
犬養剛史、十九歳。
マルと同じく日本人であり、戦前は首相経験者も排出したこともある、かの政治家一家の出である。
文明開化の熱も冷めやらぬ大正時代、民主主義の理想へと邁進するも暴走する軍部の凶弾に倒れた、彼の祖先。
その遺志に共感し、青年もまた政治の道を志そうとしていた。
―――そんな彼に【神候補】としての素質が宿ったのは、如何なる神の御手が働いた結果であろうか。
日常の裏側で展開する、【彼方よりのもの】と【神候補】達の戦い。
犬養青年にとって、それは無辜の人々を守る崇高なる戦いであり、己が果たすべき使命そのものであった。
力に覚醒した青年は、共に戦う仲間達を集い、【神候補】による組織である『クラン』を結成する。
祖先に倣い、【立犬政友会】と名付けられたクランは少人数ながら、実力者を擁する武闘派として名を知られていた。
上空にて、3人の令嬢達が【霧の巨人】と激戦を繰り広げる、その一方。
彼はどうしていたかと言うと―――
「・・・えーっと、書けましたけど。コレでいいの?」
「えぇ、ご協力感謝します」
ちらりとこちらへ視線を送り、そっと一枚の紙片を手渡した小柄な少年。
その小さな手から丁重に紙片を受け取ると、私はそれを四つ折りに畳み、目の前のスリットへ差し込みました。
大人の膝程の高さの、小ぶりなジェラルミン製の箱。
その中へすとん、と微かな音を立てて、紙片はあっという間に飲み込まれて行きました。
それを眺め満足そうに頷く私に、マル少年は小首を傾げ疑問の声を上げます。
「協力しといてナンですけど。何で、こんな場所にその・・・投票箱が?」
「ふむ、いい質問ですね」
―――それは、いわゆる投票箱であった。
二人の眼前、バスの床の上には、ある意味この場に最も似つかわしくない物体が鎮座しています。
縦長の長方形、重厚な質感、陽光を反射しメタリックに輝くボディ。
どこからどう見ても投票箱以外の何物でもありませんが、投票所でも無く、こんな場所にある事自体が意味不明です。
それが何故かと言うのならば。
私が出したから、というのが正直な所でした。
「―――私の能力は、民主主義の原則に基づきます」
「・・・はい?」
「民主主義の原則とは、それ即ち合意。社会における権利と責任を、合意に基づき他者へ信任し、譲渡する。その象徴となるのが先程の投票用紙であり、この箱なのです」
「なるほど・・・なるほど?」
ぽん、と投票箱を叩き、語って見せる私の前で少年は更に首を横に倒します。
言葉とは裏腹に、その頭上では「?」マークが点滅していました。
回りくどかったでしょうか。
ですが、ここはどうしても話しておかねばなりません。
私の力、それ即ち合意の力。
一人よりは二人、二人よりは多数の合意を束ね、増幅し、それは果てに大いなる働きを為すのですから。
「まずは、論よりは証拠。どの様な事が可能か、それを今からお見せしましょう。―――犬養剛史の名において、今!ここに!今国会の開催を宣言する!!」
「・・・!?」
懐中の銀時計を握りしめると、私の掌の上には魔法のように小ぶりな木槌が現れました。
【秩序の小槌】―――我が能力の発動キーとなる、神秘の力を秘めたアイテムです。
突然の出来事に思わず息を飲むマル少年、その前で私は高らかに宣言しつつ、右手を高く振り上げます。
そしてジェラルミン箱の天辺へと振り下ろすと、甲高い音と共に周囲へ光の輪が迸りました。
瞬く間に、目を開けていられない程に白い光は強まり―――
次の瞬間には、嘘のように消え去っていました。
正面に目を向ければ、箱があった筈の場所には腰ほどの高さの、木製のデスクが鎮座しています。
そして黒光りする重厚な机の上には、フェルト地の叩き台が中央に据えられていました。
私はそこへ掌中の小槌を収め―――そして、再び周囲は光に包まれました。
「これは・・・?」
「私の力を円滑に発揮する為、場を整えさせて貰いました。今、これよりこの場は、此度の戦いにおける本拠地。作戦本部として機能します。―――ご覧ください」
「ぼくの胸から、光が―――!?」
先程とは違い、淡く暖かな光。
周囲がぼんやりと照らされる中、自らの胸中から小さな光玉が飛び出し、目を白黒させるマル少年
彼の前でそれは、人の姿を象りました。
―――子犬程の大きさしかない、白く光る小人。
それは床の上にぴょんと飛び降りると、すたすたと歩いて私の前まで来ると立ち止まりました。
同じようにして、西郷君と高杉君の小人も集い、合計3名の小人達が横一列に並び、気をつけの姿勢で佇んでいます。
「皆からも同じように、小人が・・・?コレ、ひょっとして犬養さんの力、ってやつ?」
「ええ。これこそが私が皆さんに信任された証―――『シム』です」
「『シム』?」
「はい。一人よりは二人、二人よりは多くの信を『シム』として譲り受ける事で、私の力は発揮されます。果たしてこれで何が出来るのか?―――それは、これよりお見せしようと思います」
かつん。
叩き台に小槌を再び振り下ろすと、それまで微動だにしなかった小人達が慌ただしく動き出しました。
わっと周囲に散ったミニサイズの人型が足元を走り抜けるのを、慌てた様子で見送る少年。
一方、小人達は身軽な動きで並ぶ座席の上へ飛び乗ると、ぴょんぴょんと軽快な動きで座席の上を飛び移り始めました。
瞬く間に車両後部の大穴から外に出ると、彼等が向かった先は路上に散乱した、リアガラスと車体の破片です。
小さな手先で器用にそれらを拾い上げると、わっせわっせと運び上げ、破損したバス最後尾へ積み上げて行きます。
3体の小人達は役割分担しつつ、早送りのような速度で破片を積み上げ、繋ぎ合わせて即席の壁を作ってしまいました。
うむ、とその出来栄えに一つ頷く私の横で、一部始終を目撃したマル少年はぽかんと唖然とした表情を浮かべています。
彼の横顔にちらりと視線を向けた私は、先程、投票用紙を渡した折の彼とのやり取りを思い返していました。
・ ◆ □ ◇ ・
「―――ぼくの名前を、ここに?」
「勿論、あくまで君が同意してくれるのならば、です。怪しいと思うのであれば、返して頂いても―――」
「いいですよ」
「ふむ?」
手中の小さな紙切れに視線を落とし、次いでこちらの顔を見上げる少年。
その視線を前に、私は何時もの口上を始めようと再び口を開きました。
―――が、それはすぐに少年の声によって打ち切られました。
力に関する詳しい説明、それを始めるより前に四の五の言わず記入を終え、紙片を差し出したマル少年。
彼の姿を前に、私は思わず疑問の声を上げるのでした。
「・・・何故、とは聞かないのですね?」
「―――そうしようかとも思ったんですけど。今って、わりと一刻を争う状況ですよね?」
「まあ、そうですね」
「ですよね。それに、あーちゃ―――乗客の皆を助けるのに、これも必要なこと、なんですよね?」
「―――そうです」
「なら・・・」
少年の発した疑問に、私は短く肯定を返す。
それに彼は「ふむん」とあごに手を当て少し考える素振りをみせるが、すぐにぱっと笑顔を浮かべ、こう言ったのです。
「答えは同じですよ」
綺麗な笑顔でした。
曇りの一点も無い眼、それを前にして、私は己のこれまでのふるまいを振り返ります。
私の力は信任を得て力を発揮します。
が、それは逆を言えば、信を得られねば無力ということ。
これまでの戦いで、幾度となく私は協力を断られ、拒絶されて来ました。
怪しい、嘘っぽい、政治ごっこをやるなら他所でやれ。
様々な理由で差し出した紙片を払われ、活躍できずにいた過去。
私はいつしか、西郷君、高杉君の2名を除く他者の助けを期待しないようになっていました。
それがどうでしょう。
利害の一致があるとは言え、目の前の少年は迷う事なく、この私に信を置くと言い放ちました。
虚を突かれたように見入っていた私でしたが、こほん、と一つ咳払いを入れると気を取り直します。
・・・有り難い事です。
私は小さく彼に感謝を述べると、差し出された紙片を受け取るのでした。
・ ◇ □ ◆ ・
そして、現在。
1枚目の防壁が組みあがっていく様子を眺めつつ、私は思案を続けます。
ヘレンさんが初心者向けの任務に対し、ベテラン6名・新人1名による討伐を発行した、その理由。
それは恐らく、頭上の巨人にあります。
彼奴の脅威を予見したからこそ、彼女は私達の協力を募りました。
―――ならば、それに応えてやらねばなりません。
一人の犠牲も出さず、この戦いを切り抜ける。
そう密かに決意を固め、私は懐中の銀時計を強く握りしめるのでした―――
※2023/10/08 文章改定