∥004-W ビート・ザ・スレンダーマン
#前回のあらすじ:あいつを〇せ、報酬はキスだ!
[マル視点]
月光を受け止めにぶく輝く長剣を八双に構え、バイザー付兜を被った騎士が草原を駆ける。
目指す先は痩身無貌の怪物、スレンダーマン型シングだ。
覚醒により強化された脚力が、10m以上はあった両者の間合いをあっという間に詰める。
みるみるうちに至近距離にまで肉薄した騎士に対し、怪人はつるりとした頭部を傾けると、おもむろに二本の触腕を放った。
空を切り、鋭い音を立てて迫る漆黒の鞭。
左斜め上、右下の地面スレスレと、それぞれ異なる軌道を描き飛来したそれは、騎士の身体をしたたかに打ち据える―――かと思われたが、直前に白銀の閃きによって撃ち落されていた。
「ふん!はあっ!!・・・この程度で某を仕留めようとは片腹痛いのですぞ―――!!」
血ぶりを入れた長剣の切っ先をびしりと突き付け、啖呵を切るJames。
しかし触腕の迎撃により彼の足は止まっており、未だスレンダーマン型本体にダメージを与えるには至っていない。
その隙をつくようにして、幻影のように白い影が彼の横合いから飛び出した。
白馬に跨ったバケツ型ヘルムの騎士―――Danielである。
「とおおおおぉぉつげきである―――っ!!」
雄叫びと共に怪人の前へと躍り出た勢いのままに、右手を振り上げ自重を乗せた突きを放つ。
加速度が加わり凄まじい破壊力となった一突きは、うなりを上げて怪人の正中めがけ吸い込まれた―――かに見えた。
怪人はしかし、ぬるりと軟体生物を思わせる動きをもってその身をよじり、突撃槍の直撃をすんでのところで回避していた。
金属兜のスリットの奥で、少年の両目が驚愕に見開かれる。
「なんと!?」
『ヒヒィィィン!!』
渾身の一撃を躱され、敵の至近距離で死に体となったDaniel。
まさに絶体絶命の危機であったが、主のピンチに愛馬の戦闘本能が開花する。
騎士の化身たる白毛のポニーは瞬時に上体を起こし、固い蹄に覆われた前脚を怪人に向けて振り下ろしたのだ―――!
鎧騎士+騎馬の超重量が掛かった踏みつけを胴体に受け、たまらず一歩後ずさる怪人。
そこへすかさず追撃を入れるべく、突撃槍を引き戻そうとした所に後方より迫る風切り音が耳に入る。
彼が反射的に振り返ろうとしたその時―――
突如、衝撃と共にずしりと強烈な荷重が頭上より加わる。
一瞬でずり下がった兜のへりがチェインメイルの襟と衝突し、ごちんと鈍い音を立てた。
「んなっ・・・何事であるか―――!?」
何が起きたのか、と疑問を抱く間もなく、視界に散った星に眼をしばたかせるDaniel。
混乱するままに見上げた彼の視界に、長剣を頭上に構え、空高く飛翔する友人の姿が飛び込んできた。
「わ・・・吾輩を踏み台にしただと―――!?」
「うわはははは!某は一足先に行かせてもらうのですぞ・・・キスはもらったぁー!」
事態を理解し、愕然と上げた叫びに高笑いで返すと、バスネットの騎士は怪人にその刃を叩き込まんと、天高く愛剣を振り上げる。
しかし―――滞空中はそのまま無防備な訳であり、迎撃するなという方が無理な話であった。
自分に向けて一本の触腕が鎌首をもたげる様を視界に収め、バスネットの下で少年の表情が盛大にひきつった。
鋭く先端を尖らせ、投げ槍のような動きで触腕が迫る―――!
「―――そこっ!!」
『・・・!!!』
このままではあわや串刺し―――かと思われたその時。
掛け声と共に飛来した碧く輝く水塊がその前に滑り込み、触腕の一撃を直撃コースから弾き飛ばしていた!
思わず振り返った先では、小柄な少年がこちらに向けガッツポーズを取っていた。
そのまま両手でメガホンを作り、ありったけの声を張り上げる。
「Jamesさん!いっけぇー!!」
「感謝するのですぞ・・・!必殺!!ヒテンミチュルギ―――龍〇閃んん―――!!!」
少年の声援を背に受け、みなぎる力を込めた一撃を落下の勢いのままに振りぬく。
お気に入りのカートゥーンから取った決め技は怪人の回避を許さず、黒々とした表皮を大きく縦に切り裂いていた。
血潮のように傷口から粒子が溢れ出し、周囲の空間を菫色に染め上げる。
「やったか!??」
「ちょっ、それフラグ―――」
何とか着地を決めると、がばりと起き上がって必殺剣の成果を確かめる。
しかし余計な一言が祟ったのか、苦痛に藻掻くように地面へ突っ伏した怪人の背中が一斉に泡立った。
特大の蚯蚓が表皮の下で暴れるように、凸凹になった怪人の背中よりおびただしい数の触腕が飛び出す。
黒褐色の体液を飛び散らせ、四方八方より触腕の嵐がバスネットの騎士へ向け殺到した――ー!
「う・・・うわぁぁぁぁあ!!?」
「南無三・・・全部もってけ!メル―――!!」
『・・・!・・・!!!』
驚きすくみ上がり、身動きの取れないJames。
正に一刻を争うこの状況に、マルは残す全ての【神力】をここで使い切ることを決意した。
ありったけの力を注がれ、瞬時に見上げるほどのサイズへと巨大化するコバルトブルーの水塊。
全身の輝きをいっそう強めると、触腕の嵐の前へ瞬時に滑り込み全ての攻撃をそのボディで受け止めていた。
重い打撃音が周囲へ響きわたり、メルの巨体がくの字にへし曲がる。
「まだまだ―――全部・・・呑み込めぇぇぇぇ!!」
『・・・・・・!』
触腕の勢いに押され、神使メルクリウスのボディは中央部がたわみ、全体が半円状へと変形していた。
そこへ主の指令を受け、ぶるりと全身を震わせると水塊は急激にその姿を変化させてゆく。
外延部を薄く延ばし、半円状からアメーバの捕食動作のように形を崩し、怪人へと襲い掛かるメル。
異変を感じとっさに触腕を引き戻そうとするも間に合わず、あっという間に碧く輝く水膜によってその巨体がすっぽりと覆われていた。
水膜から抜け出そうと、滅茶苦茶に触腕を振り回し暴れる怪人。
その衝撃を抑えるべく、マルは尽きかけた【神力】を更に振り絞る。
「んぎぎ・・・!縮んで、固まれっ!!」
『!!!』
ずきずきと痛む頭に脂汗を流しながら、マルは己の化身に向けて突き出した掌をぎゅっと握りしめた。
次の瞬間、怪人を包む水の膜が瞬時に収縮し、ラップされたように全身を拘束していた。
それを確かめ必死の形相で振り返ると、少年は後列に向けて声を上げる。
「アンジーさん!―――雷!ありったけで!!」
「―――あ、ああ!・・・『電』+『電』・・・撃っ!!」
最初、目まぐるしく移り変わる戦況に呆気に取られていた少女であったが、言葉の内容を即座に理解し怪人に向けて右手を構える。
重ねられた力あることばは、青い火花を散らす光の杭となってクロスボウのレールに姿を現した。
素早く狙いを付けると、怪人を包む紺碧の水膜の中心に向けて光の矢を放つ。
暗闇を裂いて飛来した光束は、着弾と同時に凄まじい電気火花を放ち轟音を響かせた。
「続けて行くよ!セット―――『電』+『電』・・・撃!撃!・・・撃ッッ!!!」
「く・・・うぅぅっ!?」
連続して電撃の矢をつがえ、クロスボウより放つアンジー。
その度に稲光が周囲を白く染め上げ、つんざく轟音が黒くざわめく木々の枝葉を震わせる。
伝導体とはいえ、己の化身ごと怪人を貫く雷撃のショックにマルはわずかながらダメージを蓄積させ、今にも倒れる寸前であった。
永遠にも思える我慢比べの末、最期にひときわ強く響いた轟音の後に力尽き拘束を解くと、そこには半ば炭化し所々がひび割れた怪人が力なく横たわっていた。
ぶすぶすと黒煙を上げ、微動だにしないスレンダーマン型シング。
その様子を若干離れた位置から、油断なく獲物を構えた兜野郎達が固唾をのんで見守る。
しばしの間、動かぬまま横たわっていた怪人であったが、やがてぼそりと音もなく崩れると、端から菫色の粒子となって消滅し始めた。
「こ、今度こそ・・・」
「倒した―――?」
誰ともなくつぶやかれた一言を肯定するように、消滅の速度を速めた怪人は1分足らずのうちに細かい粒子となって消え去ってしまう。
跡にはぽっかりと、横たわる人の型に黒く焼け焦げた芝生のみが残されていた―――
今週はここまで。




