∥005-07 何でここに後輩が!?
#前回のあらすじ:イデア学園は宗教結社 (ということになった)
[マル視点]
「―――という訳で諸君、捜査協力ご苦労!」
「お疲れ様ですなぁ、キヒヒヒヒッ!」
「ご、ご迷惑お掛けしました・・・」
ふんぞり返って偉そうに敬礼する生田目に、その隣で猿面にニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべる真調。
ぼくはそのナナメ後ろの位置から、赤べこのようにひたすらペコペコと頭を下げ続けている。
受付から、通路の奥から。
こちらに向けられた警察官からの殺気の籠った視線が怖い。
ぼくは必死に目を合わせないよう、腰を直角に折り曲げた姿勢を維持したまま、ろくでもない同行者達に向けてこっそり呪いの言葉を吐いた。
―――ここは警察署の入口前。
今朝方から押し込まれていた取調室より、ようやく解放されたのがついさっきの事。
せせこましい小部屋から連れ出され、解放感にひたる間もなく自動ドアをくぐった僕ら3名は、曇天の下、実に半日ぶりとなる娑婆の土を踏む事が出来たのだった。
灰色の空からはしとしとと、切れ切れに小雨が降り続けている。
頭上から襲い来る冷たい感触に毒づくギョロ目男に先導され、ぼくは小走りで駐車場へ移動すると、黒塗りのセダン車の後部座席へと乗り込んだ。
途中、何やら背後で叫ぶ声が聞こえたような気がしたが―――
よくわからないのでひとまず無視することに決め、灰色のシートへぼすんと体重を預ける。
目を瞑りそっと小さく息をつくと、横合いからドアを閉める音が聞こえ、そちらへ首を巡らせる。
隣席の上にはちょこんと、小柄な中年男が収まっていた。
やけに行儀よく座るそいつを、ぼくは横目でじろりと睨みつける。
「―――で、これからどうするんです?ぼくに一体、何させる気なんですか・・・?」
「それはまぁ、後のお楽しみという事で―――」
警戒心たっぷりに口をとがらせるぼくに、のらりくらりと男が応じる。
そこへ突如、反対側の窓へぱん、と何者かが張り付く音が響いた。
不意を付かれてそちらを振り返り、ぼくらがそろって眼を見開いたのはほぼ同タイミングだった。
「ハァ、ハァ・・・見つけたぁーっ!!」
「「・・・!?」」
窓ガラス一枚を隔てた先には、やけに見覚えのある顔が真っすぐこちらを見つめていた。
―――まずは彼女と合流して、監視の目が離れた時は私に連絡してください―――
脳裏に男子便所で聞いた、ヘレンの言葉が蘇る。
そこにあるのは若干息を荒げ、頬を紅潮させたぼくの後輩―――羽生梓の姿であった。
「あーちゃん・・・何で、ここに」
「探しにきたの!」
目の前の光景が信じられず、呆然としたままぽつりと呟く。
車内に居るのがぼくだと確信できたのか、それまでじっと窓ガラスを覗き込んでいた彼女は満面の笑顔を浮かべると、実にシンプルな答えを返した。
傘もささずここまで来たのか、健康的に陽に焼けた肌の上には玉のような雨粒が滴り、セーラー服の肩は上の方が黒く変色している。
水も滴るいい女―――などと形容するまでもなく、元からすこぶるつきの美少女である彼女の姿は、輝かんばかりの魅力を放っていた。
乱れた息もそのままに、梓は窓ガラスにかじり付いたままこれまでの経緯を語り始める。
「学校でね?先輩が休みだ―、珍しいーっ、・・・って話してて。でも、バス停のとこで知らないヒト達と話してたって聞いて。それで・・・何だか不安になっちゃって、居ても立ってもいられなくなって・・・」
「あーちゃん・・・」
「あ、ここまで来るのはね?あそこの自転車借りて来たんだー、今度お礼言っておかなくちゃ!」
「・・・ここまで何キロあると思ってるの!?」
思いついた端から口にしたような、あーちゃんらしさ溢れる語りの何とも言えない懐かしさに、ぼくはつい涙ぐんでしまう。
しかし、そこへ耳を疑うようなトンデモ発言が飛び出し、ぼくは思わず全力で突っ込んでしまった。
―――ぼくらが住む立海町は、現在地のN市から直線距離で10km近く。
道路距離で見れば、それよりもずっと離れている。
半島という立地条件から、道中には起伏が豊富にあり、とてもじゃないがこの短時間で学校からたどり着けない距離の筈だ。
それを彼女は、1限目開始前に出発したとしても、昼前の今までにたどり着いたという事になる。
それも、居場所に関して何の手掛かりも無しにだ。
彼女が指さす先を見ると、自転車置き場の一角には銀色の自転車が置かれていた。
それがロードバイク等の走行に向いた物ではなく、ただのママチャリである事実に軽い眩暈を覚える。
鈍く痛むこめかみを軽く手で押さえると、ぼくはパワーウィンドウを操作する。
低い音と共に窓が降りると、外から湿った空気がふわりと入り込んできた。
「・・・全く、あーちゃんは。でも―――ありがと。こうして顔が見れて嬉しかった。せっかく来てくれたけれど、ぼくは大丈夫だから―――」
「いえいえそう仰らずに。是非ともボクチンにも、そちらのカワイコちゃんを紹介してくれませんかねぇ・・・?」
「―――っ!?」
内心を悟られないよう笑顔を浮かべると、ぼくは彼女を帰らせるべく口を開く。
特高やオカルト公務員なぞにあーちゃんを関わらせる訳には行かない。
―――しかし、その意図を伝えるよりも前に、ぬっと横から伸びた手が開閉レバーを引き、ドアを外に向かって押し開けた。
はっと振り向くと、そこには猿面に好々爺めいた笑みを張り付けた男が一人。
その瞳に宿る光にぼくは得体の知れないものを感じ、何故か身動きが取れなくなってしまった。
動けないぼくをよそに、男は車内よりおいでおいでと手招きを送る。
そしてぎしりと音を立てて反対側のドアを開けると、にっこりと微笑み少女を車内へと招き入れるのだった。
「さぁさぁ、遠慮せずにこちらへ・・・。ボクチンは助手席に移るんで、後は若い方々でヨロシクやってくださいな。キヒヒヒヒ!」
「え、いいの・・・?ありがとおじさん!」
「ま、待―――っ!」
男の言葉にぱっと顔を輝かせると、特に疑問も持たず梓は車内に足を踏み入れる。
彼女が乗り込んだことでスペースの減った車内へと、ぼくは一人分奥へ押し込まれる形で席を移った。
再びドアが閉まり、はっと気づいた時には後部座席にそろってぼくらは腰かけていた。
今からでも遅くないと、口を開こうとしたぼくの前で紺色のスカートを整えると、隣からふにゃりと安心しきった笑顔を向けられ、ぼくは何も言えなくなってしまった。
そんなやりとりをバックミラーの中から見つめ、小柄な中年男がにやりとほくそ笑む。
「―――ミッキー君。そういう事だから、後はお願いしますよぉ?」
「へへへ・・・あいよっ―――と!」
まずい。
と、そう思ったが時すでに遅し。
ばたんとドアの締まる音と共に、助手席の真調から運転手に号令が掛けられる。
4名を乗せた車は急発進すると、短くブレーキ音を響かせ車道の上へと身を乗り出すのであった―――
今週はここまで。




