∥005-B 元旦特別番外編 祈り(2)
#前回のあらすじ:初詣行こうぜ!
[明視点]
―――七つまでは神のうち。
私が生まれ育った村では、七五三の風習がことさら重要視されていた。
男児も女児も、共通して七歳の七五三詣での日までは忌み名で呼び、『神』の所有物として扱われるのだ。
その理由の一つに、あの地における異常なまでの多産・多死が深く関わっていると思われる。
故郷においては、人も獣も草木に至るまで、常に生命力に満ち溢れ繁殖を繰り返していた。
毎年のごとくぼこぼこと赤子が生まれ、そして大抵の場合授乳期も過ぎぬうちに死ぬのだ。
未だに土葬の風習が残るあそこでは、家毎に埋葬場所を決めて堀った穴へ、古いものも新しいものも一緒くたに亡骸を放り込んでいた。
葬式をやる都度、墓場に土饅頭を増やす労力を厭うた末の、実に罰当たりな風習だと言える。
(私の父母はなぜか火葬されたようだが)
生後7年目を生き延びて初めて、ようやく人扱いされる。
そんな獣じみた常識が、あの村には蔓延っていたのだ。
幼き日の記憶に残る、人生最初の初詣。
あの思い出には、そうした背景があったのだろう。
そんな村で、母は住人達によって陰から『石女』と呼ばれていた。
その言葉が意味するところは―――女性機能の喪失。
命の軽い寒村に育ち、子をなす可能性を断たれて、私達を授かるまでの間、母は一体どのような思いで日々を過ごしていたのだろうか。
今となっては知る由もないが、生前、母は事ある毎にひとつの言葉を口にしていた。
―――諦めず願い続ければ、望みはきっといつか叶う。
あきらと、かなえ。
私達姉弟の名前こそが、母の想いが宿る、何よりの証拠ではないだろうか。
そんな気が、するのだ。
・ ◆ □ ◇ ・
学園東部、大ホールにほど近い一角。
ここには【神候補】達が利用する、共同の礼拝所が存在していた。
ヘレンによってこの世界へ招かれ、【彼方よりのもの】と戦う者達。
彼等は皆一様に十代の少年少女達(いわゆる【召喚組】には例外が居たが)であるが、その国籍も人種もバラバラである。
故に、それぞれの慣習や信仰によって起こるいさかいは、【学園】における日常風景の一つであった。
言語の壁こそヘレンの力で取り払われていても、それだけで人は相互理解に至れる訳ではないのだ。
また、日常的に礼拝を必要とする宗派もあることから、この地においても人々は祈りの場を用意する必要に迫られていた。
しかし―――信仰の違いとは、いとも容易く不和の種となるもの。
【学園】の創設期には、いささか血なまぐさい争いの歴史が隠されているのだという。
そうして度重なる衝突の末、ヘレンによる介入を経た結果―――
祈りを捧げるための場からは、宗派・戒律による摩擦を極力、排除するべし。
そんな暗黙の了解が成立したのだった。
「祈りの場―――共同礼拝所は、宗教・宗派を問わずに学園の誰もが利用できる施設だ。利用する上で主となるルールは三つ。一つ、祈りを捧げる為にのみ利用すること。一つ、他者の祈りを決して妨げないこと。一つ、上二つを破る者はその場の全員で叩き出すこと。それさえ気を付ければ、後は自由に礼拝してもいいって事だな」
「な、何だか物騒な話ね・・・?」
私に続き、すぐ後ろに叶、Arturia、寅吉の順で並ぶ列。
その前には、シンプルなレンガ造りの建造物が聳え立っていた。
外装から宗教的なシンボルを極力省かれたそれは、一見どの宗教とも無関係に見える。
しかしそれと同時に、全体に纏った空気は見る者に自然と、厳かな感情を抱かせるものだった。
変貌した顔を他者に見せないよう、目深にフードを被ったArturiaは私の解説に若干、引いた様子で小さく首を傾げている。
祈りの場にまつわる歴史と利用者が守るべき不文律に、いささか気後れしてしまっているらしい。
「―――まあ、宗教が発端の諍いなんて現世じゃ腐るほどありふれてるからな。こっちでも余計な争いを続けるよりはって事で、不心得者を共通の仮想敵と定めることで、一時の団結を図ることにしたんだろう。ちなみに、他者へルール破りの嫌疑をわざと被せた場合、課せられるペナルティはひときわキツいぞ。具体的に言うと相当期間の出禁+大ホールに赤字で名前と所属を晒されることになる」
「公開処刑じゃない・・・怖っ」
「ニョホホ。嘘吐きは目立ちたがりと相場が決まっている故、ある意味お似合いの処遇でござるな」
そんな雑談を続けながら、私達は礼拝所の中へと足を踏み入れる。
石造りのアーチの下に広がる床は清潔に掃き清められており、その上では参拝者達が幾つかの集団を作り、めいめいの方法で祈りを捧げていた。
窓から差す陽光の下で一心に黙とうする者、床に蹲り聖句を唱える者。
人種・性別・服装に至るまで様々だが、誰もが隣の参拝者とは適度に距離を取っており、独特の緊張感が満ちている。
見渡した範囲では神像や祭具の類は無く、また、参拝者もロザリオのような、手のひらに収まるサイズの物品のみ持ち込んでいるようだった。
過去に祭壇や神像を設置して礼拝所の一角を占拠し、騒動を巻き起こした挙句排除されたという事例から、最終的にこの形へと落ち着いたらしい。
基本的に身ひとつ、神殿は己の心の内に。
シンプルに祈りのみ捧げるのがこの場における、現在の基本様式となっていた。
「・・・今日はわりと空いてるな。人が増えないうちにちゃっちゃと済ませてしまおうか」
「本当に何もないのね・・・まあ、それはいいんだけれど。でも困ったわ、これだとオサイセンはどこに入れればいいのかしら?」
「それなら、こっちだ」
そう言って入口近くの一角を示すと、後ろに並ぶ寮生達からの視線が一斉に集まる。
指差す先には、一抱え程の簡素な器が置かれていた。
墨色の器を覗き込むと、底の方に淡く、菫色の光を放つ結晶が幾つか転がっているのが見える。
器の背後へ視線を移すと、『喜捨』と書かれた張り紙が一枚、壁にぽつんと貼り付けられていた。
興味深げに器と壁を交互に眺めると、フードの下で目をしばたかせArturiaは首を傾げた。
「これは・・・?」
「いわゆる募金箱―――ならぬ募金椀と言ったところか。掃除やら壁の補修やら、ここの維持管理に必要な費用は基本的に、投げ込まれた寄付金で賄われているらしい」
「・・・何だか、托鉢みたいでござるなあ」
「尺八構えた虚無僧は付属してないがな。・・・そういう訳で、賽銭を入れるならここだ。残念ながら賽銭箱は無い」
着流しの襟から器用に指先だけ出して、被り物の顎を撫でつつぼそりと寅吉が呟く。
妙にしっくりくるその例えに密かに感心しつつ、私は小物入れからひとつかみ【魂晶】を取り出すと、背後に佇む小さな掌の上にぽとりと落とした。
赤い瞳をぱちくりと瞬かせ、白髪の少年は菫色の光を放つ結晶を指先でつまんでしげしげと眺めている。
残る同行者達にも同じく、小ぶりな【魂晶】を手渡すと、私は最期に残された一つをひょいと下手で放り投げた。
からんと乾いた音を立て、器の底に輝く結晶体が呑み込まれる。
「こうやって投げ入れたら、手を合わせてお祈りするんだ。あいにくと五円玉は無いから、今渡した【魂晶】で代用してくれ」
「こ、こんな感じかしら・・・?」
拝殿は無い、賽銭箱も本坪鈴も無い、あるのは寄付金を投げ入れる器のみ。
無い無い尽くしのさもしい状況ではあるが、それなりに楽しいのかArturiaはうきうきした様子で結晶体を握りしめ、投擲体勢に入る。
―――しかし、はたと動きを止めると、不安そうな様子で恐る恐るこちらを振り返った。
「・・・これ、後から代金を請求されたりしないわよね?」
「元旦からそんな、みみっちい真似はしない」
「ほっ。そ、それじゃあ・・・いくわよ?」
えいっ、と可愛らしい掛け声と共に放り投げられ、菫色の軌跡を残して結晶体は器の底に呑み込まれる。
何やら必死な様子で手を合わせている彼女の後ろを見ると、残る面子も見様見真似で賽銭を投げ入れていた。
その中でひとつ、手元が狂ったのか器の口に弾かれ、小ぶりな【魂晶】が石畳の上に転がった。
それを追いかけ、ぱたぱたと慌てた様子で白髪の少年が駆けてゆく。
七転八倒の末にようやく賽銭を収めると、呆れ気味に小さくため息をつく私の前を通り、白い頬を羞恥で真っ赤に染めた弟はこそこそと隣に並ぶ。
その様子を見届けると、私もまた静かに手のひらを合わせ、いつか名も知らぬ神に祈った時と同じ願いを口の中で呟いた。
―――祈りを捧げる束の間、こっそり薄目を開けて隣を盗み見る。
母の面影を残すあどけない横顔が、じっと瞑目したままそこに佇んでいた。
思えば、すっかり遠くへ来たものだ。
いつかと違う空の下、私達はあの日と同じように祈りを捧げている。
あの時と異なるのは、弟が健康になりこうして隣で手を合わせている事。
あれから十年。
私達姉弟は、奇妙な縁に導かれここ―――
【イデア学園】に居る。
今週はここまで。
次回は本編に戻ります。




