∥005-03 マルを探して三千里(誇張表現)
#前回のあらすじ:マル、皆勤賞を逃す
[梓視点]
「あれー・・・?」
学校最寄りのバス停前、途方に暮れたように立ち尽くす少女が一人。
言わずと知れたマルの後輩、羽生梓その人である。
平素から常に溌剌とした表情を浮かべている彼女も、今は眉を八の字にして困惑の表情を浮かべている。
後ろで一つに纏められた長く艶やかな黒髪が、頭部の動きにつられその内心を示すように揺れていた。
先輩のクラスメイトの言によれば、今朝、最後にその姿を見たのがこの場所だという。
しかし今、ラッシュアワーを過ぎて閑散となった朝の路上には、彼女を除き人っ子一人として居ない。
しばしの間、周囲をぐるりと見回していた彼女であるが、やがてきびすを返すととぼとぼと歩き始める。
学校に向けて進めるその足取りは、失意を表すかのように重い。
「先輩、どこ行ったんだろ・・・」
ぽつり。
こぼれ落ちるようにして一言、呟いたその時。
小さく涼やかな金属音を耳にした、そんな気がして少女はふと立ち止まる。
そのままきょろきょろと首を巡らせ、音の出どころを探ろうとしたその時。
ちりん。
今度ははっきりと、小さな鈴の音が耳に届いた。
それは車道と歩道の間に植えられた、背の低いツツジの植え込みからだった。
梓は小走りに近づくと、地面すれすれに屈みこんで植え込みの下を覗き込む。
鼻の奥をつんと刺激する草の香り、土と落ち葉の間に落ちた、焦げ茶色の革財布が一つ。
そっと取り上げ、土を払ってから開く。
そこには組紐に結わえ付けられた、小さな銀色の鈴がひとつ、陰り始めた陽の光を受けて静かに揺れていた。
―――見覚えのある鈴だ。
「・・・おりんちゃん?」
ちりん。
目の前に掲げた鈴に向かって問いかける。
すると、今度ははっきりと涼やかな音色がそれに応えた。
記憶が定かならば、【学園】においてマルの側に居た茶虎の小猫。
その首元にあった小さな鈴が、丁度目の前のそれと全く同じ形状のものだった筈だ。
―――マル先輩の式神である、猫又の『りん』。
現世においてその姿は、核となる小さな鈴として、常日頃から主と共にあったのである。
それを知ってか知らずか、梓は小首を傾げると、目の前で揺れる鈴をまじまじと見つめる。
ひとりでに鳴る鈴にも、マルのものらしき財布が植え込みの下に落ちていたという事実も、あまり気に留めていないのは流石といった所か。
「えっと、先輩がどこいるか、知らない?」
―――ちりん
「・・・案内、してくれるの?」
―――ちりん
傍から見れば奇妙な、鈴と少女の問答が続く。
可愛らしい鈴音が最後にひときわ涼やかに響き、それを耳にした少女は花開くように満面の笑みを浮かべた。
「ありがとっ!」
―――ちりん
こうして、一人と一匹(現在は一個)による、マル捜索隊は結成されたのである。
心強い仲間を得て心機一転、マルの元へ向かおうとする梓であったが―――ここで新たな問題が発生する。
掌の中から伝わる感覚によると、求める人の居場所ははるか遠くに位置しているらしい。
つまるところ、目下の問題は移動手段の確保であった。
「えっと、じゃあ、どうしよっか・・・?」
笑顔から一転、困り顔できょろきょろと辺りを見回し始める梓。
せわしなく走らせる眼がふと、通学路を慌てた様子で疾走してくる一台の自転車で止まる。
「ひえぇぇぇ!遅刻、遅刻~~~~!!」
「ちょっと待った―――!!」
「ひ・・・えぇえええ!!?」
―――両手を広げ、自転車の進行方向へと躍り出る梓。
当然ブレーキも間に合わず、二人はあわや正面衝突―――かと思われたが、しかし。
衝突の瞬間自転車の前カゴをがっしと掴むと、梓はその細い四肢からは想像もつかない馬力で、前へ進もうとする自転車を抑え込みにかかる。
全身を使ったブレーキによる急制動により、擦れたアスファルトと外履きの間から土煙がもうもうと立ち昇った。
「・・・あれぇ?ぶつかって、ない?」
「ねぇねぇねぇ、ちょっといーい?」
「―――へっ?」
ふわふわした栗毛の、ボブカットの女生徒であった。
胸元のタイの色からして一年生であろう。
あどけない顔の少女は、衝突を予期して固く瞑った両目をおそるおそる開く。
しかし、何も起きていない現状にクエスチョンマークを頭上に浮かべ、きょろきょろと周囲を見回している。
そこに唐突に声を掛けられ、少女は大きな瞳をぱちくりと瞬かせた。
目の前には、前カゴを掴んだままにっこりと微笑むポニーテールの少女の姿があった。
「えっ、あ?な、何ですか・・・?今とっても急いでるんですけど・・・」
「お願い!と~~~っても大事な用があって。これ、貸してほしいの!いいかな?いいよね?」
「えぇえええ!?そんな急に言われても、困りますって!」
「後で返すから!一生のお願い!!」
「ええええええ・・・?」
目の前の少女――タイの色からして上級生――は、テコでも動きそうにない様子であった。
遅刻目前ということもあり、無視して行ってしまおうかとこっそりペダルに力を入れるがぴくりとも動かない。
本当にテコを持ってきても動かせない疑惑すらあった。
このままではらちが明かない。
―――この場で問答を続けるよりは、自転車を諦めて学校までダッシュしたほうが早いのでは?
どちらが早く学校に着けるのか。
頭の中でソロバンを弾いた結果、ボブカットの少女は折れることに決めた。
盛大にため息をつくと、名も知らぬ(よくよく見れば見覚えはあった)上級生をジト目で見つめたままため息をつく。
「・・・・・・はぁ。じゃあ、いいです。貸すだけですからね?センパイ」
「ありがとっ!いい子だぁー!!(ガバッ)」
「きゃあ!?」
目の前で咲いた、ヒマワリのような笑顔の大輪に面食らっていると、唐突にハグされて少女は目を白黒させる。
そのまま半ば放心したまま自転車を降りると、代わりにサドルへ跨った上級生からひょいと紙袋を手渡された。
「後でちゃんと返すから、それじゃ―――あ、これ預かってて?」
「―――重っ!?」
何気なく受け取ると、あまりの重量に危うく落としそうになる。
何が詰まっているのかと覗き込むと、乱雑に放り込まれた漫画本の山が眼に入り少女は更に困惑してしまう。
「どうすりゃいいのこれ―――あ、もう見えない」
やたら重い紙袋を歩道の上に置き、少女が視線を上げた時には既に、愛用の自転車の後輪は道の彼方へと消えるところであった。
―――先程までの一連の出来事は、一体何だったのだろうか。
キツネにでも化かされた気分になった少女は一人、閑散とした路上で立ち尽くす。
背後に見える校舎からは授業開始のチャイムが、遠く響き渡るのであった―――
今週はここまで。




