∥004-X 決着!スレンダーマン
#前回のあらすじ:だいぶ無茶しました
[マル視点]
スレンダーマン型シングが討伐されたことを確認して、マル達はようやく警戒を解いた。
油断なく構えていた武器を下ろし、短くため息をつく。
「倒しちゃったのですぞ、あんな化物を。本当に―――」
「事実である!吾輩の実力であればこの程度、物の数ではないのであーる!わはっははは!」
「アタイが戦ってる間へっぴり腰でブルッてた癖に・・・よく言うよ全く」
戦いが終わったことを確かめるようにして、興奮気味に言葉を交わす仲間達。
飛び交う他愛のない軽口の応酬に、誰ともなく自然と笑顔が広がった。
しんと静まり返った深夜の草原に、ゆったりと弛緩した雰囲気が広がる。
そこへタイミングを見計らったかのように、サマードレス姿の少女がふわりと姿を現した。
中空にてヘレンが浮かべるお日様のような笑顔に、居並ぶ面々からの視線が集まる。
「どもどもー、無事討伐できたみたいで良かったですね!そんな訳でお待ちかねの報酬タイムとなりますよー・・・それっ!」
「「「おお・・・」」」
緊張感のない掛け声と同時に、夜空に煌めく星々のように無数の淡い菫色の光を放つ結晶が出現する。
大小様々な【魂晶】は惑星を取り囲む衛星群のように、各々の周囲をゆっくりと浮遊していた。
続いて褐色少女が片手を振り上げると、ひときわ輝きを強めた星々は仲間達が身に着けるトルクの中心に吸い込まれてゆく。
しばしの間、その幻想的な光景に目を奪われる。
気が付いた時には周囲を取り巻いていた大量の【魂晶】はすっかり消え失せ、あとには【戴冠珠】のみが冷ややかな光を放っていた。
「いやはや、みなさんお疲れ様でした!今回は突発湧きした敵まで討伐してくれたんで、報酬にはちょっぴりオマケしておきましたよー?・・・というわけで、任務もこれでお終いですねー」
「お疲れさま。・・・アタイも今回は何だか、妙に疲れちまったよ」
「ところで報酬と言えば・・・『アレ』はどうなるのであるか?」
「『アレ』って・・・?」
「それはもちろん―――」
「キッス!おヘソの君からの情熱的で甘ーいキスですぞー!!!」
「「あそーれ、キース!キース!」」
疲労を感じたのか軽く肩を回し、ため息交じりにぼやくアンジー。
一方、兜野郎達は先刻、戦闘中のどさくさに結んだ約束を忘れてはいなかった。
怪人を見事倒せば、彼女から熱いキッスが貰える―――
その後にこっそり『かも?』と付け加えておいたが、青春に生きる十代男子がそんなことを気に留める筈も無かった。
約束の履行を求め、キス、キスと合唱を始めるバカ二名。
密かにこのまま有耶無耶にできないものかと願っていた、紅一点たる少女は淡い期待が霧散したことを悟り、無言のまま天を仰いだ。
「―――ったく。やるわきゃないだろそんなの!付き合ってられないよ、全く・・・」
「「そんなぁ」」
「あ、あははは・・・」
額に青筋を浮かべ、吐き捨てるようにして突き付けられたのは否の一言であった。
そのままそっぽを向いてしまった彼女の後姿に、ぼくは思わず苦笑いを浮かべる。
大方の想定通りとは言え、無残に望みを打ち砕かれた二人は膝から崩れ落ちると、がっくりと地に伏してしまう。
『orz』の姿勢でむせび泣く野郎共を横目で睨み、ぶちぶちと小声で文句を続けるアンジー。
その顔は次第にリンゴのように真っ赤に染まり、ごにょごにょと言葉にもならない呻きとなって終いにはうつむいて黙り込んでしまった。
「だ、大体・・・キスとか!付き合ってもいないのに早すぎるんだよ、全く。―――最低でもパパとママに挨拶して、お互いの関係をじっくり深めてからじゃないと・・・ぶつぶつ」
「ピュアか!」
普段の蓮っ葉な態度からは想像もつかない姿だった。
その純情っぷりに思わずツッコミを入れていると、背後でむくりと野郎共が起き上がる気配を感じ、ぼくはゆっくりと振り返る。
二人は若干、引いていた。
「・・・吾輩、別に家同士でカッチリしたお付き合いをしたいという訳でも無いのであるが」
「ぶっちゃけ適当にエロい事させてくれるなら正直、誰でもいいのですぞ・・・」
「えぇ・・・?」
お前らアンジーさんにお熱じゃなかったんかい。
等と心の中でツッコミを入れる間も、兜野郎共の赤裸々な吐露は続く。
「吾輩はチヤホヤして欲しいのである。常に半歩後を付いて歩いて、一挙手一投足を全て賞賛してくれる見目麗しい乙女が欲しい」
「―――セ〇レ!十代前半!魅惑のくびれ!」
「「友よ!!」」
「・・・最っっ低」
がっし、とむさい金属兜の野郎同士が固く抱擁を交わす。
二人は承認欲求と性欲に全開であった。
全開すぎて彼女を求めるレベルに行きついていないのだと、ようやく理解するも時すでに遅し。
数歩引いた位置から汚物を見る眼差しで、アンジーは感涙にむせび泣く兜野郎共の姿を眺めていた。
今まで、彼等の不器用なアプローチを手助けしようと色々と頑張ってきた訳だが、もしかしなくとも全て見当違いの空回りだったようだ。
どっと疲れが押し寄せてきたぼくは、がっくりと肩を落とし深くため息をつくのだった。
「・・・はぁあ、なんだかなあ。別に見返りが欲しかったワケじゃないけれど、こうも見込み違いだと徒労感が―――あれ?」
「・・・マルっ!?」
くらり。
何気なくつぶやいた愚痴を言い終えるより前に、突如襲われた浮遊感に身体が傾ぐのを感じる。
気付いた時には、芝生の上にぺたんと尻もちをつきぼくは星空を見上げていた。
異変に気付いて駆け寄ってくる仲間達に大丈夫だと伝えようとするが、手足に力が入らず立ち上がることすらままならない。
「あー・・・これ、ダメみたいですね。あの戦いで最後、ありったけ力を使ったせいかな?」
「ちょっと待ってくださいねー?・・・【神力】が見事に空っぽになってますね。見た所精気も相当減ってますから、一度ガス欠になったところを体内の精気を元に無理やり【神力】を絞り出したんじゃないですか?お兄さん、器用なことしますねー」
「そ、それって大丈夫なの・・・?」
「敵地でやると完全に無防備になるんで、オススメはしません。でもまあ、今ならいいんじゃないですか?敵は全部やっつけましたし、小一時間休んでれば歩ける程度には回復するでしょ、多分」
「ふーむ、大事ないようで安心したのですぞ」
「・・・体力が足らんからこうなるのである!もっと肉を食うのである!!」
「あはは・・・」
―――ヘレンちゃんが言うには、どうやらしばらく休めばまた動けるようになるらしい。
ぼくは心配そうに覗き込んでくる仲間達に大丈夫だと伝えると、全身を覆う倦怠感が消えるまでこのまま待つことにした。
地面についた手のひらに感じる、ひんやりとした芝生の感触がほてった身体に心地いい。
―――それにしても、思い返してみると今回は、なかなかにギリギリの戦いだったように思う。
最初は宇宙人型相手に楽勝ムードで進んでいたが、最後の最後でまさかの強敵。
ヘレンちゃんは勝てる相手だと言っていたが、正直何か一つでもボタンを掛け違えれば敗北してもおかしくない相手だった。
今もこうして、スレンダーマン型との戦いでの無理が祟って身動き一つまともに出来ない始末だ。
「・・・もっと、強くならないとね」
「―――マル?」
「ん、何でもなーい」
ふとつぶやいた一言が耳に届いたのか、振り返って首を傾げるアンジーに向けて何でもないと手を振る。
一瞬心配そうな表情を見せるが、彼女はやがて前へ向き直ると野郎二人と他愛のない言い争いを始めた。
それを苦笑しながら眺めていると、ひょいと逆さまになったヘレンちゃんが頭の上から覗き込んできて、ぼくは小さく叫び声を上げてしまった。
「ところでお兄さん」
「うわ!?・・・ヘレンちゃんか。また急にどうしたの?」
「おやすみません、驚かしちゃいましたか?・・・えーとですね、あちらの方達から何かお話があるみたいですのでー」
「あちらの―――?」
小さな手が指差す方向を見ると、そこには白い病院着を身に纏った女の子がひとり、芝生の上にちょこんと立っていた。
旧検疫所の中でも見かけた、幽霊とおぼしき幼女だ。
改めて見ると、身に纏ったオーラが生者のそれとは異なるように感じる。
【神候補】として覚醒したお陰か、そういう霊的な意味での違いも感じ取れるようになっているらしい。
幽霊幼女が現れた事に気づいたのか、仲間達も会話を止めて同じ方向を注視している。
一人、アンジーが慌てた様子で駆け出すと、女の子の前で立ち止まりしゃがみ込んで目線を合わせた。
「ぶ、無事だったんだ―――良かった。心配してたんだから」
『ごめんね』
「ううん・・・いいんだ、心配したのはアタイの勝手なんだから。それで、話したいことって―――?」
短く謝罪の言葉を告げる幼女に、アンジーは優しく微笑んで首を振る。
先程の会話が聞こえていたのか、続いて彼女は幽霊少女の要件について尋ねた。
病院着の幼女はぱちりと瞬きをすると、抑揚のない調子で再び口を開く。
『黒くておおきなおばけのせいで、わたしたちずっと困ってたの。だからやっつけてくれるひとをさがして、あちこちあるきまわってたのよ。お姉さんたちをみつけたのも、そのとき。だから―――お礼をいわなくちゃって』
「・・・そう、だったの」
どうやら、幼女が黒衣の怪人が潜むシャワールームへ誘導したように見えたのは、気のせいでは無かったらしい。
彼女もゴーストのようだが、霊体のみの存在にとって【彼方よりのもの】はとても危険な相手だ。
直接相手取る訳には行かないので、ぼくらの助力を必要としたのだろう。
しんみりとした空気が流れる中、病院着の幼女と細身の少女の会話は続く。
『ありがとう。これでわたしたちも、またしずかにくらせるわ』
「お礼なんていいさ、アンタが無事でいてくれたなら、アタイはそれで・・・」
『そうなの?でも、やっぱりかんしゃしているわ。みんなもそういってるから、あなたたちにそれをつたえたくって』
「―――皆?」
『そう、みんな』
「だ、ダン・・・?あれ―――あれ!」
幽霊少女の発言によって生じた小さな疑問に、アンジーは首を傾げる。
その時―――ぼくは見てしまった。
病院着の幼女の背後、月の光に照らされ静まり返った旧検疫所の、窓。
照明が落とされ、墨を落としたように黒く染まったそこに―――青白くぼんやりと見える、人の影が。
一つ、二つ、三つ、四つ。
窓と言う窓からびっしりと―――無数のシルエットがじっとこちらを見つめていたのだ。
ひゅう、と息を吸い込む音が、誰からともなく聞こえた。
「ぎ・・・」
「ぎゃあああああああ――――!!!??」
―――豪州入植時代より存在する、閉鎖された検疫所跡。
そこは新天地での生活を夢見て、志半ばで病に倒れた数えきれない人々の霊が眠っているという。
そして現代。
検疫所としての役目を終えたそこには、夜な夜な死者の霊魂が徘徊するという。
嘘か真か。
それを信じるかどうかは、あなた次第―――
今週はここまで。




