∥005-06 残念無念また来年
#前回のあらすじ:新年あけおめ
[マル視点]
「【イデア学園】は宗教結社―――だとぉ!?」
「先刻、連れションの最中にそう、ポロッと零していたものでして・・・。そこで問い詰めてみればまぁ、そういう事のようですなぁ」
―――取調室内。
殺風景なコンクリート壁に囲まれた小部屋に、チョビ髭ギョロ目男こと生田目の怒声が響く。
自分が怒られたわけでも無いのに思わずぎくりとなるぼくの隣で、締まりのない猿面をへらへらと更に緩めたみすぼらしい中年男―――真調が鷹揚にうなずいた。
小休憩を挟み、便所でヘレンちゃんを交えての短い話し合いを経て。
再び戻ってきたこの場所にて、ぼくに続いて入ってきた猿顔男が、とぼけた顔でぽんと手を叩くと軽い調子で語り出した内容が、先程のやりとりである。
生田目はサメのように白目がちな眼をぎょろりと剥くと、ぼくの頭からつま先までを射抜くような視線で睨め付ける。
ぶるりともう一度震え上がるぼくの前で、精一杯のしかめっ面を浮かべると、彼はいささか肩を落としてぽつりと吐き出すのであった。
「・・・坊主や拝み屋はウチの領分じゃねえ」
吐き捨てるようにそう呟くと、ギョロ目男は実に残念そうに、ぷいとそっぽを向いてしまう。
それに対し全く残念そうじゃない表情で応じると、真調はケタケタと楽し気に肩を震わせた。
「ここでまさかの管轄違い。実に残念ですなぁ・・・残念無念また来年!キヒ、キヒヒヒヒ!」
しばしの間、取調室に軋り上げるような耳障りな声が響く。
白けた空気が流れる中、真調ははた、と動きを止めると、突然真っすぐぼくを見つめる。
スッとまなじりを細め見据えるその視線に、ぼくは何故か得体のしれないものを感じ、背筋を伝うイヤな汗にごくりと生唾を飲み下した。
微動だにできないぼくを前に、中年男二人のやりとりが続く。
「―――そんな訳でして。本件はこちら、既知対で預からせてもらいます。以後よしなに・・・」
「ちっ、仕方が無え。全く、こんな片田舎まで出張って骨折り損かよ・・・」
視線のみを動かし、呟かれた一言に生田目はぷいと不貞腐れたようにそっぽを向く。
小さく舌打ちが響くと同時に、視線を外されたぼくは金縛りが解けたように大きく息を吐き出すのだった。
「ごめんねぇ、ごめんねぇ。ミッキーちゃんへの埋め合わせはちゃ~んとするから!」
「期待しないで待ってますよ、センセイ・・・」
しかめっ面の生田目にそっと忍び寄り、猫なで声でぼそりと呟く中年男。
どこか茶番じみたそんなやりとりやりとりの後、真調は友人の肩をぽんぽんとあやすように叩くと、こちらを振り返りぱちんとウインクをして見せる。
―――幾つかよくわからない単語があったが、どうやらこれでぼくの身柄は猿顔男預かりとなったようだ。
トイレでやりとりした内容を思い返すに、あちらは最初からこうする気でいたようにも思える。
それを安心すれば良いのか悪いのか。
一向に測りかねるままにぼくは、引きつった笑顔を浮かべ小さく手を振り返すのだった。
「で、ここからはまた別件。ウチの管轄でちょ~~~っと、手伝って貰いたい案件がありましてねぇ・・・」
「何ィ・・・?」
そして笑顔を引っ込めると、神妙な面持ちでぼそりと呟く猿顔男。
いぶかしむ生田目の隣へ寄り、耳元でこそこそと囁くうちに、始めは怪訝そうだったその表情が次第に驚愕へと変わる。
生田目が類人猿めいた友人の顔を信じられないように見つめると、真調は満足そうにきひきひと耳障りな笑い声を上げた。
「・・・今の話、本当なのか?」
「天地神明に誓って事実ですとも。他所様のお偉方から直々に下された、トップクラスの極秘案件です。つきましては―――丸海人くん。私どもに力を貸してくれませんかねぇ?」
「えっ。・・・ぼく!?」
唐突に話を振られ、目を白黒させるぼく。
合っていて欲しくないと思いつつ聞き返すと、真調はにやりと黄色い歯を覗かせ頷くのだった。
「チミの力を見込んで―――ぜひとも我々を、助けてくれませんかねぇ・・・?」
ちょっと短いですがここまで。




