∥004-Y 授業を受けてみよう!
#前回のあらすじ:たくさんいた。
[マル視点]
「・・・そう言えばさ。なんで【イデア学園】なんだろうね?」
「えっ?」
揺籃寮、管理人室。
会取姉弟の居室であるこの場所に、すっかり常連となったマルの小柄な姿があった。
木製の小ぢんまりとしたテーブルを挟み、カードゲーム※をしながら談笑に興じる叶くんとぼく。
窓際の机ではジャージ姿の明さんが、帳簿らしきノートを前に黙々と数字を書き連ねている。
※・・・学園内には、お手製のテーブルゲームの類が流通している
それは一ゲームが終了し、白魚のような指先で山札をシャッフルする友人を眺めていた時の事だった。
ふと、脳裏に湧いて出た疑問をそのまま口にすると、テーブルの向かい側から虚を突かれたような声が上がる。
視線を前に向けると、唐突に振られた話題に付いていけなかったのか、シャッフルする手を止めた叶くんと目が合った。
ルビーのように赤い瞳には疑問の色が浮かび、ぱちくりと瞬きをしたままこちらを見つめている。
「え、えっと・・・何か気になるんですか?」
「いやあうん。今更な話なんだけれど・・・ここって、学園要素薄くない?」
「あぁ・・・」
若干の気まずさを感じつつ、気になっている内容を呟くと、線の細い友人は納得したように微笑みを浮かべた。
ぼくの友達は今日も信じられないくらい美少女だ。
「じゃあ、受けてみればどうだ?」
密かに白髪の少年の御尊顔に見とれていると、そこへ少しハスキーな女性の声が飛び込んでくる。
びっくりして振り向くと、意外なほど近くから黒縁眼鏡の女性がぼくを見下ろしていた。
何時の前に席を立っていたのだろうか、先ほどまで記帳していたノートを片手に立つその姿勢には、ひとかけらの乱れも見当たらない。
わけもなく少しドキドキしながら、ぼくは首をこてりと倒すと疑問の声を上げた。
「ええっと・・・受けるって、何を?」
「授業」
それに対する彼女の答えは、実にシンプルなものだった―――
・ ◇ □ ◆ ・
「えーそれでは、『いまさら聞けないなぜなにイデア学園』!講師はわたくし、ヘレンちゃんでお送りします!どんどんぱふぱふ~」
―――そういう訳で。
ぼくは今、『授業』を受けに来ていた。
場所は【イデア学園】南部。
レンガ造りの建築物が軒を連ねる広大な区画に聳える、『講堂』と呼ばれる建物の中だ。
部屋の大きさは20m四方程、現在ヘレンちゃんが居る教卓を先頭に、聴講する【神候補】達が座る長机が3列づつ僅かな間隔を空けて並んでいる。
聴講側の机は教卓から離れるごとに土台ごと一段づつ高くなっており、後ろの席に座っても教卓とその背後の黒板をすっきり見下ろせるような造りになっていた。
講堂内にはぼくの他にも、講義を聞きに来た人々がまばらに席を埋めている。
着席率は15%といった所だろうか、内容からしてぼくのような新入り以外には人気が無いようだった。
―――ここに来る途中、他に覗いた中にはほぼ満席の教室も幾つか存在した。
次の機会があれば、もっと人気がある講座を受けてみるのも良さそうだ。
視界を正面へと戻す。
教卓―――の上には、これまで何度か目にしたことのあるエセ女教師スタイルへ扮したヘレンちゃんが、ドヤ顔のままふよふよと漂っていた。
今日も銀縁眼鏡に紺のスーツ上下でバッチリ決めていて大変可愛らしい。
「・・・この場にいらっしゃるお兄さんお姉さんには、既にこの説明を聞いたことのある方も居らっしゃるとは思います、が!あえて改めて説明します。本講座は学園に来たてで、右も左もわからないという新人さん向けに定期的に開催しているものです。それこそ、ここに居らっしゃる皆さんなら誰でも知ってるような事から、意外と知らなかったオドロキの事実に至るまで、学園で活動する上で知っといた方が良いよーっという基本的な知識を習得してもらいます!返事はいいですかー?」
「「「はーい!!」」」
「よろしい!元気でいいお返事ですねー。後で質問タイムも設けるというか、むしろこっちが本命なので気兼ねなくドシドシ質問しちゃってくださいねー!」
・・・手にした教鞭でばしばしと黒板を叩きながら、褐色少女によるレクチャーが開始される。
ぼくは密かにごくりとつばを飲み込むと、彼女の声へと神経を集中させるのだった。
先に結論から言うと―――講義の内容は、既に知っている内容ばかりだった。
彼女の言葉の通り、この講座のキモは最後に控えているのだ。
まあこんなものか、とやや弛緩した空気が聴講席に漂う中、とうとう本命たる質問コーナーが始まろうとしていた―――
・ ◆ ■ ◇ ・
<質問:そういえば私達って何語で話してるの?>
聴講生の一人が、片手を上げて質問を放つ。
講義中は退屈そうにしていた他の聴講生達もにわかに活気づき、どんな答えが返ってくるのか瞳を輝かせ待ち受けていた。
「お、イイ質問ですね~。普段こういう些細な疑問って『まあいっか』と見過ごされがちなものですから、皆さんもこういう、あえて普段スルーしていた疑問をこの機会に解消しちゃいましょうねー?」
「「「はーい!」」」
ぱちりとウインクすると、宙をただよう褐色少女が笑顔の花を咲かせる。
聴講席から上がった同意の声に満足そうに頷くと、彼女は再び口を開くのだった。
「うんうん、いいお返事ですね・・・さて!日頃疑問に思ってる人も居るとは思いますが―――『イデア学園に言葉の壁はありません』」
そして、まさかの回答であった。
互いに顔を見合わせ、聴講生から小さくどよめきが広がる。
「老若男女古今東西、おじーさんもおネエさんまで誰であろうとここに居る限りふつーに言葉が通じます。任務に出ている間も同様ですねー。皆さんも知っての通りここは夢の中、集合的無意識の領域です。よって人々を隔てる自我の境界は現実世界とは比べ物にならない位薄いですので・・・私がちょちょいっと手を加えるだけで、自在に意思疎通できるようになるという訳です」
「それは一体、どんな理由で・・・?」
聴講生から疑問が上がる。
それに対しヘレンちゃんは右へ90度、首を傾げながら体全体で傾いて疑問を返した。
「なぜって?そりゃそのほうが楽だからですよー。他の理由なんてゼロです!・・・さてさて、疑問が解消できたところで次の質問、いってみましょー!」
質問した聴講生はやや納得のいかない表情を見せるも、からりと笑うヘレンの様子に苦笑する。
こうして最初の質問は終わり、次なる問答へと移ってゆくのであった―――
・ ◆ ■ ◇ ・
<質問:【時間凍結】って何?どういう仕組みなの?>
次の質問は、これまた普段スルーしている不可思議な現象に対するものであった。
【時間凍結】とは―――敵、つまり【彼方よりのもの】がこの世界に侵攻する際に作り出すという、時間の流れが静止した空間の事だ。
【彼方よりのもの】に通常戦力で対抗することが難しい理由の一つでもあるが―――改めて考えると、わけがわからない現象である。
時間が止まるって何だよ。
「えーそうですね、そのへん説明するとまた長くなるんですが~。・・・この際ですし、図解付きで詳しくやっちゃいましょう!はいどーん!!」
・・・と、言うが早いか。
質問に対し何度も頷いた後、ヘレンちゃんはおもむろに何処かから、キャスター付きのホワイトボードを取り出した。
どーん!と可愛らしい掛け声と共にお出しされたボードには、黒のマジックで描かれた可愛らしいSD絵と説明文が並んでいる。
「まず初めに―――【彼方よりのもの】は私達が住むそれとは異なる高次元世界、【彼方】に住んでいます。・・・ですが困ったことに、彼等は他の世界へ押しかけて生命エネルギー・・・『精気』を奪うとゆー困った生態がある訳ですねー」
ボードには左右に二つ円が描かれ、右の円には【彼方】の文字とUFOと宇宙人の絵が。
左の円には地球の絵が書き込まれていた。
ヘレンは続いてマジックペンを取り出すと、【彼方】側から左に向け矢印を引き、地球側からは逆向きの矢印と『精気』の文字を書き加えた。
「困ったちゃんな彼等ですが、こちら側へ仕掛けてくる襲撃には大きく分けて2パターンが存在します。『突発』と『巣』です。『突発』の場合はこう・・・【彼方】側から、次元の壁に穴を空けて・・・っと。地球側の目的の地点に開いたゲートを通じてやってくる訳ですねー」
二本の矢印に隣接する位置に、左右の丸を繋ぐトンネルが書き加えられる。
「・・・この時、トンネルを通じて【彼方】の構成物質―――霧状の高次元粒子が飛び込んできます。いわゆる【魂晶】の原材料ですねー、仮にビヨンド粒子、とでも呼びましょうか。この粒子には物理現象を超えた性質がありまして、大きく分けて―――この三つです」
◎ 三つの性質 ◎
1.精神感応
2.感情(≠精気)を触媒にエネルギーを発生
3.疑似物質化
キュッキュッキュ、と小気味のいい音を鳴らして、ボードに箇条書きされたのはこのような内容であった。
ヘレンはくるりと振り返ると、教鞭を片手に説明を再開する。
「一番目から三番目まではセットみたいなもので、生命体の精神活動と呼応してエネルギーを生み出して、それを基に粒子を含む霧を変質させて物質もどきを作り出します」
ボードの三要素に、「精神感応⇒エネルギー」「エネルギーを発生⇒敵のエサ/疑似物質生成」「疑似物質化⇒連中の肉体の元もコレ」とそれぞれ注釈が書き加えられた。
「・・・『突発』を例に挙げるなら、ゲートから噴出したビヨンド粒子はその場に存在する『最も高度に精神を発達させた生命体』―――つまり人間と呼応して世界のニセモノを造り出します。これが皆さんも目にしたことのある『時間の止まった世界』です」
そこでヘレンは一旦言葉を切る。
―――講堂はしん、と静まり返っていた。
誰も言葉を発していない。
たった今入ってきた情報量が多すぎて、雑談にかまける余裕がないのだ。
多分に漏れずぼくも、ひきつった表情でホワイトボードに並ぶ単語を追いかけていた。
―――異次元の粒子と人間の感情によって作り出される、時間の流れない世界。
それがこれまで自分たちが赴き、【彼方よりのもの】と戦ってきた場所の正体なのだとしたら・・・?
「【時間凍結】というのはあくまで便宜上の呼び名で、そういう現象があるワケじゃない。・・・ってこと?」
「おっ?お兄さん鋭いですね~。今回は」
「・・・今回は、は余計ですー」
無意識に漏れ出ていたつぶやきに、ヘレンちゃんがすかさず合いの手を入れる。
最期に付けたされた余計な一言に口を尖らせていると、周囲からくすくすと押し殺した笑い声が聞こえ、ぼくは慌てて口をつぐんだ。
「さーて、ちょっとだけ脱線しましたけど説明を続けますねー?先程の言葉の通り、【時間凍結】というのは便宜上そのほうが分かりやすいので呼んでるだけで、世界のニセモノ・・・古い呼び方ですが【影の国】がその実態です」
―――【影の国】
古代ケルト世界において、死者の住まう地として伝承に語られるそれと同じ響きを持つ言葉だった。
伝承を源とする造語か、それとも逆か。
答えは語られぬまま説明は続く。
「・・・【影の国】は人間が知覚する周囲の景色が原型となってまして、写真のように色やモノの配置まで綺麗に再現されてます。ふるーい都市伝説で『写真を撮ると魂を抜かれる』なんて言いますけれど・・・この転写された世界にはまさしく、イメージの元となった人間の精神が閉じ込められているんです」
「はい!・・・仮に人間の居ない場所でその、【影の国】が発生したとして、誰も居ないただの風景だけの世界になるのか?」
―――説明は続く。
途中、聴講席に座る一人が片手を上げ、教卓の上に浮かぶヘレンに向けて質問を放った。
対する少女は空中でふよふよと漂ったまま、両手で大きく『×』のマークを作る。
「それは逆にありえないですねー。そもそも連中は人間を狙ってこちらへ攻め込んでくる訳で、よって【影の国】が発生するのは原則、ヒトの居る空間に限られます。・・・例外を挙げるのならば、標的が人間そのものじゃなくて土地に染みついた残留思念の場合ですねー」
―――土地の残留思念。
ヘレンが上げたその例えは、ぼくがかつて訪れた任務の舞台―――森に囲まれた打ち捨てられた廃墟や、人気のない深夜の旧検疫所を想起させるものだった。
他の聴講生も同じようで、講堂の内部はにわかにざわつき始める。
「はいはーい、今はまず講義に集中してくださいねー?―――ちょうどタイムリーな話題が出た事ですし、次のお話は『巣』のパターン・・・常設任務の舞台となる敵さんのコロニーへ移ります」
パンパンと手を叩き、喧噪が鎮まるまで中空から講堂を見渡す。
静寂を取り戻したことを確かめ、満足そうに頷くと再びヘレンは口を開いた。
「ざっくり結論から話しますと、『突発』の場合より規模が大きく、複雑化した【影の国】。それが常設任務の掃討対象です」
「はぁーい。えっとー、それってどう違うんですかぁー?」
「結構違いますよー?例えば『突発』はその中心が車や船、旅客機みたいな交通手段である事が多いのに対して、『巣』の中心部は大抵廃墟や人気のない建物です。他には『突発』で発生した【影の国】は侵入してきた敵を全滅させれば破壊できますけど・・・『巣』みたいに安定しちゃってる場合ですと、いくら掃討しても放っておくとまた沸いてきちゃうんです。わらわらと」
聴講席の一人が手を上げ、再び質問のやり取りが繰り返される。
やや間延びした喋り方の女性が放った質問に対する答えは、台所の隅っこで蠢く黒いアレを思い起こさせるイヤ~なものであった。
視界の端をかさこそと黒い害虫が横切ったような気がして、思わずぶるりと震えあがってしまう。
「おやおやー、うふふ。何か連想しちゃいましたか?まあGの事はどうでもいいとしてー、他にも『突発』型が放置されたり、迎撃に失敗すると稀に『巣』へ成長しちゃう事があります。そうなると大変ですので、皆さん頑張って世界を【彼方よりのもの】から守って下さいねー?」
「「「・・・はい!」」」
ややSっ気のある笑顔で聴講席を見渡すと、ヘレンは締めの話題へと移る。
聴講席から気合の入った返事が返ってくるのを確かめると、彼女は満足そうにニッコリと微笑むのであった。
「それじゃ、長くなっちゃいましたし質問コーナーはこれで閉め切りです。・・・皆さん、お疲れ様でした!」
今週はここまで。
次回から次のエピソードをお送りする予定です。




