∥001-11 ボス登場!
#前回のあらすじ:わんこ温い
[エリザベス視点]
『TuLi!』『TuLiLiLi!!』『TuLi―――!』
「・・・これは!?」
「皆、下がって―――」
バス外、中空に張り巡らされた石灰岩の回廊の上。
残り僅かとなった『UFO型シング』が、アラームのような音と共に菫色のスペクトラムを放つ。
追い詰められた獲物たちが見せた異様な行動に、私は追撃の手を止め距離を取るよう味方側へ指示を出しました。
窮鼠猫を噛む、と言いますもの。
焦って手を出すよりは、ここは相手の出方を伺った方が得策ですわ。
そうして私達が事の推移を見守る、その一方。
銀盤の怪物達はその場でぐるぐると円を描いて回りながら、菫色の光を更に強めて行きました。
―――高鳴る警笛、光の渦、鈍く輝き回転する円盤。
それらは次第に高まってゆき―――唐突に、砕け散ってしまいました。
「・・・へ?」
「諦めて・・・自爆したのでございましょうか?」
「根性無しですわね。まあ、それも仕方のない事かしら?彼我の戦力差は圧倒的でしたもの。・・・おーっほっほっほっほ!」
「―――ま、待ってくださいまし!あの光、どんどん強くなってるでございます!!」
「「!?」」
耳障りな高周音を残し、光の粒子を残し消えたUFO達。
それを敵前逃亡と取り、高笑いを上げる私の耳に抄子さんの慌てたような声が届きました。
何事かしら?
細い指が差すその先に、3人の視線が集まります。
私達が再び見上げた上空には―――
『LILILILILILILILILILILILLILLLILi!!!』
「銀色の、巨人ですって・・・っ!?」
菫色の渦の奥から、異様な雄叫びが響きます。
圧倒的なプレッシャーに、その場に居た全員の顔色がさっと変わりました。
渦巻く光の向こう側から、ぐにゃり、と空間を捻じ曲げて巨大な五本指が姿を現します。
それは渦のへりを掴むと、引き裂くように広げ―――
渦の奥に潜む『何か』が、この世界へと現れようとしていました。
世界の隔たりを繋ぐ菫色の光の奥、悲鳴のように軋み上げる渦を断ち割り、全身を露にした『もの』。
それは全長十数mにも及ぶ、銀色に輝く無貌の巨人の姿でした。
・ ◆ □ ◇ ・
[マル視点]
「なっ・・・何じゃありゃ~~~~!!?」
「やはり―――現れましたか」
窓ガラスに顔を押し付けるようにして、ぼくは外の景色に食い入る。
菫色の燐光が降り注ぐ上空、そこには目を疑うような光景が繰り広げられていた。
薄れゆく光の渦を後光のように纏い、ゆっくりと降下してくる巨大な『何か』。
―――それは、巨大な人体であった。
不定形にして、金属光沢を放つ肉体。
その全長、ゆうに10数mはあったであろうか。
見上げる程のサイズにも関わらず、どこか現実味が無い巨体。
間違いなく其処にあるのに、捉えどころのない―――正しく『霧の巨人』と呼ぶべき異形が、そこに存在していた。
「・・・身の丈九丈にして光沢を帯び、ぶよぶよと不定なる体と目鼻口を持たぬ顔。深山に潜みて空を駆け、迷い込んだ人を喰らう。我が国の故事に【野衾】の名で記される怪異、その正体が―――アレです」
「犬養さん・・・。あ、アレは一体・・・!?」
「敵です」
ぼくは呆然と空を見上げつつ、背後に立つ短髪の青年に疑問を投げかける。
じっと窓の外、上空に現れた怪物を注視しながら、青年はシンプルにそう答えた。
あれこそが打倒すべき真の敵である、と。
「マル君。我々が戦う『敵』には、大きく分けて二つの系統があります。一つは『UFO型シング』。『空飛ぶ円盤』の名で知られる怪飛行体です。エリザベスさん方が相手していたのは、その最下級に位置する存在でした。そして、たった今姿を現したのはもう一つの系統―――『宇宙人型』に分類される敵性体。それも確認されている限り最上級のものです」
「宇宙人型・・・シング!?」
「その通り。彼奴は英語圏における都市伝説に倣い、『フライングヒューマノイド型シング』と呼称されています」
―――『フライングヒューマノイド』。
それは全世界において目撃証言の挙がる、未確認生物の一種である。
2004年1月16日、深夜。
中南米のとある国にて、警邏中の警察官から緊急援助要請が寄せられた。
警察車両が空を飛行する、謎の怪物に襲われているのだという。
駆け付けた同僚達の前で、憔悴した様子の警官は怪物は上空よりボンネットの上へ飛び乗り、フロントガラス越しに幾度となく掴みかかって来たのだと語った。
しかし、現場に怪物の存在を示す痕跡は無く、警官は精密検査を受けたが何の異常も認められなかったという。
はたして、怪物の正体は白昼夢の産物か、はたまた痕跡を残さず暗躍する狡猾な獣か―――?
件の怪物の全長は3M前後、体色は黒または焦げ茶だと言われる。
今、眼前に浮かぶ巨体とはあまりに異なるが―――あくまでモチーフはモチーフ、別の物に過ぎない。
現世へ実体を持たず、霧状の粒子を3次元世界へと投影させる高次元生命体。
【彼方よりのもの】として彼の怪異の名を借りる存在は、甲高い咆哮とともに不定形の巨腕を天高く振り上げた。
『LiLiLiLi―――!!』
「【ネフェルティティ】、全力防御・・・!!」
『(にゃ!!)』
巨人の狙いを一早く察知したローブ姿の少女が、影絵の【神使】に指令を飛ばす。
小さく可愛らしい鳴き声が響くと、【石灰岩の回廊】が燐光を帯び唸りを上げた。
瞬時に厚みを増した天の回廊へ、黒く変色した巨大な腕が菫色のエネルギー光を纏い、叩きつけられる!
「(持たない・・・!?)盾よ、間に合って―――!!」
「ああっ!」
「バスが・・・!?」
【神力】を追加で注ぎ込まれ、強度を増した回廊は黒変した腕に触れた瞬間、紙切れのように千切れ飛んでいた。
その、あまりに危険な威力に顔色を変え、マルヤムは十重二十重に【猫女神の盾】をその進路へ滑り込ませる。
しかし―――それを意に介さぬかの如く、石板の盾は砕け散ってゆく。
そのまま全ての障害を吹き飛ばすと、行く手にあったバスの車体後部へ巨人の拳は振り下ろされた!
「・・・ぶべらっ!?」
轟音、衝撃。
激しい揺れにぼくはつんのめって転び、盛大に床とキスしていた。
くらくらする頭を押さえ、なんとか立ち上がる。
視線を上げた先にあったのは、ひび割れた床とガラス片。
そして―――
外壁がごっそりと削り取られ、外の景色が丸見えになった後部座席であった。
※2023/09/25 文章改定




