∥004-K めちゃモテヒーローズ
#前回のあらすじ:黒幕っぽいムーブしてみたなう
[マル視点]
オーストラリアの大都市、シドニーにほど近い郊外の一角。
ビーチのさざ波が届く静かな森の中に、その建築物はあった。
かつての豪州入植時代、移民船内で発生した病人は防疫の観点から都市部を離れた検疫所に集められ、そのうち少なくない人数がそのまま命を落とした。
故郷の地を離れ、新天地での心弾む日々を夢見た若者達が、暖かなマイホームではなく消毒液の匂いが染みついた病床の上で果てる。
その悲劇的な背景から、現代に至るまでこの場所はいわく付きの土地―――いわゆる心霊スポットとして認識されていた。
そして―――そういう場所を好んで棲むものどもが、この世には存在する。
<< ボソボソ・・ >>
<< ヒソヒソ・・・ >>
グリーンの非常灯のみが、ぽつんと遠く光を放つ深夜の廊下。
検疫所としての役目を終えて以来、ゴーストツアーに訪れる観光客以外誰も居ない筈のこの場所に今、蠢くものがあった。
子供ほどの背丈、胴体に比べ大きく無毛の頭部、黒光りする二つの大きな瞳。
都市伝説で『リトル・グレイ』の名で知られる怪物達が、無人の廊下を徘徊していた。
その正体は―――人間でも動物でも無い。
異次元世界より来訪し、霧状の粒子を疑似的な肉体として纏って現れる化物、【彼方よりのもの】と呼ばれる存在であった。
【時間凍結】と呼ばれる、時間が静止した空間で活動する彼らは人気のない廃墟を好み、そこを訪れる動物や人間から精気を奪う生態を持つ。
肝試しに行った若者が突然高熱を出して寝込んだり、体調不良を訴えることがあるのにはそういった理由があるのだ。
故に―――
「フィアナ騎士団・・・万歳ッッッ!!!」
<< OOPS!? >>
奴らを滅ぼすものもまた、姿を現すのである。
宵闇を高らかな雄叫びが引き裂き、カカッと連続して響く蹄の音が廊下を駆け抜ける。
漆黒の闇を貫いて現れたのは―――角ばった形の金属兜にサーコート付チェインメイルを身に纏った、馬上の騎士であった。
襲撃者に気づいた宇宙人型シング達はとっさに振り返る―――が、時すでに遅し。
鈍く光る騎乗槍の穂先は今まさに、丸い頭部を目掛け振り下ろされた所であった。
風を切り、研ぎ澄まされた切っ先が迫る!
―――が、空振り。
したたかに打ち据えられた床が甲高い金属音を上げ、廊下の両側に並ぶドアがびりびりと揺れた。
<< lol >>
<< ^o^ >>
一瞬唖然とした後、騎士を指さし嘲るようなしぐさを取る宇宙人型達。
しかしその黒光りする大きな瞳いっぱいに、間近に迫る蹄の影が映りこんでいた。
『ヒヒィィィィン!!』
<< SMAAASH!!? >>
鈍い衝突音に続き、ひしゃげるような音が立て続けに響く。
槍こそ外れはしたものの、速度の乗った突進に巻き込まれて無事でいられる筈もなく。
蹄で頭をカチ割られ、後ろ足で跳ね飛ばされべしゃりと壁に張り付く二体の宇宙人型達。
彼らは最後に力なく痙攣すると、菫色の燐光となって消えるのだった。
「お疲れ様です!見てましたよ、凄いじゃないですか!」
「そ、そうか?・・・そうだな!いやーはっはっはっはっは!!わが名槍に貫けぬものなし!」
それを見届け、馬上で荒い息をつく騎士の元へ、廊下の奥から複数の靴音が駆け寄る。
そのうちひときわ小さい影が菫色の光を放つランタンを携え、にこやかに微笑む。
我等が主人公―――マルである。
「いや、あんた今思いっきり空ぶってたでしょ」
「はっはっは・・・は・・・」
続いて現れた少女―――アンジーから、上機嫌に槍を掲げる騎士に向けため息交じりの冷たい言葉が浴びせられる。
じろりと睨むアンジーの視線に、今の討伐に騎乗槍が貢献していない事実を指摘されたDanielががっくりと項垂れる。
「ま、まあまあ!倒せたんだから結果オーライですよ。・・・ですよね、Jamesさん!」
「ずるいですぞ・・・某にももっと見せ場を、見せ場を・・・!!」
内心はらはらしつつ慌ててフォローを入れるぼく。
若干苦しいと思いつつ助け舟を求めた相手は、鴉の嘴のような形状のバイザーの下で血涙を流さんばかりにぐぬぬと唸っている最中だった。
ぼくは一瞬真顔になると、二人を引っ張って廊下の隅へ移動する。
「Jamesさんが活躍できる場面はちゃんと用意しますから・・・今はガマンしてくださいってば」
「サー・James、男には耐え忍ぶべき時というものが有るのである!」
「きっとウソですぞ!某にはダンみたいな騎乗できて目立つ【神使】は無いし、今後アッピールできるチャンスなぞどうせ巡ってこないに決まってるのですぞー!!」
アンジーに聞こえないよう、小声でこそこそと話し合う3人。
しかしネガティブな内容を口走り、うををんと男泣きするバシネット男を前に、思わず顔を見合わせる。
続いてぼくは、今しがた話題に出た隣の男が跨っている存在へと視線を移した。
それはDanielが有する【神使】にして、騎士の代名詞でもある存在―――騎馬であった。
【Aonbharr】と名付けられた眼前の白馬は、鎧兜で武装した男子の重量をものともせず、先程は暗闇での突撃を見事敢行して見せたのである。
―――確かに彼の言う通り、見た目のインパクトを含め相当に目立つ【神使】と言える。
「ポニーですけどね」
「脚が短いのが玉に瑕なのですぞ・・・」
「黙るのである!我が【Aonbharr】は断じてポニーなどでは無いのであーーーる!!!」
それはどう見てもポニーだった。
肩までの高さが147cm以下の馬の総称であり、ポニーテールの語源としても知られる存在。
鎧兜含め100kg超の重量を受け止め、なおしっかりと大地を踏みしめる名馬が誇る四本の健脚は―――絶望的なまでに短かった。
「それはまあいいじゃないですか。ちゃんと用途は満たしてるみたいだし・・・可愛いし」
「可愛かろうが騎士の誇りにかけて、『跨った姿が動物虐待』だなんて感想はこれ以上、許容できんのである・・・!!」
言われたことあるんだ。
―――なんて感想はおくびにも出さず、曖昧な笑顔のままぼくは今の話題から軌道修正を図ることにする。
「・・・それよりも今重要なのは、Jamesさんがどうやって活躍するのかですよ。残念ながら先程の発言通り、長い廊下じゃ騎馬の突進には敵いっこないですから。勝負するなら別のロケーションを選ばないとですね」
「むむ・・・地の利を活かすという訳であるな。孫子しかり、古来より兵法を発展させてきた東洋人らしい発想なのである。しかし、一体どうすればサー・Jamesがアンジー殿にアッピールできるのであるか・・・?」
そうなのである。
ぼくが現在、アンジーを放っぽってこの二名と行動しているのは、彼らの『女の子にイイ所見せたい!!』という欲求を満たしてあげる為なのだ。
出会って僅かな時間ではあるが、二人の空回りっぷりは本当に見ていて痛々しい程だった。
好きな女の子の前に出ると、つい状況を無視してええかっこしいになってしまう野郎の悪癖はよーく理解できる。
ぼくだって男の子だし。
それはそれとして、このまま放置しておくと以前『人肉屋敷』で遭遇したようなイレギュラーな事態が起きた場合、目も当てられないような被害が出てしまうことは想像に難くない。
・・・まあ、あくまでイレギュラーなので何も起こらない可能性の方が高いのだが、それはそれとして何もしないというのはそれこそ、ぼくの性格上ありえないことなのだった。
「地の利を活かすにはどうするか?・・・それはですね、それぞれの長所と短所から推察すればいいんですよ。騎馬は突進力に優れ、反面小回りが利かない。そこから考えるに―――」
「考えるに?」
にやりとぼくは笑うと、バッグの中から手のひら大の木製の板を取り出した。
八角形に加工された板の表側には大小複数の同心円と、子や亥といった方角を現す漢字が彫り込まれている。
その中心には、矢印の形状に加工された結晶体の針が菫色の燐光をわずかに纏い、静かにゆらめいていた。
風水等で用いられる、羅盤と呼ばれる道具と酷似した外見のアイテムである。
見慣れない物体の登場に、興味津々といった様子で二人組はぼくの手元を覗き込んでいる。
二人に近寄りたがらないアンジーも、遠巻きにこちらを眺めているのがちらりと視界に入った。
「ジャン!ここで秘密兵器の登場です。これは『見鬼盤』といってですね、ありていに言うと【彼方よりのもの】のいる場所を探す為のアイテムです」
「何と・・・」
「ほほう、そんなものが・・・!」
「これを使って、閉所や室内に敵がいる場所を見つければ、騎馬の無いぼくやJamesさんにも活躍の場は巡ってくる筈ですよ」
「へぇ、珍しい物持ってるじゃない。・・・あぁ、そういえばマルはあの【揺籃寮】に住んでるんだったわね」
思わぬ珍品の登場に、周囲から口々に感嘆の声が漏れる。
『あの』というフレーズが気にかかるものの、説明を優先することにしたぼくは『見鬼盤』をそっと床に下ろすと、掌をかざして【神力】を集中させる。
すると盤面の中央にある結晶体の針が、ぶるりと震えたかと思えば激しく回転を始めた。
「・・・こうやって力を注ぐと、連中の集まってる方角を指してくれる訳です。どれ、どちらに居るのかな・・・っと」
「・・・真横であるな」
思わず顔を見合わせると、弾かれるように針が差す先へ向き直る。
そこには目と鼻の先に、ぴたりと閉じられたミントブルーの扉が鎮座していた。
無言のままこんこんとノックすると、ややあって内部から返事が返ってきた。
<< Someone's in here! >>
「・・・フィアナ騎士団万歳ーーーッッッ!!」
おもむろにドアを開け放ち、長剣を抜き放つJames。
薄暗い室内には、大ぶりな宇宙人型の瞳がランタンの明かりを受け、菫色に照らし出されていた。
旧検疫所における奴らとの第二ラウンドは、こうしてやや締まらない形で火蓋を切るのであった―――
今回はここまで。




